第142話 通信装置

 俺たちは日本に戻り、大島から食料エリアへ転移すると飛行機でヤシロへ向かう。ヤシロの行政府ビルに入り美咲が居る七階へ上った。


 行政長官の部屋に入ると、美咲が忙しそうに働いている。

「お帰りなさい。オーストラリアはどうだった?」

「予定通りだよ。だけど、あっちの人たちは一刻も早く食料エリアへ移住したいようだった」


 美咲が俺を睨む。

「空気中の毒が危ないと、脅したんじゃないの?」

「毒のことは話したけど、嘘を言った訳じゃない。オーストラリア人も薄々は気付いていたんじゃないか」


 日本はほとんど鎖国状態になっている。連絡を取り合っているのは、アメリカとオーストラリアだけになっている。


「中国や韓国はどうしているのかな?」

「いや、それは知らない方がいいんじゃないか。知ったら、何か手助けしようと思うだろう。日本にはそれだけの余力はないぞ」


 美咲が溜息を漏らす。

「まあ、そうなんだけど。オーストラリアの他の州に気付かれるようなことはないの?」

「オーストラリアは広い国だから、しばらくは大丈夫だと思う。ところで、オーストラリアに支払う食糧は大丈夫なのか?」


「心配ない。アガルタでの農業生産は、素晴らしい勢いで増加しているのよ」

 美咲から教えてもらったのだが、電動の大型農業機械が開発されて、アガルタでは大規模な農地開発が行われ、小麦や米の生産を増やしている。


 その生産量は生き残っている日本人の需要より、五十万人分ほど多いらしい。その多い分をオーストラリアで掘り出される資源の代価として支払うことになる。


「まだ農地を増やすようだが、なぜだ?」

「予備と家畜用の餌よ。アガルタで鶏・ブランド豚・和牛や乳牛を育てることになったの」


 アガルタで肉というと甲冑豚だったが、それだけでは満足できない人々が家畜を食料エリアへ運び込むことにしたという。


「贅沢な話だな。オーストラリアでは飼育できなくなった家畜を、屠殺したというのに」

 自然に放せという意見もあったが、それだと生態系を壊す可能性もあったので、殺して食料にすることになったようだ。


「ところで、『源斥波発信』と『源斥波受信』を使った通信の研究はどうなっているの?」


 俺は『初級知識(立体紋章)』を手に入れて、野崎准教授と一緒に研究している。オーストラリアへ行っている間は、『源斥波発信』と『源斥波受信』の二つの立体紋章を使って、メールのような通信手段を開発している。


 一応近距離での通信は成功しており、アガルタでの最初の源斥波通信は『ハロー ヤシロ』だった。野崎准教授たちが開発した源斥波通信装置は、ミカンが入っているダンボール箱ほどの大きさがある。


 ここまで大きくなったのは、紋章構造体を小さくできなかったのが原因である。小型化は研究中なのだが、まだ成果が出ていない。


 ちなみに、現在の国際通信は、海底ケーブルを使って連絡しているのだが、その海底ケーブルの修理ができない状況なので、いつまで連絡できるのか分からないという不安がある。


 その代わりになるものを開発しようと躍起やっきになって頑張っているのだ。

「それで通信距離はどうなの?」

「五キロほど離れて通信してみたが、大丈夫だった。今度は五十キロで通信してみるつもりだ」


「面倒ね。アガルタの端から端で一度やってみたら」

「それは無理じゃないか。千キロくらい有るだろう」


 その時は源斥波と電波を同じようなものだと考えていたので、通信距離を過小評価していたのだ。だが、確かめてみると、小型源斥力出力装置の出力で、八百キロほどの距離で通信できると分かった。


 後はアンテナの形状や出力増強によって、どこまで通信距離が伸びるか確かめなければならないだろう。


 とは言え、中継装置を開発すれば、アメリカやオーストラリアとの通信は確保できるだろう。まずはアガルタの都市国家間で通信網を構築することが先になる。国際間の通信は海底ケーブルがダメになってから、こんなものを開発したと言って広めれば良い。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 コジローたちがオーストラリアを離れた後、アメリカがオーストラリアへ調査隊を送った。それは定期的に出している調査隊で、アメリカが管理している炭田や鉱山を見回り、オーストラリアの近況も調査するという任務も任されていた。


 最初にダーウィンを調査して、中国人が増えているのに気付いた。調査隊の隊長であるカールトンは、顔をしかめる。


「隊長、このままだとオーストラリアが中国人のものになってしまいますよ」

 隊員のチャップマンが言った。

「だが、制限解除水晶を手に入れなければ、次の世代を残す事はできない。ここはゆっくりと死に絶えることになるだろう」


「国は援助しないのですか?」

 カールトン隊長が肩を竦める。

「空中に放出される毒が発見された時、世界各国の外交官たちが協議したそうだ。その時、アメリカは協力して対応しようと提案したが、中国やロシアは拒否したらしい」


「なぜです?」

「アメリカ主導で、対応しようというのが気に入らなかったようだ。それにここの中国人は、中国本土の政府からも見放された者たちらしい」


 アメリカの提案に乗ったのが、オーストラリア政府や日本政府だったのだが、オーストラリア政府は自力で解決することを諦めた。


 ヨーロッパは独自で対応しようとしたが、難民問題の対応を誤り内乱が起きている。移住が順調なのは、アメリカと日本だけだと言う。


 調査隊は炭田と鉱山を見て回り、次にパース・アデレード・メルボルンを確認した。但し首都であるキャンベラに行く予定はない。首都はギャングのような連中が支配する犯罪都市となっていたからだ。


 メルボルンでキャンベラの連中が不穏な動きを始めているという噂を聞いた。キャンベラの犯罪者たちが、炭田や鉱山を支配下に置いて、外国から支払われる代金や食料を横取りしようと計画しているというのだ。


 カールトン隊長はメルボルンの海底ケーブルを使って本国に報告した。その情報はアメリカから日本にも伝わり、コジローたちも知ることになる。


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