第161話 万象エネルギー

 『上級知識(立体紋章)』の知識によると、『万象核』は万象エネルギーというものを集めるらしい。このエネルギーは『エキュレル』とも呼ばれており、紋章構造体を大きくするほど大量のエネルギーを収集することができるようだ。


 その『万象核』の紋章構造体を最初に起動する時、別のエネルギーを必要とする。本当は万象エネルギーが最適なのだが、神気でも代替できるという。


「集めた万象エネルギーは、どうなるんだ?」

 中川研究員は、紋章構造体に繋がっているプラチナの導線を指し示す。

「ここを流れて、万象エネルギーを消費する紋章構造体に繋がるはずなのです」

「実験するためには、万象エネルギーを消費する紋章構造体も必要だな。電流に変換する立体紋章があれば、いいんだが」


「電流に変換する立体紋章は、まだ発見されていませんが、熱に変換するらしい立体紋章は発見しています」


 そこまで分かると、俺は大掛かりな実験を行うことにした。いくつかの紋章構造体を日本の耶蘇市に運び出し、海岸に実験装置を組み立てたのだ。


 この実験装置が稼働すれば、『万象核』の紋章構造体が万象エネルギーを集め、そのエネルギーが流れ込んだ『熱変換』の紋章構造体が海中に高熱球を作り出すことになる。


 俺はスイッチを入れ『万象核』の紋章構造体に神気を流し込み起動させる。一度起動させると、集めた万象エネルギーによって動き続けるので、稼働したのを確かめると傍を離れた。


 実験装置から何か膨大なエネルギーが集まり始めているのが感じられた。それが一定量を超えると高熱球を作り出す『熱変換』の紋章構造体に流れ込み、五メートルほど離れた海中に小さな太陽のような超高熱の球体を作り出す。


 その瞬間、海中で眩しい光が発生し海水が蒸発し、その蒸気が立ち昇る。

「記録を取っているか?」

 カメラを構えている研究員に確認する。

「もちろんです。ですが、ここは暑いです。少し離れましょう」

「そうだな」


 俺たちは十五メートルほど離れた。海中から吹き上がる蒸気が、凄い事になっている。海水の温度なども計測しているが、もしかすると計測装置が壊れるかもしれない。


「コジローさん、データは取れました。そろそろ止めた方がいいでしょう」

「分かった」

 俺は『機動装甲』を発動し、実験装置の傍まで行ってスイッチを切った。超高熱球体が消滅し、水蒸気が収まると研究員たちが戻って来る。


「実験は成功です。この蒸気でタービンを回せば、発電も可能だと思います」

「家庭や工場、オフィスの電気は、この方法で発電した方がいいかもしれないな」

「しかし、ファダラグ飼育場をどんどん建設していますよ」


 俺は肩を竦めた。

「無駄にはならないさ。紅雷石は車や列車、船、飛行機の動力として使えるし、諸外国に輸出する事もできる」


「なるほど。それなら新しい発電装置を完成させることにしましょう」

 中川研究員が言った。

「そうしてくれ。それから『万象核』の小型紋章構造体が作製できないかも研究して欲しい」


 立体紋章の研究と新しい発電装置の開発は進み、『万象発電プラント』が完成する。この発電プラントの特徴は、初期投資が少なく運用コストも少ないというものだ。


 ただ大量のプラチナを使うので、プラチナの確保が重要になる。プラチナの産出国は南アフリカ・ロシア・ジンバブエである。ロシアは交渉自体を拒否しているので、対象外とする。そうなると、南アフリカとジンバブエになる。ところが、アメリカの情報によるとジンバブエは国が崩壊したらしい。


 そんな情報を持っているなんて、さすがアメリカと感じた。一方、南アフリカはかなり混乱しているが、国としての体裁ていさいは保っている。


 但し、制限解除水晶を持っていないので、消滅するのを待つばかりという状況である。俺は美咲に相談して、使節を南アフリカへ送ってもらうことにした。


 制限解除水晶一個と紅雷石発電装置の提供を条件にプラチナを手に入れようと考えたのである。今回は武力より交渉力が必要なので、交渉が得意な者に任せることにした。


 アガルタでは、大型の紅雷石発電所の建設を中止して、万象発電所を建設することにした。万象発電所では八基の万象発電プラントが稼働し、時間帯により発電量を調整できるように考えた。


 万象発電プラントの発電コストは安いので、電気代は驚くほど安くなる。燃料代が必要ないということと、万象発電プラントを建設するのに必要な土地が石炭火力発電所の三割ほどで済むという点がコスト削減に寄与しているようだ。


 そのおかげで紅雷石が余りそうだが、余った紅雷石はヨーロッパに売ればいいので、何の問題もなかった。


 産業用・家庭用のエネルギーと自動車や船のエネルギーをアガルタでは確保できた。衣食住の中で、『食』は十分な農地を確保できたので問題ない。『衣』は生産の木の『木綿果』と『絹果』で生産した原料を元に糸を紡ぎ布が織れるようになったので、少しずつ衣料の供給は増えている。


 最後に『住』であるが、これだけは遅れている。産業用の施設や学校・病院などを優先したので、個人の住居は後回しとなり、多くの住民が公営の集団住宅に住んでいる。


 仮設住宅よりは少しマシという程度のものだが、野宿するような者は居なくなっている。但し、日本からキャンピングカーなどを持ち込んで、そこで暮らしている者も居るようだ。


 衣食住が何とか解決して問題になったのは、転移ドームを破壊しようと暴れ回っている異獣たちである。この頃から日本政府ではなくアガルタ政府と呼ばれるようになった政府は、二十箇所の重要転移ドームだけを死守するようにしたので、それ以外の転移ドームが次々に破壊された。


  近くにある転移ドームを破壊した異獣たちは、本来の野生に戻ったようだ。異獣社会は弱肉強食の世界となり、食物連鎖が出来上がったらしい。


 その食物連鎖の底辺にいるのが、バッドラットやホーンラビットである。この二つの種は大繁殖し、日本中に棲み着いた。


 異獣の中には死に絶えた種族もいたが、その何割かは生き残り、日本は異獣の国となった。


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