第154話 アメリカの文明再建

 イギリス首相の特別顧問であるレイモンドは、アメリカへ行く準備をした。石油製品が枯渇しているので、ヨーロッパらしい乗り物を用意する。


 ソーラーパネルの太陽光発電だけで走るヨットである。レイモンドに同行するのは軍人三名と船乗り四名だ。イギリスを出たソーラーグレース号は、大西洋を西に向かいアメリカのバージニア州を目指した。


 アメリカのローゼン大使からの指示なのだ。ワシントンDCにはアメリカ政府はないということだ。海が荒れて進めなかったこともあったが、無事に大西洋を渡りバージニア州に到着。


 バージニア州のノーフォークにある港に停泊すると船にアメリカの国旗を掲げて連絡を待った。二日後、アメリカ大統領の使いだというマーク・ローランドという人物が現れた。


「初めまして、マーク・ローランドです」

 レイモンドは自己紹介してから、アメリカの食料エリアを見学したいという話をする。ローランドは頷いて、自分が乗って来た車に乗るように言う。レイモンドと三人の軍人が乗った。


「この車は電気自動車ですか?」

「ええ、そうですよ。ガソリンが手に入らなくなりましたからね」

「アメリカでも、そうなのですか。でも、電気はどうやって発電しているのです?」

「この辺は、石炭火力発電が残っていたのです」


 レイモンドは溜息を漏らす。イギリスは石炭火力発電所を全廃してしまったのだ。止まっていた石炭火力発電所を整備して動かせるように作業しているが、中々進んでいない。


 バージニア州の内陸部を走り、とある町に到着した。ここに転送ドームがあるらしい。レイモンドたちが車から下りると、アメリカ兵らしい男たちが現れた。


「彼らが転移ドームまで護衛します」

「ありがとう。ところで、ここはどこなのです?」

 ローランドが厳しい顔になる。

「それは機密事項になっています」


 レイモンドは苦笑いして頷いた。

「失礼、そうだったね」

 この辺に棲み着いている異獣は、それほど強い異獣ではないようだ。リザードマンやバッドラットを倒しながら進み、転移ドームに到着する。


 その転移ドームは、制限解除水晶をセットしたもので、誰でも食料エリアへ行き来できた。レイモンドと軍人たちが食料エリアへ転移すると、それを追ってローランドが転移する。


 食料エリアのストーンサークルへ転移したローランドは、先に転移したレイモンドたちがストーンサークルを囲むように建設された防壁を見ているのに気付いた。


「厳重に守っているようですな」

「ええ、アメリカは食料エリアへの侵入は、絶対に許しません」

 その防壁の外に出ると、草原の中に一本の道が森の方へと続いていた。

「どこへ案内して頂けるのでしょう?」


「アンダービルという町です。人口が三十万ほどの大きな町ですよ」

 ローランドの車が町に入ると、意外なほど車が多いのにレイモンドは気付いた。

「ここの車も電気自動車ですか?」

「そうです。食料エリアには内燃機関の車はありません」


「そうなると、どうやって発電しているのかが気になりますな」

 レイモンドの言葉を聞いたローランドは、

「食料エリアに原子力発電所を建設しました」


「原子力発電……本当ですか?」

「本当です。かなり苦労したようです」

「そうでしょうね。イギリスでも原子力発電所の建設を計画したのですが、必要な装置や資材が手に入らなくて断念しました」


 原発大国のフランスでさえ建設できなかったようだ。海外から電子部品や装置が輸入できなくなり、建設を諦めたらしい。


 その町には二階建ての木造建築が多いようだ。一軒家は贅沢なので、ほとんどの住民が集合住宅で我慢しているらしい。だが、水道・下水・電気は完備しているという。


 ここのアメリカ人は、本土と同じような生活を送っている。但し、テレビやラジオ、インターネットは無しである。情報に飢えているアメリカ人は、大量の本や漫画を食料エリアに持ち込んでいるそうだ。


 そして、今はケーブルテレビの準備が進められているという。この食料エリアでは電波障害が有るので、電波を使ったものは利用できない。そこでケーブルテレビということになったようだ。


 レイモンドたちが驚いたのは、食料エリアに産業が興り始めていた事だ。アメリカは化学産業とエレクトロニクス産業を食料エリアに構築しようとしていた。


 安い電子部品などは中国やアジアで生産していたが、その全てを食料エリアで作ることにしたという。

「食料品や医薬品はどうするのです?」

「それらは余裕ができてからですね。まず化学製品と電子部品の生産を始めて、国民生活の質が落ちないようにしようと考えている」


 アメリカが食料エリアで元の文明的な生活を続けようとしているのだと感じたレイモンドは、イギリスも見習わなくてはと思った。


「日本も同じなのでしょうか?」

 レイモンドの質問に、ローランドは首を傾げる。

「日本は少し違うようだ。元の文明社会を取り戻そうとはしていない。変化しようとしているらしい」


「変化とは?」

「日本の食料エリアには、先住民の遺産が残っており、それを研究している」

「先住民? ああ、遺跡の住人たちですな」

 ヨーロッパの食料エリアにも遺跡が残っており、何人かの学者は研究を始めていた。だが、ほとんど進んでいないようだ。ほとんどの場合が、個人で研究している程度のものだからである。


「そんなものを研究して、何になるのです?」

「地球では発見されていない科学的発見が有るらしい。おっと喋りすぎたようだ」


 詳しい話を聞きたかったレイモンドだったが、それ以上は聞き出せなかった。アンダービルに数日滞在したレイモンドたちは、アメリカ人たちの努力の成果を見て、内戦が起きなければ自分たちもと思う。


 レイモンドたちはもう一度大西洋を渡り、イギリスへ戻った。そして、プレスコット首相に報告する。

「なるほど、アメリカは食料エリアに原子力発電所を建設したのか……食料エリアが発見されてすぐに動き出せば、我々も……」


 後悔する点は多数あった。

「しかし、日本が我々より進んでいるとは意外だな」

「どうしてですか?」

「日本政府は意思決定が遅いというので、有名だったからね。何も決定できないうちに滅ぶかもしれないと予想していたのだよ。日本も確かめる必要がある。レイモンド君、頼めるかね?」


「承知しました」


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