第137話 アメリカとの交渉
仮設住宅で一泊したシュルツ長官たちを、飛行機でヤシロへ連れて行った。ヤシロは人口五十万ほどの都市である。日本だったら、ぎりぎり政令指定都市か、あるいは中核市の規模になるだろう。
ヤシロには高層ビルがない。広い土地が有るので、高層ビルを必要だと思わなかったこともあるが、建築資材や建設機械が思うように使えなかった点も高層ビルを建てなかった理由である。
街には緑が多く、大きな公園や森のまま残している区画もある。それぞれの建物は二階建て
「綺麗な街だね」
シュルツ長官がヤシロを見て感想を言う。
「ええ、日本人が初めて広大な食料エリアの土地に造り上げた街です」
ヤシロは都市計画をきちんと立て建設した都市なので、その景観は素晴らしいものになっている。
美咲はシュルツ長官たちをヤシロのホテルに案内した。ホテルの部屋で寛ぎながら、窓の外を見ていたシュルツ長官は、街の中を電車が走っているのに気付いた。
「ふむ、一つ一つの家は大きくなったようだが、日本人らしい街並みだな」
道路には少数だが、車が走っている。アメリカの食料エリアでも電気自動車が走ってるが、それは政府関係者の車だけだった。
電気自動車を民間人が使うほど供給できないし、電気も足りなかったのだ。民間人は仕方ないので馬を食料エリアに運び込んで使っている。
西部劇の時代に戻ったようなアメリカでは、凶悪犯罪が増えていた。流通する貨幣が金貨・銀貨・銅貨に戻ったので、それらを狙う犯罪が増えたのだ。
元のアメリカではキャッシュレス化で現金を狙う強盗が激減していたのだが、現金払いの社会になったことで社会状況が悪くなったらしい。
一方、日本人の社会は元々が犯罪率が低かったので、犯罪は増えていない。気性が荒く社会に適合できなかった者たちは、探索者となり異獣と戦うことで居場所を見つけたようだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
紅雷石発電研究所で待っていた俺は、シュルツ長官たちを出迎えた。
「ミスター・摩紀、紅雷石発電は、あなたのアイデアだと聞きましたが、本当ですか?」
「アイデアというより、スキルで手に入れた知識です」
「スキル? というと『異獣知識初級』のような知識スキルのことですか?」
「そうです。その知識を研究して、紅雷石発電が可能になったのです」
シュルツ長官の目が光った。アメリカでは知識スキルを取得するより、戦いに使えるスキルの習得を優先する者が多かったようだ。周りに異獣がうろうろしているような状況では仕方ないだろう。
「そうか、知識スキルか。良いことを聞いた」
俺は研究所の内部を案内した。
「これから紅雷石から電気を取り出す実験を見てもらいます」
実験室で透明なアクリルの容器の中に浮かんでいる紅雷石を見て、シュルツ長官が顔を寄せる。近くで観察するためである。
「この容器の中の液体は何かね?」
「それは電解液と触媒が入っています。ここに紫外線を浴びせると、電気が発生して扇風機が回る仕掛けになっています」
技術者の一人が紫外線ライトを持って来て、紫外線を容器の中の紅雷石に浴びせる。すると、電気が発生して、導線が繋がった扇風機が回り始める。
「おっ、回った。なるほど、電気が発生するというのは本当のことらしい。だが、その発生量が重要だ」
一センチ角の角砂糖のような紅雷石で、平均的な家庭の一ヶ月分の電気が発電できると伝えた。
それを聞いたシュルツ長官は顔が強張った。
「それは原子力並みのエネルギーではないか。もしかして、紅雷石から爆弾も作れるのではないか?」
「さあ、今までの研究結果では、爆弾が作製できるというものはありません」
「そういうものだと、理想的なエネルギー源ということになる」
「理想的かどうかは分からないですが、安全で効率的なエネルギー源だと、我々も思っています」
それから研究所の一室で交渉に入った。俺たちは毎月三百トンの紅雷石をアメリカに渡す代わりに、オーストラリアの石炭鉱床とミネラルサンドが産出する鉱山の所有権を日本に渡すという条件を提示した。
アメリカはオーストラリア人をアメリカの食料エリアに移住させる代わりに、オーストラリアの資源を手に入れている。その一部を要求したのである。
ちなみにミネラルサンドというのは、イルメナイトやジルコンを含有する有用なレアメタル資源であり、含有する金属として鉄・チタンなどが多い。
その条件を聞いたシュルツ長官は、頭の中で計算して異議を唱えた。
「待ってくれ。月に三百トンでは足りない」
「アメリカも人口が減ったはずですから、三百トンで十分だと思いますけど」
「それは、家庭用の電力だけです。産業用に追加で二百トンをお願いします」
「それだと、鉄鉱床も加えないと採算が合いません」
シュルツ長官はそれで合意した。大統領から全権を委託されてきたようだ。
「ところで、アメリカ以外の国には紅雷石の存在を知らせないのですか?」
「下手に知らせると、危険なことを企む国もあります。なので、積極的に知らせるつもりはありません」
「なるほど、分かりました。我が国でも秘密としましょう」
条約が締結されると、シュルツ長官たちは紅雷石五百トンと紅雷石発電装置のサンプルと設計図を持って、急いで帰国した。
ニューホワイトハウスへ戻ったシュルツ長官は、大統領に報告した。
「紅雷石五百トンか……もう少し増やしても良かったのではないかね?」
「それでは電力のほとんどを紅雷石に置き換えることになります。安全保障上、好ましくありません」
大統領が溜息を漏らす。
「だが、水力発電にしても開発に時間がかかる」
「開発は順調だと聞いていましたが?」
「段々と遅れが出ている。アメリカから運び込んでいた建設資材が、枯渇してきたのだ」
アメリカも食料エリアの開発に苦労しているのだった。
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