第155話 アガルタのレイモンド

 イギリスのレイモンドは、準備をして日本へ向かった。またソーラーグレース号で船旅である。この船は巡航速度九ノットで航行する性能があり、四ヶ月ほどで世界一周したという実績がある。


 スエズ運河が使えなくなっているので、イベリア半島の西を通りアフリカ大陸沿いに南下して、ケープタウンを回り込んでインド洋に入った。


 フィリピン近くで大きな嵐に遭遇したが、何とか港に逃げ込んで無事に乗り切った。そこから太平洋を日本の大島へ向かう。アメリカのローゼン大使から、日本の窓口が大島にある事を教えられたのだ。


 大島に到着したソーラーグレース号は、港に停泊して誰かが来るのを待った。そして、すぐに一台のマイクロバスが現れソーラーグレース号の近くに止まった。


 その車から二人の男性が降りて、船に近づいてくる。

「あなたたちは、どこから来たんですか?」

 英語で質問された。

「我々はイギリスから来た。日本の政府と交渉したい」


「分かった。上陸してくれ。宿泊施設に案内しよう」

 レイモンドたちは船から降りて、その日本人のマイクロバスに乗る。

「君たちは日本政府の者なのか?」

「いいえ、ヤシロ州の外務局の者です。日本は都市国家の連合体になっているのです」


 名前こそ『州』になったが、実際は都市国家のままだった。それは州の独立性が高く、経済面で交流が少なかったからだ。ただ唯一ヤシロ州だけは経済が発達し、アガルタ中の州に影響を及ぼしている。


 レイモンドは大島の宿泊施設で日本人たちと交渉を始めた。

「日本の食料エリアを見学したいのだが、許可をもらえるだろうか?」

 こういう申し出は、いつか有るだろうとアガルタ側は考え、その対応はマニュアル化していた。


「見学ですか。それでしたら、議会で許可が出ています」

 日本の敵国でない限り、見学を許可する事になっているのだ。翌日、レイモンドと三人の護衛が大島の転移ドームから食料エリアへ転移する。


 アガルタ側のストーンサークルが防壁で守られているのは、アメリカと同じだった。警備も厳重でサブマシンガンで武装した男たちが、防壁の上からストーンサークルを見下ろしている。


「こちらです」

 案内役は矢田部という日本人で、イギリスで自動車関係の仕事をしていた事が有るらしい。

「ミスター矢田部、どこを見学するのですか?」

「カズサ市になります。比較的新しい町になりますが、人口が十万人ほどとなる大きな町です」


 このカズサ市は他国にも見せられるモデル都市として建設された町だった。放射状に規則正しく伸びた基幹道路は広く、建物は新しかった。


 その街を見て、レイモンドは美しいと感じた。また道路には多くのバスが走っており、交通機関も十分に揃っているようだ。


「あのバスは電気で動いているのですか?」

「ええ、イギリスも同じなのではありませんか?」

 確かにイギリスの食料エリアで走っている自動車は、電気自動車である。但し、新車はなかった。古い電気自動車を食料エリアに運び込み使っているのだ。


 なのに、ここでは新品らしい電気自動車が道を走っている。

「さすが日本ですね。電子部品などはどうしたのです?」

 矢田部は肩を竦めた。

「今走っている車は、新しく設計された車で、ほとんど電子部品を使っていません。将来的には電子部品の生産も始めるつもりですが、食料エリアで構築するには時間が掛かると考えています」


「そうでしょうな。しかし、ゴムなどはどうしたのです?」

「食料エリアに自生していた木の樹液を加工して使っています」

「なるほど、ゴムの木と同じようなものがあったのですね」


 本当は生産の木から手に入れられるクゥエル樹脂に硫黄と窒素を加えるとゴムのような性質も持つ物質に変化する事が分かったのだ。


「ところで、アガルタの電気はどうしているのですか?」

 レイモンドが一番聞きたかったことを尋ねた。このことを尋ねられると予想していたので、答えは用意していた。


「一部は水力発電です」

「水力だけではまかなえないはずです」

「答える前に、イギリスの現状を話してもらえますか?」

「現状というと?」


「内戦や食料エリアでの他国との関係です」

「多くの犠牲者を出した内戦は終了しました。食料エリアの国境線は確定し、また内戦が始まることはないでしょう」


 矢田部はまだ安心できないと思った。今は安定しているが、イギリスにだけ紅雷石発電装置の技術を伝えれば、それが原因でまた内戦が始まるかもしれない。


「アガルタの発電については、議会にかけて許可をもらってから、話すことになるでしょう」

「と言うと、何か特別な発電システムが有るのですか?」

「それはまだ言えません」


 アガルタには特別な発電システムが有ると言っているようなものだが、それでも紅雷石発電装置のような技術だとは考えもしていないだろう。矢田部はそう思った。


 レイモンドがカズサ市に滞在している間に、議会が開かれイギリスに紅雷石発電装置の技術を渡すべきかどうかが話し合われた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 議会の結果、直接ヨーロッパの食料エリアを視察して判断するという事になった。その視察を行うのは、外務局の瀬田という人物が指名され、俺と河井が護衛する事に決まる。


 何かあった時には俺と河井なら、瀬田を連れて戻って来れると判断されたのだ。俺自身もヨーロッパの様子を直接見ておきたかったので好都合である。


 ちなみにイギリスが瀬田を人質に取るとか、情報を無理やり聞き出そうとかするという確率は非常に低い。そうすると日本の反感を買い、将来的な協力を得られないという事はイギリスも分かっているからだ。


 イギリスへはソーラーグレース号で行く事になった。俺の亜空間には飛行機も有るのだが、それは万一の場合の脱出手段とする。


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