第141話 先住民の置き土産

「うわっ、動いた」

 俺が驚きの声を上げると、河井が何をしているんだという目を俺に向ける。

「コジロー、どうかしたのか?」


「こいつを動かそうとしたら、揺れたんで驚いただけだ」

「ふーん、まだ動くということか。ここの先住民が居なくなってから、百年単位の年月が過ぎているんだろ。地球の乗り物なら、絶対に動かないぞ」


 食料エリアの先住民は、地球より高度な文明を築いている種族が多いようだ。

「もう一度試して見るから」

 水晶玉を握り締め意志力を込めると、それが浮き上がった。


 河井が納得できないという顔をする。

「おかしいだろ。エネルギーはどうなっているんだ?」

「今更だな。俺たちが使うスキルのエネルギーがどうなっているかも不明なんだぞ」


 それを聞いた河井が腕を組んで考える。

「もしかして、スキルはここの先住民の知識を使って作られているのか?」

「そうかもしれないな。何か資料が残っていればいいんだが」


 俺は乗り物を亜空間に仕舞い、他に何かないか探した。だが、何も見付からず三階に上がる。三階には数多くの金属板があった。


 その金属板には先住民の文字と絵が書かれていた。これは先住民の置き土産ではないかと思った。数千枚ほどもありそうな金属板は、貴重な異種族文明の資料となるだろう。


 その場で調べるような時間はないので、全てを亜空間に仕舞う。

「その金属板を調査するのに、どれくらいの時間がかかるんだろう?」

「何十年、いや一〇〇年以上かもしれないな。だけど、理解できたら、俺たちは新しい文明を持てるかもしれない」


 アメリカは今までの地球文明を継承して発展させていくだろう。日本は先住民の文明を研究して、新しい文明を持つというのが良いかもしれない。


 一つだけの文明では袋小路に入って、抜け出せないという事態も考えられる。そんな時に予備の文明が有れば、抜け出す切っ掛けになるだろう。


 俺たちはクイーンズランド州の大炭田に戻った。ここでは食料エリアに移住する者たちが集まってきていた。


 俺はダレルを探して尋ねる。

「まだ、食料エリアの準備もできていないのに集まり過ぎじゃないか?」

 ダレルは困ったような顔をする。

「それが少しでも早く食料エリアへ移住したいという炭田の従業員たちの家族が集ってしまったんだ」


 悪い傾向である。一度に移動する家族が増えれば、どうしてもどこへ引っ越したのだという疑問が浮かぶ。そうなれば、制限解除された転移ドームの情報が広まってしまうだろう。一度炭田の労働者たちの家族が移住したら、移住を中断して食料エリア側の開発を進めた方が良いかもしれない。


 俺はその事をダレルに提案した。

「でも、一刻も早く仲間を移住させたいという気持ちもあるんだ」

「食料エリア側が混乱すれば、移住も遅くなるんじゃないか。森の中に人々を放り出すわけにはいかないだろう」


 ダレルたちは食料エリアの森を切り拓き、住めるようなスペースを作っているのだが、まだ範囲は狭く百人ほどが住む程度でしかなかった。


 俺は集まってきた人々の数を数えた。軽く百人は超えている。

「これだけの人数を移住させたら、向こうは難民キャンプのようになるぞ」

「分かっているが、止められなかったんだ」


 炭田で働く人たちは、空気中の毒を吸えば子供が誕生しなくなると聞いて焦ったんだと思う。だが、そういう悪い噂は急速に広まるものだ。従業員たちには秘密にするように言ったのだが、効果がなかったらしい。


「あなたにだけ教えるけど、絶対秘密よ」

 と言って秘密を広める者が絶対いるからだ。本人は一人か二人なら構わないだろうと思っているのだが、そういう人が大勢いれば秘密が秘密ではなくなる。


 混乱はあったが、集まってきた人々を食料エリアへ移住させた。食料エリアの様子を見に行ったところ、やはり難民キャンプのようになっている。


 ダレルたちが町を造ろうとしている場所は、川の近くで水には困らない場所だった。移住者たちは森で果実やプチ芋を集め、甲冑豚を狩るという生活を始めた。


 男たちは炭田で働きながら、必要なものを元の家から運び込むという作業を続けている。ちなみに炭田で働く人たちは全員が異獣を殺して、『毒耐性』と『操地術』を持っているらしい。


 仕事で『操地術』が必須のようだ。『操地術』で石炭を掘り起こして運ぶのに必要だという。元は全て機械でやっていたのだが、故障して使えなくなる機械も増え、今では『操地術』で代用しているのだ。


 この『操地術』は食料エリアでも役立っている。木を切り倒して更地とするのに『操地術』が便利なのだ。俺も食料エリアの町造りを手伝うことにした。


「手伝うって、何をするんだ?」

 河井が不満そうに言う。オーストラリアへ来て、土木工事はしたくなかったようだ。


「木を切り倒すことだな。それが一番だろう」

 俺たちは食料エリアの開拓地へ行って、開拓の指揮を執っているデイビッドに木を切り倒す手伝いをすると伝えた。


「それは助かる。ここの木は直径八十センチ以上という木がほとんどなので苦労していたのだ」

 がっしりした体格の陽気なデイビッドが笑いながら礼を言った。


 俺が切り倒す木に印を付けてくれと言うと、デイビッドが五本ほどの木に印を付けた。俺は苦笑して、五十本ほど印を付けてくれと言った。


「一日だと五本が限度だと思うよ」

 俺は実際に見せることにする。印を付けた木に近寄り、翔刃槍を取り出す。呼吸を整えて神気を練り、翔刃槍に神気を流し込むと神気の刃を撃ち出した。


 神気の刃は大根でも切るように大木を切断する。それは一瞬のことだった。但し、木は切断されたが倒れなかった。俺は木に手を当てて亜空間に木を収納する。すると切り株だけが残った。


「えっ、何をしたんだ?」

 デイビッドが驚いて声を上げた。

「そういうスキルを持っているんだ」

 今度は亜空間から木を取り出して横たえる。俺たちの実力が分かったデイビッドは、五十本ほどの木に印を付けた。


 一方、河井は『五雷掌』の【爆雷掌】を使って木を倒した。デイビッドは果実が生る木は残したようで、俺たちが伐採した木は杉に似た木が多かった。


 短期間で開墾地が広がったので、住人たちからは感謝された。だが、手伝いをする期間は長くはなかった。技術者による調査も終わり俺たちは日本に帰ることになったのだ。


 また何度か来ることになると思うが、一度帰って美咲たちに報告しなければならない。


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