第131話 アメリカの使節団

 兵士らしいアメリカ人が船から降りて来た後、珍しく背広を着た男性が現れた。背広を着た人物なんて久しぶりに見たな。


 俺はアメリカ人たちが何を警戒しているのか分からなかったので、美咲に確認してくれと頼んだ。英語が達者な美咲が、背広の人物に話しかける。


「ヤシロで行政長官を務めている美咲・遠藤です。あなたが代表ですか?」

 背広の男が頷いた。

「アメリカ大統領に派遣された使節団の団長、マーク・ローランドです。美しいレディに迎えられるとは思っても見ませんでした」


 アメリカではまだ大統領制が続いているらしい。たぶん早くから食料エリアに移住を開始したので、元の体制を続けられたのだろう。


「ところで、兵士の方々が警戒されているようですが、どうしたのです?」

 ローランドが溜息を漏らす。

「申し訳ない。彼らが警戒しているのは、日本を訪れる前にEUへ同じように訪問したせいなのです」


 美咲から通訳されて俺は首を傾げた。

「ヨーロッパがどうかしたのですか?」

「あそこでは混乱が続いており、内戦が始まっている国もあるのです」


 内戦? 只事ではないようだ。しかし、どう分かれて戦っているのだろう。美咲がそれを確認した。どうやら難民として流れ込んできた人々との間で戦っているらしい。


 美咲がローランドへ視線を向ける。

「ヨーロッパの人々は、食料エリアへ移住しなかったのですか?」


 ローランドの顔が強張った。

「もしかして、転移ドームの秘密を知っているのかね?」

「アメリカが食料エリアに町を造り始めたと聞いて、何か秘密があるのかもしれないと思い、このコジローと一緒に探したんです」


 ローランドが頷く。

「という事は、日本人は食料エリアへ移住した?」

「ええ、生き残った日本人は、ほとんど食料エリアで生活しています」


 ローランドが驚いたような顔をする。

「そうなのか。アメリカでも三割ほどがアメリカ本土に残って、エネルギー確保を行っているのに」


 美咲と俺はアメリカ人たちを急造の宿舎に案内した。食堂のような部屋で、椅子に座って話し始める。


「日本人は幸運だった」

 突然、ローランドが言い出した。それを聞いた美咲が腑に落ちないという顔をする。

「どうしてです?」


「この国は格差が少なかったからだよ。他の先進国では、大勢の貧民層を抱えている。その人々が悪いと言っている訳じゃないが、それらの人々の中で生き残ったのは、暴力的な考えを持つ者が多かったのだ」


 アメリカなどに比べれば、日本人の金持ちは小粒だろう。そして、貧富の差もそれほどではない。

「まさか、アメリカ本土に残って働いているのは、貧民層の人々なんですか?」

「仕方ないのだよ。誰かが残って石炭などの燃料を確保しなければ、食料エリアで電気が使えない」


 俺はちょっと疑問に思った。アメリカなら原子力発電所を建設すると考えていたからだ。それは美咲も同じことを考えていたらしい。原子力発電所を建設しなかったのか尋ねた。


「食料エリアにウランなどの核燃料を持ち込めなかったのだよ。知らなかったのかね?」

「ええ、日本は原子力発電所など無理だと判断したんです」

「だったら、何をエネルギー源としているのです?」


 アメリカから転移した食料エリアには、紅雷石はなかったのだろうか? ローランドから話を聞いた限りではなかったようだ。アメリカが信用できるかどうか分からないので、紅雷石の件は黙っていることにした。


「我々の住む食料エリアには、川が多いので水力発電を中心に開発しています」

「なるほど、水力発電か、我が国でも発電用ダムを建設しているが、それだけでは十分な発電量を確保できない」


 アメリカの人口を尋ねると、ローランドにはそれを公開する権限がないという。たぶん日本と同じくらいの割合で死んだと仮定すると人口六千万人ほどになる。オーストラリアの生き残りも移住したはずだから、もしかすると七千万人になったはずだ。


 一部をアメリカ本国に残しているとは言え、それでも五千万人が食料エリアに移住したのではないか。


「アメリカでは、食料エリアの調査が進みましたか?」

 食料エリアの全体像を知りたかった俺は、美咲に質問してもらう。

「残念ながら、障壁山脈に遮られて、調査は進んでいない」


 食料エリアには障壁山脈と呼ばれる区域を仕切る壁があるという。

「飛行機で越えられないのですか?」

「無理だった。障壁山脈の上空は変な風が吹いているらしい」


 ローランドから聞いた話だと、食料エリアは不思議な力で区切られているという。海にも見えない壁があり、他の区域には移動できないそうだ。


「なので、我々は太平洋を航海して日本へ来たのです」

「そうなると、我々のアガルタがどれほどの広さか重要になるな」


 俺の呟きを聞いたローランドが首を傾げた。日本語が少し分かるらしい。

「アガルタというのは?」

「日本人が移住した食料エリアの地域です」

「なるほど、食料エリアよりはいいですな」


「アメリカは、中国にも連絡を取ろうとしていますか?」

「はい、そのつもりです」

 俺たちが中国人に襲われた話をすると、ローランドが眉をひそめる。

「中国人は、食料エリアへ移住していないのかね?」


「中国大陸は、統制が取れていない状況です。共産党の党員だけが食料エリアへ移住したのではないかと我々は考えています」

 美咲の言葉を聞いたローランドは、顔をしかめた。


「中国は何を考えているのだ。あの国は人口が多いという事が一番の強みだったのに」


 ローランドが俺たちに鋭い視線を向ける。

「我々は食料エリアで、先住種族だと思われる者たちの遺跡を発見しました。アガルタにもあったのではないか?」


 美咲は否定しようとしたが、それは不自然だと考え直した。アメリカ人たちが移住した食料エリアで、どれほどの遺跡が発見されたのか分からないが、アガルタはゼロだというのは信じてもらえないだろう。

 なぜならクゥエル支族は自己顕示欲が強い種族だからだ。


「ええ、いくつかの遺跡を発見しました。ですが、中身のない遺跡です」

 ローランドが頷いた。

「アメリカで発見された遺跡も、そんな感じでした。それでも先住種族の名前だけは判明しています。『トゥリー人』と呼ばれている者たちです」


「ええっ、『クゥエル支族』ではないのですか?」

 ローランドの顔が強張った。

「『クゥエル支族』ですと……『トゥリー人』とは別の種族なのですか?」


 美咲が渋い顔になった。

「違うようです。モファバルは数多くの世界に手を出しているようですね」


 ローランドがクゥエル支族の遺跡を見たいと言い出した。俺と美咲は相談して見せることにする。但し、巨大船の遺跡である。


 ここで拒否することもできるが、その場合には日本人が何か隠していると、アメリカ人に疑われるだろう。クゥエルタワーと紅雷石発電装置の件だけを隠せば、変に興味を持たないだろうと考えたのだ。


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