第136話 アメリカ大統領

 シュルツ長官に連れられて大統領執務室へ行ったローランドは、緊張した顔でサリンジャー大統領に報告を始めた。


「なるほど、日本人たちは食料エリアで紅雷石というものを掘り出し、それを電気に変換する方法も発見したという事か」


「はい、そうです」

「その紅雷石は、どれほどの埋蔵量があるのだね?」

 サリンジャー大統領は六十代の逞しい体格をした紳士である。元々は年の割に若々しい感じの男だったのだが、この国難で疲れた老人という感じになっていた。


「日本人たちにも分かっていないようです。ですが、生き残った日本人が、近代的な生活を送るのに十分な電気を、確保できているようです」


 それを聞いた大統領が深刻な顔になる。

「シュルツ長官、日本からの提案をどう思う?」

「聞いた限りでは、日本人たちは信用できるようです。提案に乗ってもよろしいかと思います」


「その取引で、紅雷石をどれほど手に入れられるかだな」

 大統領が発言した時、電話が鳴った。大統領の顧問であるエネルギー工学の第一人者チェンバレン博士が到着したことを知らせるものだった。


 チェンバレン博士が部屋に入ってくると、ローランドが手短に状況を話した。

「まずは、その紅雷石を調べる必要があります。ミスター・ローランド、紅雷石を預からせてください」


 ローランドはシュルツ長官に視線を向ける。長官が頷いたので、持ってきた紅雷石を渡した。チェンバレン博士は紅雷石を観察して、首を傾げながら部屋を出て行った。


 チェンバレン博士はアメリカの総力を上げて紅雷石を調べ上げた。そして、一つの事実を突き止める。

「この物質は、地球上に存在しないものだということが分かりました」


 博士が大統領に報告すると、報告を聞くために集まった閣僚たちが真剣な顔になる。

「博士、その成分が判明したのですか?」

 国防長官のコリンソンが質問した。

「先程も言ったように、地球上に存在しない物質なので、主成分は分かりませんが、不純物は窒素や珪素が多いようです」


 コリンソン長官がチェンバレン博士へ目を向ける。

「この紅雷石を電気に変換することは可能か?」

「いえ、その方法は分かりません。日本人に聞くしかないでしょう」


 閣僚たちは不機嫌そうな顔になる。日本人に教えてもらうというのが、気に入らないのだろう。

「時間を掛ければ、その方法を探し出せるんじゃないのか?」

「十年、いや二十年掛かるかもしれません」


 サリンジャー大統領がゆっくりと首を振る。

「そんな時間はない。日本と取引するんだ」

「資源を共有するという条件だと聞いています。アメリカが保有する何かの資源が欲しいのだと思いますが、よろしいのですか?」


 シュルツ長官の確認に、大統領が肯定する。

「仕方あるまい。我々には電気が必要なのだ」

 移住したアメリカ人たちは、持ち込んだ家電製品が使えない事に不満を訴えるようになり、政府に対する支持率が下がっていた。


 アメリカ政府は、食料エリアに建設した工場へ優先的に電気を供給している。一般家庭を後回しにしているせいか、私企業が勝手にダムを造り発電事業を始めていた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 アメリカの大統領が決断してから一ヶ月が経過し、ローランドはもう一度日本へ向かっていた。それに同行しているのが、チェンバレン博士と国務長官のシュルツである。


「しかし、なぜ日本の代表が、ヤシロ市の行政長官なのだ?」

 チェンバレン博士が気になったことを質問した。

「日本は、食料エリアへ移住した時に、一度崩壊したようです。日本政府の影響力が非常に小さくなり、都市国家の単位に分割したようなのです」


 チェンバレン博士が頷いた。

「それでヤシロ市が、代表になった理由は?」

「たぶん、紅雷石やその発電装置を開発したのが、ヤシロの者だったのだと思います」


「ふむ、エネルギーを握った者が、支配者となった訳か。紅雷石が重要だということだな」

 シュルツ長官が言うと、全員が頷いた。

「ところで、日本人たちは飛行機を使っていたそうだな?」


 ローランドが頷いた。

「はい、小型のものでしたが、電気飛行機を実用化しておりました」

「今回の条約が締結されれば、我が国でも電気飛行機を実用化できると思うか?」


「実際に見た紅雷石発電装置は、コンパクトなものだったので、開発できると思います」

 チェンバレン博士が答えた。


「それなら良かった。船旅には飽きたよ」

 豪華客船ではないクルーザーなので、暇で暇で仕方がないと言う。

「しかし、飛行艇を開発しなければならないかもしれませんな」

 チェンバレン博士が言った。元々の空港は放置され、異獣により荒らされたので使えないかもしれないのだ。そうなると海や湖に着水できる飛行艇が便利になる。


「水を嫌う異獣が多いようだから、その方が良いかもしれない。アメリカの各地に人工池の滑走路を造り、池の中の人工島に管制室を建てるのが、安全そうだ。陸地の滑走路は食料エリアだけに限定すればいい」


 ローランドたちが大島に到着した時、大島では竜崎と美咲が出迎えた。全員を知っているローランドが日本人とアメリカ人の四人を紹介する。


「日本へようこそ。船旅は大変だったのではないですか?」

 美咲がシュルツ長官に声を掛けた。

「こういう時代だから、仕方ないと思っているよ。今日の予定はどうなっているのかね?」


「大島の転移ドームに制限解除水晶をセットして、誰でも転移できるようにしました。そこから転移できる食料エリアで一泊してから、ヤシロに向かう事になります」


 アメリカが日本側の提案に従い条約を結ぶ事を伝えてきたので、美咲たちはいろいろと準備していたのだ。


「これから先も、大島が日本との出入り口になるのかね?」

「ええ、日本の周囲には、油断のならない国々がありますので、制限解除水晶をセットした転移ドームを増やしたくないのです」


 シュルツ長官は仕方ないと頷いた。一方、ローランドが首を傾げる。

「毒虫に守られた転移ドームはリセットするのかね?」

「はい、異獣にはシフトがありますから、この先毒虫がずっと守ってくれるか分かりません」


 美咲はシュルツ長官たちを大島の転移ドームから、食料エリアに設営された仮設住宅に案内した。ここには本格的な宿泊施設と防衛施設が建設されることになっている。


 大島から侵入する者を監視し、侵入者を阻止するための防衛施設が必要だと決定したものだ。


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