第160話 耶蘇市の変化

 巨人区の異獣を倒した後、俺たちは耶蘇市を見て回った。

 異獣のテリトリーという決まりはなくなったが、異獣にも住みやすい環境というものがあるので、多くの異獣は山の中や森に移り住むようになった。


 ただ街だった場所も建物が崩壊し、樹木が茂る森に変わっている。しかも、元々存在する木ではなく、突然変異した木になっていた。


 小動物やイノシシ・鹿・熊などの野生動物も急激に数を増やし、異獣の餌になっているようだ。特にウサギの繁殖力が旺盛で、耶蘇市でも頻繁に見かけるようになっていた。そのウサギはペットで飼われていたものが、野生化したらしい。


 太古の地球が復元したような感じになっているのだが、異獣同士の争いで守護者を失った異獣は、完全に本能に従って行動を始めたようだ。


 生き残ったサイクロプスも、守護者が死んだ途端、ばらばらになって散ってしまった。異獣は絶滅する種族が大半だろうが、生き残って地球に定着する種族も居るだろう。


「コジロー、残っている守護者は、鬼人区の守護者だけらしいけど、どうする?」

「その守護者も転移ドームを壊しに来そうな気がするな。その時、守護者を倒そう。今日は疲れた」


 河井も頷いた。俺たちはヤシロに戻り、自宅へ向かった。自宅の近くにある保育園から子供たちの声が聞こえて来る。


 俺の家はヤシロの中心街近くに有るので、保育園で預かっている人数も増え、保育士の数も増えている。

 ログハウスの家には広い庭があり、その庭には果実が実る樹木が数多く植えられている。まだ食料が不安だった時代に植えたものである。


 柿・ラズベリー・オリーブ・ビワなどである。これらの果樹は食料エリアに元々存在した果樹で、地球にあるものとは外見や色が違うが、果実の味は似ているというものだ。便宜的に地球の果実と同じ名前で呼んでいるのである。


 家の中に入るとメイカとコレチカが学校の宿題をしていた。

「ただいま」

「お帰りなさい」

 台所からエレナの声が聞こえて来る。夕食の準備をしているらしい。俺と河井がソファーに座るとメイカが宿題を持ってやって来る。


「コジロー兄ちゃん、ここを教えて」

「どれどれ」

 小学生の問題なので、何とか答えられた。

 アガルタは平和だなと思いながら、日本の様子を思い出す。異獣の棲み家になっている日本は、もう元のような世界には戻らないだろうと思う。


 河井も一緒に食事をしてから、自宅に帰って行った。子供たちが寝て、俺とエレナだけになると話を始めた。


「耶蘇市は、どうなったの?」

「建物は崩壊して、土地は森となり始めている。後数年で森に還るだろう」

 エレナが寂しそうな顔をする。

「また住めるようになるのは、いつ頃なんでしょう?」

「早くて数千年、長引けば何万年も先になると学者たちは言っている。空気中の毒が浄化されるのが、そのくらいになるらしい」


 その毒が妊婦の健康を阻害し、妊娠もし難くなるというのだから、地球に残った人間は絶滅してしまう。

「制限解除水晶を手に入れていない国の人々は、どうなるの?」

「その点については、アメリカと協議しているのだけど、日本とアメリカが持つ制限解除水晶を、それらの国々に提供しようという意見が出ている」


「でも、異獣が転移ドームを破壊しているという状況だと、制限解除水晶を提供しただけでは、ダメじゃないの?」


「そうなんだけど、俺たちが守ってやる、という訳にはいかないだろう。それらの人々は生き延びられたとしても、地球に戻って来れないかもしれない」


 子供部屋で赤ん坊の美桜が泣き始めた。エレナが立ち上がって赤ん坊をあやしに行く。


 一人になった俺は、日本に転移ドームがいくつほど必要か考えた。全てを守ることはできないが、二十箇所ほどは確保しておきたい。


 翌朝、美咲のところへ行くと、難しい顔をして考え込んでいた。

「どうしたんだ?」

「異獣により、日本全国の転移ドームが破壊され始めたのよ。そのために転移ドームを守るチームが必要になったの」


 俺は昨日考えた事を美咲に話した。

「なるほど、必要だと思われる二十箇所の転移ドームを、優先的に守るということね」

「そうだ。それなら負担が少ないだろう」

「その結果、残る転移ドームが極端に少なくなってしまう」


 美咲は将来日本に戻ろうとした時、その通路である転移ドームが少なくなるのは危険だと考えたようだ。


「兵力を分散したら、守れるものも守れなくなるぞ」

 俺がそう言うと、美咲は溜息を吐いて頷いた。

「その通りね。分かっているのだけど、不安になるのよ。モファバル種族は食料エリアを用意してくれたけど、横暴な地主みたいに、すぐに出て行けと言い出さないのかしら」


「モファバル種族の時間概念は、俺たちとは違う。すぐにと言った場合は、百年後のことかもしれないぞ」

 モファバル種族のレビウス調整官に、いつ頃地球に住めるようになるか聞いた時、ちょっと待つことになるが、必ず元通りになると言ったのだ。ちょっと待つが、何万年も先になるということだ。


「しかし、大丈夫かしら、異獣の中には体長が十メートルを超えるような、巨獣も居るそうよ」

 ちょっと心配になってきた。【プラズマ砲】や【闇位相砲】で倒せるだろうか? 


 その時、『荷電殲撃』の立体紋章を思い出した。これは戦闘に使われた立体紋章のような気がするのだが、どう使えばいいのか分からない。


 この立体紋章から作った紋章構造体に源斥力を流し込んでみたのだが、反応がなかったのだ。用いるエネルギーが違うらしい。


 美咲と話してから、俺は立体紋章研究所へ行った。そこでは何人もの研究者が、立体紋章の研究をしている。その中で『荷電殲撃』の立体紋章を研究している中川研究員のところへ行った。


「中川さん、何か分かりましたか?」

「一つだけ。『荷電殲撃』の資料の中に『エキュレル』という言葉が出て来るのですが、それと同じ言葉が『万象核』という立体紋章にも出て来るのです」


 『万象核』の立体紋章は、何か大きなエネルギーを発生させるもののようなのだが、使い方が分かっていなかった。


「『万象核』か、あれも不思議な立体紋章だな」

「紋章構造体が出来上がったのですが、見ますか?」

「ああ、見せてくれ」

 中川研究員が見せてくれた『万象核』の紋章構造体を見た時、俺の脳に刻まれた『上級知識(立体紋章)』の知識と繋がった。


 その『万象核』の使い方が分かったのだ。


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