第165話 食料エリアの工場跡

「こういう長閑のどかな社会もいいもんだな」

 河井がニューキールンの町を眺めながら言った。

「確かに長閑な町だけど、実際には遊ぶ場所や娯楽のない、退屈な社会かもしれないぞ」


「昔もそうだったんだから、慣れるさ」

 その通りかもしれないけど、刺激が乏しい社会になれば進歩がなくなりそうだ。社会が停滞しないか心配になる。俺がそう言うと河井が笑う。


「そのくらいが、ちょうどいいのかもしれない。二十世紀の終わり頃からの変化の速さは、異常だったのかもよ」


「おっ、河井にしては、いい意見だ。悪いものでも食べたのか?」

 河井が怒ったような顔をする。

「河井にしては、というのは酷いぞ」

「冗談だよ。でも、アメリカと日本だけは、変化が激しい社会を選んだ。どうなるかな?」


 河井が鋭い視線を俺に向ける。

「コジロー、何かワクワクしていないか?」

「アメリカは地球文明の延長線だから、想像できるけど、日本は地球文明とクゥエル支族の文明を融合しようとしているんだぞ。面白そうじゃないか」


 俺と河井は台湾社会の視察を終えてから、先住民の工場跡という遺跡を見に行った。その遺跡は直径三キロほどの円形の塀で囲まれており、その内部は瓦礫の山と化していた。


 俺と河井、野崎准教授は、時間を掛けて遺跡を調べた。工場の案内板や標識から推測して、ここは建築資材の製造工場だったようだ。


 野崎准教授が工場だった瓦礫の中に、金属板を見付けた。そこには文字が書かれており、クゥエル支族の文字と同じだったらしい。


 ここもクゥエル支族が住んでいたということになる。

「野崎さん、何か分かりましたか?」

「ここの工場は、建築資材を作っていたようだが、その主要材料はクゥエル樹脂とマグネシウムらしい」


「へえー、マグネシウムから、どんな建築資材を作っていたんです?」

「屋根や床、それに壁の一部もマグネシウム合金を使っているようだ。それらの製品の一部が見付かったので、サンプルとして持ち帰りたいんだけど」


「サンプルは、俺に預けてください。亜空間に入れて持ち帰ります」

 俺たちは工場跡地に残っていた製品をサンプルとして回収した。その中には地球文明では知られていない合金も含まれているようだ。詳しく調べる必要があるだろう。


「何でマグネシウム合金を使っているんだろう?」

 俺は単純に鉄の方が扱いやすいのではないかと思ったのだ。

「マグネシウム合金には、メリットが有るのだよ」

 野崎准教授によるとアルミニウム合金より軽く強度も十分に高いという。但し、デメリットもあり、酸化しやすく耐食性も悪いそうだ。またマグネシウムは燃えやすいという欠点もある。


「コジロー、これは何だと思う?」

 河井が何かを発見したようだ。俺が行ってみると、そこに紋章構造体とプレートがあり、そのプレートに書かれている文字を、野崎准教授に読んでもらう。


「これは海水から、必要な成分を取り出す紋章構造体のようだね」

「海水? どういう事です?」

「ここで使用されていたマグネシウムは、海水から抽出したものだったのではないかと思う」


「なるほど、地球は鉄とコンクリートの文明を築いたけど、ここではマグネシウムとクゥエル樹脂の文明ということか」


 食料エリアは台風も地震もない場所である。建物は日本のように頑丈である必要はない。ちなみに、食料エリアの海はマグネシウムの含有率が高いようだ。


 俺たちは海水から特定の成分を回収する立体紋章を得た。これは大きな収穫だった。他にも残っていた資料になるものを回収したが、持ち帰って調べないと分からないものが大半である。


 俺たちが遺跡を調査している頃、台北タイペイに中国人らしい者たちの集団が近付いているという報せが入った。俺と河井は様子を見に行くことにする。


 現在の大陸がどうなっているのか、情報が欲しかったからだ。台湾の葉が率いる部隊と一緒に台北へ向かう。途中の道路や町は、ボロボロになっていた。


「日本と同じだな」

 俺が言うと葉が顔を向ける。

「本当ですか? 大島は整備されているように見えましたが」

「大島は諸外国の方々が来るので、整備しているんです。他はここと同じでボロボロです」


 日本人は一部だけを除いて日本を異獣に明け渡してしまった。異獣が支配する地域は、ここと同じで廃墟になっている。


「台北も同じなんですか?」

「ええ、台北は早い段階で避難を開始しましたから、一番荒れているかもしれません」

「そんな台北へ何の目的で来たんでしょう?」

「先ほども言いましたように、台北は早い時期に放棄しました。なので、物資が残っている可能性もあります」


 と言っても、台湾人も残っている物資を狙って台北へ行く者も居り、残っているものは少ないだろうという。


 台北に入り、中国人を発見した探索者から詳しい場所を聞く。その探索者の情報を頼りに台北の街を進むと、いきなり戦闘服姿の八人ほどの集団と出会した。


 それは突然のことだったので、両方が驚いた。そして、中国軍だと思われるものたちが、『操炎術』の【爆炎撃】で攻撃してきた。


 俺たちは瓦礫の後ろに隠れて攻撃を避け、葉の部隊が反撃を開始する。葉の部下は拳銃を持っており、中国軍の連中に向かって弾丸をばら撒いた。


 激しい戦いになるのかと思ったが、敵は簡単に降伏した。葉の部下たちが武器を取り上げ、縛り上げる。どうやら戦意はそれほど高くないらしい。


 尋問が始まり様々なことが分かった。彼らは共産党の党員で、食料エリアに避難すると強制的に軍に配属されたらしい。


 彼らの指導者は、りゅう総書記だという。劉総書記は元々中央政治局委員だった人物である。共産党の幹部が次々に死んで、生き残ったのが劉総書記だった。


 その劉総書記は食料エリアに宮殿のような建物を建て、皇帝のような存在になっているという。


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