第150話 アメリカのファダラグ飼育場


「人造生物と言っても、クゥエル支族が作ったという意味ですけど」

 俺が言うと、ローランドが柵から身を乗り出してファダラグを見る。

「この生物は、クゥエル支族の残したものなのですな?」

 ローランドの確認する声に、頷いて答えた。


「ええ、クゥエル支族が飼育していたものが逃げて、野生化していたのを我々が捕まえて飼育しているのです」


「そうなると、紅雷石の鉱山というのは?」

「ファダラグが逃げ出して、巣を作った場所です」

 コリンソン国防長官が難しい顔をしている。

「どうしたのです?」


 俺が声を掛けると、難しい顔のまま俺に視線を向ける。

「我々が輸入している紅雷石を、生産できるほどのファダラグ飼育場を建設するのに、どれほどの時間が掛かるだろうと考えていたのです」


「アメリカが総力を上げて建設すれば、三年ほどで完成するのではないですか?」

 コリンソン国防長官が頷いた。

「日本はヨーロッパに紅雷石を持ち込まなかったのは、なぜです」


「内戦が起こったからです。そんな地域に電力を渡せば、武器生産に使うかもしれない」

 日本が紅雷石を持ち込んだせいで、内戦がエスカレートしたと言われたくなかった。

「その点では、アメリカはラッキーだったのか」


 コリンソン国防長官の話では、初めの頃はもう少しで内戦が始まりそうなほど混乱したという。その混乱を鎮めて、食料エリアへ移住を決めたのが、サリンジャー大統領だそうだ。大統領は有能な人物と評価して良いだろう。


 俺は気になったアメリカのエネルギー事情について尋ねた。

「アメリカは、食料エリアに原子力発電所を建設しないのですか?」


「建設中ですが、完成するには後数年は掛かると聞いている。アガルタにも建設するつもりなのかね?」

「電源が一種類というのでは、不安ですからね。ファダラグに病気が蔓延する恐れも有るので、電源の分散は大事です」


 アガルタは水力発電と紅雷石に力を入れているが、発電用ダムが一通り完成したら原子力発電を建設するという話も出ていた。たぶん小型モジュール炉などを検討することになるだろう。


 アガルタの都市国家を代表するトップたちは、経済性より安全性を重視している。危険な地球を離れ、安全なアガルタを得たのだから、大切にしたいという気持ちが強くなっているらしい。


 俺は以前から用意していた『ファダラグの飼育方法』という冊子をローランドに渡した。もちろん英語版である。以前にアメリカと良好な関係を築くためには、どうすればいいかという話し合いがあった。


 その時に、エネルギー源である紅雷石を生産する方法も渡さなければならないだろうという結論となったのだ。その直後から用意を始めていたものである。


 何匹かのファダラグを捕獲して、ケースに入れた。それと飼育に必要な錠剤を一緒に渡す。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 アガルタの人々に礼を言ったローランドたちは、大島に戻ってアメリカへ向かう。

「ローランド君、日本人たちの態度をどう思う?」

「親切な人々だと思いますが」

「それは否定しないが、親切なだけでファダラグの件を教えてくれた訳ではないだろう」


 ローランドが首を傾げた。

「どういう事です?」

「我が国と敵対することを恐れている、いや嫌がっているのだろう」

「それは当然ではないですか?」


「当然だろうか? 覇権主義の傾向がある国が紅雷石の秘密を手に入れていたら、他国が弱体化するまで秘密にして、弱体化したら紅雷石を武器に支配しようとするんじゃないか」


「そんな国に比べたら、日本は立派なものです」

「そうだな。それにしっかりした対策を取っている」

「対策というのは?」

「敵対国が攻めてきた場合の対策だよ。ストーンサークルの周りに防壁を築いて、警備の者を配置していたじゃないか」


「ああ、あれですか。我が国も同じような事をしているので、当たり前の事だと思っていました」

「あれも費用が掛かるのだ」


 アメリカの食料エリアに戻ったローランドたちは、サリンジャー大統領に報告した。

「そんなものを日本は飼育していたのか。……予想外だな」

「大統領、我々は原子力発電に力を入れていますが、方針を変えてファダラグの飼育に力を入れてはどうですか?」


 ローランドが提案すると、溜息を漏らした。原子力発電所の建設が遅れており、問題となっていたのである。


「日本は、エネルギー問題をどう考えている?」

「まずは紅雷石発電を拡充し、水力発電も伸ばそうと考えているようです」

「妥当な線だな。だが、我が国が必要としている電力は、日本より多い。原子力発電は不可欠だろう」


 エネルギー省のディルク長官を呼んで検討した結果、本格的に建設が始まっていない原発は建設を中断し、その予算でファダラグ飼育場を建設する事になった。


「日本は、ヨーロッパに紅雷石の技術を提供するつもりなのかね?」

「内戦が終わらない限り、提供するつもりはないようです」

「なるほど内戦か。我々もどちらに援助すればいいのか、分からないほどだからな」


 ヨーロッパの内戦は少しずつ収まっているが、完全に終わるまでは何年も掛かるだろうと予想されている。それほど根深い原因が有るのだ。


「エネルギー問題は、これで解決する目処が立つと思います。次は不足している資源をどうやって確保するかです」


「エネルギーが確保できれば、解決するのではないのかね?」

 大統領が尋ねた。

「紙製品や綿などは、労働力を増やして生産力を増加させる必要があるでしょう」

「生産用の機械を開発して、労働力を代替できないのか?」


「その機械の開発にも時間が掛かります」

「今は贅沢を言える時代ではない。あるものを工夫して、それでも足りなければ、我慢するしかない。日本も同じなのではないか?」


「それはそうですが……」

「我々は食料エリアに、地球で築き上げた文明を再現するのだ。そして、我が国が他の生き残った国々の目標となるような国にならなければならない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る