第166話 大陸からの訪問者

 食料エリアの中国社会は、台湾などより文明度が低くなっているようだ。中国の食料エリアでも、発電ダムを建設して電気を使っているが、全国民には送電せずに一部のエリート層だけで使っている。ちなみに、発電機や変圧器は大陸で使っていたものを食料エリアに運んで使っている。


 そのエリート層を共産貴族と呼んでいるようだ。その共産貴族は多数の使用人を雇って働かせているという。


 現在の中国社会は、総書記の下に共産貴族が居て、その下に兵士と一般人が居るという構造になっている。昔と同じじゃないかと一瞬思ったが、一般人がほとんど農民になった点が違うらしい。


 会社がなくなり、一般人が電気を使えなくなった事で、大多数の人々は職を失った。中国政府は失業問題を解決するために、それらの失業者に農地の開拓を行わせた。


 それはアガルタのように計画された開拓ではなく、無計画に農地を広げるものだ。プチ芋が生えている草原もプチ芋を掘り出して農地にしたので、一年後には食料が減ったらしい。


 プチ芋は芋を掘り出しても、根っこの部分を元に戻せばプチ芋が生えてくる事が分かっている。それなのに根っこや茎、葉っぱも集めて燃料にしたようだ。


「こいつら馬鹿なの?」

 俺が呆れ顔で言うと、河井が肩を竦める。

「たぶん、芋以外のものが食べたかったんだろ」


 河井の返事は冗談だろうが、たぶんジャガイモと同じだと考えたのではないだろうか。それにしてもプチ芋は、甲冑豚の食料になっているので、甲冑豚も居なくなったはずだ。


「だったら、プチ芋が生えていない場所を農地にすれば良かったはずだ。調べれば分かったはずなのに」


 中国大陸に住めなくなった中国人たちが、食料エリアに避難してきた時、多くの人々が生きるということだけで精一杯となり、思考停止状態になったのかもしれない。


 そこに政府からの命令が来て、盲目的に従った結果がプチ芋草原の農地化に繋がったという可能性がある。思考停止は状況によって誰にでも起こり得ることなので、食料エリアの中国人たちが特別だとは言えない。


 第二次大戦以降の中国は、毛沢東が中華人民共和国を建国し、ソ連のような社会主義国家を目指したが、失敗した。そして、鄧小平以降は資本主義を一部導入し、アメリカなどの先進国を参考にして社会基盤を整備するようになった。


 と言っても、社会システムの根本が共産党独裁であることは変わらない。ただアメリカや日本、ヨーロッパの先進国を真似て会社や銀行を作り、儲けた金で世界で二番目の軍隊を作り上げたのである。


 ただ食料エリアに避難して、自分たちだけで新しい社会を築こうとした時、参考にしていた先進国の様子が分からなくなった。


「それで先祖返りしたように、封建社会へ逆戻りしたのか。中国共産党の幹部たちが、何を考えているのか理解できないな」


 それを聞いた河井は、日本の事が心配になった。

「中国の連中は、日本に攻めて来ないかな」

「攻めて来ても、転移ドームのほとんどは、異獣に破壊されている。アガルタに入るのは難しいだろう」


 残っている転移ドームは、厳重に守られているので侵入できない。それに強力な異獣がかなり残っているので、日本で生活するのは難しいだろう。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 同じ頃、劉総書記に命じられた調査部隊が、日本の新潟に上陸した。その隊長はそん鴻忠こうちゅうという男で、劉総書記から日本を調査して資源がないか探して来いと命じられていた。


「孫隊長、人の気配がないですね」

 部下の李少尉が言った。彼らの周りにあるのは、瓦礫となった町だ。そこに居るのは異獣だけで、人間の姿は見えない。


「気を付けろ。マーダーウルフだ」

 襲ってきたマーダーウルフに、李少尉が柳葉刀を叩き付けた。マーダーウルフは倒れたが、柳葉刀も折れた。


「ああっ、また折れた。刀の質が落ちたんじゃないですか?」

 孫隊長が顔をしかめる。質の良い鉄が手に入らなくなって、最近作られた武器は脆くなっていると感じていたのだ。


「仕方ないだろ。地上にあった工場が使えなくなったんだから、替えなら持っているはずだぞ」

 李少尉はシャドウバッグを出して、予備の柳葉刀を取り出した。


「日本なんだから、日本刀が残っていないですかね?」

「残っているはずがないだろ。日本刀なんて、日本人が最初に使い尽くしたに違いない」


 武器は消耗品なので、日本刀は異獣との戦いが始まった頃に日本人により使われ、ほとんど残っていなかった。


「日本人はどこに行ったんでしょう?」

「死んだか、食料エリアだろう。こんな場所に残っているはずがない」

 異獣だらけとなった日本は、人間の住む場所ではなくなっていた。


 五十人ほどの部隊である調査隊は、日本の各地を調査して転移ドームを発見した。孫隊長は用心しながら、転移ドームに近付く、すると、転移ドームから武器を構えた日本人たちが出て来た。


「私は警備隊の責任者、内藤だ。ここは政府が管理している転移ドームである。近付くな」

 英語で警告すると、英語が分かる孫隊長が前に出た。

「我々は中国の者だ」

「何の目的で日本へ来た?」


「劉総書記の命令で、資源を探している」

「日本には資源などないぞ。中国人なら知っているだろう」

「だが、日本の富裕層は貴金属を所有しているのではないのか?」


「そういう貴金属は、政府が集めて管理している。日本の廃墟にはないぞ。それに残っていたとしても、日本人の財産だ。勝手に持っていく事は許さない」


 その時、李少尉が割り込んだ。

「これは劉総書記の命令なのだ。日本人が持っている資源を差し出せ。さもないと、恐ろしい結果になるぞ」

「恐ろしい結果とは何だ?」

「核ミサイルを撃ち込んでやる」


 内藤が笑う。

「撃ち込んでみろ。異獣が死ぬだけだ。それに本当にミサイルが残っているのか。ちゃんとメンテナンスしないと、爆発しなくなるんだぞ」


 馬鹿にされたと感じた李少尉は、拳銃で内藤を撃とうとした。


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