第156話 ニューカンタベリの町

 ソーラーグレース号での船旅は、優雅なものだった。但し、恐ろしく退屈である。来る日も来る日も海を眺めて過ごすのに飽きた俺は、研究者たちが纏めたクゥエル支族の技術報告書を読むことにした。


 クゥエル支族の技術を研究しようと言い出したのが俺なので、一応責任者ということになっている。なので、研究者からの報告は全て俺のところに集まって来るのだが、アガルタに居た時にはそれを一つ一つ読む時間がなかった。


 ちなみに、俺とは別にその報告書を読んで評価する者が居たので、問題なかった。俺は評価した者から結果だけを聞いて、判断していたのだ。


 亜空間に仕舞い込んだままになっていた報告書を読み始める。河井はイギリス人たちを相手に英語の勉強を始めたようだ。


 クゥエル支族の技術で基本となっている立体紋章は、まだ原理が分かっていない。なので、新しい立体紋章を作るということはできないが、クゥエル支族が使っていた立体紋章と知識スキルから手に入れた情報を調べることで利用方法だけは調べることができるようになった。


 俺はスキルリストから得られる『初級知識(立体紋章)』『中級知識(立体紋章)』『上級知識(立体紋章)』を手に入れた。だが、その知識の中には、立体紋章の根本原理が含まれていなかった。わざと抜いたとしか思えないのだが、おかげでクゥエル支族の技術を調べるのが難しくなっている。


 しかも、スキルとして手に入れたものは、知識ではなく事典的な情報だった。個々の情報が体系化されておらず、スキルで得た情報を頭に入れただけでは全体を理解できないようだ。


 俺は研究者が調べた報告書を読んで、頭に入っている情報と突き合わせる。そうすることで情報が体系化されていく。


 報告書の中に少しだけ変わった系統の立体紋章があった。『荷電殲撃かでんせんげき』と名付けられた立体紋章は円盾のようなものに固定化して使われていたらしい。


 研究者は小型のものを作製して、直径三十センチほどの円盾に取り付けて、源斥力を流してみたが、何の変化も現象も起きなかったらしい。


 『荷電殲撃』について、知識スキルから得た知識を調べてみると、他の立体紋章とは異なる点が有るのに気付いた。それは源斥力を意味する単語が出て来ないという事だ。


 その代わりに『エキュレル』という単語が出て来る。これはある種のエネルギーを意味する単語らしいのだが、何を意味するのか分からない。


 そんな事を調べながら船旅の時間を過ごし、イギリスに到着した。

「やっと到着した」

 イギリスの港に到着した俺たちは、船を降りて食料エリアへ案内された。転移ドームから食料エリアのストーンサークルに移動すると、大勢の兵士が警備している姿が目に入った。


「厳重に警備しているのですね」

 俺がレイモンドに話し掛けると、

「いやいや、アメリカや日本は、防壁を築いているではないですか。我が国は人数が多いだけです」


 ストーンサークルから町までは、馬車で行くようだ。

「こんな時代遅れの乗り物しか用意できず、申し訳ない」

 レイモンドが謝った。アガルタでは車で移動していたので、それと比較しているのだろう。


 俺は苦笑いする。

「しかし、馬を世話するのも大変なんじゃないですか?」

「その通りなんです。誰もが自動車を持てた時代が懐かしい」

 実際は誰もが自動車を持てた訳じゃないんだが、レイモンドはそういう環境で育った人間なのだろう。


 レイモンドは俺たちをニューカンタベリ市に案内した。ニューカンタベリ市は人口五万人ほどの町である。水道と下水は整備されているが、ガスや電気などのエネルギー関係は存在しなかった。そこで各家庭はかまどや暖炉を作り利用しているらしい。


 薪などが大量に必要になりそうだが、どうしているのだろう? それをレイモンドに質問する。

「確かに大量の薪が必要です。ただ食料エリアのほとんどが森なので、木材資源は当分大丈夫だろうと思っています」


 木材資源が枯渇する前に、新しいエネルギーを開発するつもりだったらしい。但し、発電用ダムは建設するつもりだったが、他はどうするか研究中のようだ。


 俺たちはニューカンタベリ市のホテルに滞在しながら、ヨーロッパの様子を調査した。調査の資料は、食料エリアで発行されている新聞である。


 一年ほど前の新聞から念入りに調べ、内戦がヨーロッパと食料エリアに与えた影響を分析した。

「内戦はヨーロッパに存在した工場を破壊し、技術者を殺したようだ」

「武器が作られるかもしれない、と思ったのかな?」

「たぶん、そうだろう」


 イギリスの新聞なので、他国の新聞も読まないと正確さに欠けるかもしれないが、フランスの内戦が一番激しかったらしい。


 ヨーロッパの食料エリアは、イギリスと同じくエネルギー不足のようだ。どこも二百年前に戻ったようで、のどかな風景が広がっているという。


 時々、レイモンドが来て調査の様子を質問し、それに誤りが有れば訂正するようになった。のどかな風景が広がっているという話から、河井が肩を竦めて口を開く。


「これはこれで、いいんじゃないのか?」

 河井が言い出した。それを聞いて、レイモンドは苦笑いする。

「待ってください。電気がないという事は、食料生産や建築、工業など全てを手作業や家畜の力を借りてやらなければならないという事になります」


「むっ、それは大変すぎるな。ある程度の機械は必要か」

「当然です。日本人ならどうです? 二百年前の生活に戻れますか?」

 仕方がないという状況なら戻れる者がほとんどだろうが、中には生きる気力を失う者も居るだろう。


「厳しいでしょうね。政府に文句を言う者が、大勢出て来そうです」

「そうでしょう。それに医療関係で電気がないというのは致命的です。何人もの患者が医療装置や有効な薬を使えず亡くなりました。それを考えると、電気だけは必要なのです」


 薬関係も製造装置が使えず作れないという。原材料が輸入できずに作れないというのは仕方ないが、電気がないので作れないというのは、政府の失政だと批判されるようだ。


「人道的な見地からも、日本には考えて欲しいと思います」

「分かりました。そのように議会には伝えます。ただ一つ心配なのが、我々が与えるエネルギーによって、また内戦が始まるのではないか、という懸念です」


 その懸念を話し合うために、俺たちはイギリス首相と話す事になった。


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