第151話 中国の食料エリア

 異変が始まった初期の頃、アメリカは日本よりも中国に注目していた。十四億人という人口と、GDP世界二位という経済力、それに軍事力も世界二位だからである。


 その頃のアメリカは、中国の大使館や領事館に人を残し、中国がどんな動きをするか観察していた。だが、中国は外国人に国内から退去するように命じた。


 安全を保証できないというのが理由で、母国へ戻るように命じたのだ。その動きを真似する国も多かった。日本も国内の外国人には、母国へ戻るように伝えた。


 都市部の人々に避難指示が出ると、残っていた外国人も母国へ戻った。

 食料エリアが公開され数ヶ月経過した頃から、中国の動きがおかしくなる。一部の人々だけが安全な場所へ避難し、他の者は放置されたのだ。


 その頃から中国との連絡が取れなくなり、アメリカでも中国の様子が分からなくなった。そこで中国系アメリカ人のガーディアンキラー数人を、中国の食料エリアへ派遣することにした。


 まず日本へ向かうことになり、船で太平洋を渡る。

「どうせ偵察へ行くのなら、日本のアガルタへ行きたかったな」

 ジョニー・タンが言う。

「アガルタなら、ガーディアンキラーが行かずに、普通の人が行っているよ」


 そう答えたロナルド・ムンは、中国系ではなく韓国系だったが、中国語が話せるのでメンバーの一人となっている。


「アメリカのように、ストーンサークルを見張っているということは、ないんでしょうね?」

 紅一点のジェーン・ヤウがジョニーに尋ねた。

「それは大丈夫だという話だ。あの広い国土に散らばったストーンサークルを見張れる人数は居ないらしい」


 三人の船が日本の大島に到着すると、大島の宿泊施設で休養を取った。

「三人は中国へ行かれるそうですね。危険ではないのですか?」

 宿泊施設で働く日本人スタッフから質問された。


「どうして、それを?」

 一応機密事項になっていたはずだ。ロナルドが尋ねると、船の乗務員が喋ったらしい。三人は風呂に入り、美味しい日本食を食べて英気を養って、中国へ向かう。


 船は中国の青島近くにある小さな漁村に到着し、三人は上陸した。船は大島に戻り、一ヶ月後に迎えに来ることになっている。


 上陸した三人は異獣を倒しながら転移ドームを探し、食料エリアへ転移した。予想通り見張りは居なかった。ジョニーたちはオフロードバイクで町を探し始めた。


 そして、舗装されていないが、道路を発見する。

「どうする? ここから歩いていこうか?」

 ジョニーが提案した。

「そうね。バイクだと目立つかもしれない」

 ガソリンを使った乗り物というのは、珍しい存在になっていたのだ。


 三人はバイクをシャドウバッグに入れて、影に沈めた。その後、歩き始めた三人は三時間ほどで大きな町に到着。外から観察を始めた。


 その町は高さ三メートルほどの防壁で囲まれていた。その防壁の周りには畑があり、農作業をしている者たちが居る。


「農作業に機械は使っていないようね。百年ほど昔に戻ったみたい」

 ジェーンが言うとロナルドが頷いた。

「それに着ている服も、みすぼらしい。新しい服が手に入らないようだな」


 アメリカも衣服の供給が少なくなっているが、綿花畑を広げて供給を増やすことに予算を注ぎ込んでいる。ここでは、そんなことはやっていないのだろうか。


 ジョニーたちは町に潜り込む事に成功した。そして、状況を調べ上げると驚いた。中国は食料エリアで独裁政治体制を確立していたのだ。


 国家主席が王で、幹部たちが貴族として君臨していたのである。

 災害や戦争、テロ、内乱などが起きた時に、非常事態を宣言して人権などに制限を掛けることもあるが、中国のこれは一時的なものではなかった。


「非常時には、こういうのも有りかもしれないけど、絶対にこのまま続けようと考えているんだろうな」

 ジョニーの言葉を聞いたジェーンが頷いた。

「しかし、この町は中世に戻ったようだな」


 この町の人々は、電気や機械をほとんど使わずに過ごしている。家畜もほとんど居ないので、畑を耕すのは人力であり、井戸から水を汲み上げるのも人力だった。


 そして、町の幹部の子供だけが学校に通えるようになっていた。その比率は全体の二割ほどである。


「中国人は教育に関して、熱心だったはずなんだが?」

 もしかすると、こんな状況になったので、教育など必要ないと考え始めたのだろうか。疑問に思ったロナルドが声を上げた。


「まさか、愚民政策じゃないだろうな」

 中国の食料エリアでは、数百年前に戻ったような人々が暮らしており、ジョニーは暗い気持ちになった。アメリカ人であるとは言え、身体の中には中国人の血が流れているという意識があったのだ。


 ただ簡単に町に潜り込めたのは、町の人々の生活レベルが下がっていたからだ。北京などのような監視社会だったら、入り込むのは難しかっただろう。


「この状況は長続きしないと思うんだが、どう思う?」

 ロナルドが質問した。

「そうだな。今の中国人は文明が発達した生活を知っている。長く我慢できるとは思えない」


 とは言っても、高度な文明を支えるためのエネルギーや工業製品を国民に提供できないのだから、民主国家でも生活水準は同じになったかもしれない。


 一方、この国の指導者たちはどうしているかというと、首都と定めた都市で今まで通りの生活をおくっているようだ。そこには水力発電によるエネルギーと集中的に建設された工場で作られた生活用品が溢れているという。


 これではいつの日か国民の不満が爆発し、内乱状態になるだろう。ジョニーたちはそう思った。

 一ヶ月が経過した。情報を集めたジョニーたちは、食料エリアを抜け出し待ち合わせていた漁村に向かった。船の姿を見た時は、ホッとしたような表情を浮かべる三人だった。


 日本の大島に戻った三人は、大いに歓迎されて中国の食料エリアの情報を話してしまう。本職のスパイではないので、情報管理という面で甘いのは仕方ない。ただ喋ったのはヒントになる程度のもので、口が滑ったというところだろう。


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