第123話 歴史記念館

 バベルの塔のような建物の一階にいた鬼は、身長二メートルほどで青い色をしていた。額に一本の角があり、その角の内部で炎のようなものが踊っているように見える。


 その鬼が跳躍して、俺に向かって大剣を振り下ろす。その攻撃を翔刃槍で受け流し、鬼の胸に向かって槍の穂先を突き入れる。鬼の角が光を発し、その瞬間に俺に向かって空中を移動していたはずの鬼が後退する。


「何だ?」

 何か気持ち悪い動きだ。俺と鬼の間に壁があって、その壁に弾き返されたような動きである。結局、俺の突きは躱され、接近戦の間合いで鬼と対峙する。


 角が光を放ち始めてから鬼の動きが速くなった。俺は『超速思考』を働かせ脳の活動を加速すると同時に神気を使い始める。数倍の速さで五感から入る情報を分析しながら、対応する動きを選択。


 俺の速さも加速し、鬼との戦いのステージが上がる。大気を切り裂いて襲ってくる大剣の攻撃を翔刃槍で受け止め、その威力を身体を捻りながら逃がす。


 鬼のバランスが崩れたのを目にした俺は、鬼の足を薙ぎ払おうと翔刃槍を振るう。それに気付いた鬼が大剣で受け止めて反撃。


 歯を食いしばり防御して、神気を衝撃波に変えて放とうとした。その気配を感じ取った鬼は、角を光らせ何かを放つ。それは俺が使う気や神気とは異なるものだった。


 何かが俺にぶつかり、身体を弾き飛ばす。それは弾力のある薄い障壁のようなもので叩かれたような感じである。衝撃波に変えようとした神気が霧散する。


 河井は俺と鬼の動きに付いてこれず、戦いを見守っていた。無理やり参戦するのは危険だと判断したようだ。


 激しい攻防が繰り返され、俺は大技を放つための時間が欲しいと思い始めた。その時、鬼が後ろに跳んだ。まずい、こいつも大技を出そうとしている。


 急いで神気を練り衝撃波に変えようと準備する。俺が衝撃波を放つ前に、鬼が角から何かを撃ち出した。迎撃のために衝撃波を放ち、横に跳ぶ。鬼が放ったのは念で形成された円盤状の刃だったらしい。衝撃波で軌道を変えた円盤刃は、建物の壁に衝突して大きな傷を付けた。


 俺は神気を翔刃槍に流し込み、三日月型の神気の刃を撃ち出す。音速を超えて飛翔した神気の刃は、鬼の胴体に命中して真っ二つにした。


「はあはあ……死ぬかと思った」

「コジロー、怪我はないか?」

 河井が心配そうな顔で近づいてきた。


「打撲はあるが、大丈夫だ」

 異獣ではないので消えなかった鬼の死体を調べる。生物として、おかしなところはない。ただ角だけが異質だった。


 河井は部屋の中を調べていた。

「扉がある」

 それは金属製の扉で頑丈そうだった。ただ扉に取っ手もノブもない。


「ここに変な印が彫られているんだけど、何だろう?」

 河井が扉の一点を指差した。ジッと扉の印を見ていた俺は、何かに似ている形だという気がした。何だろうと考えていると鬼の角の形だと気づいた。


 俺は鬼の死体の傍に戻り、その角を切り出した。角を綺麗にしてから扉の印に嵌め込んだ。その瞬間、扉に嵌め込んだ角が宙に浮かび上がり、それが六角水晶のような形に変わる。


 その六角水晶を手に取り扉に近づけると、扉が開いた。扉の内側に目を向ける。小型の洗濯機サイズの紫水晶のようなものが置いてある。


「何だろう?」

 河井が紫水晶に手を伸ばし、ペタッと触った。ビクッと反応して素早く手を引っ込めた。

「こいつに触ると、頭の中に何かが話し掛けてくる」


 守護者を倒した時の声のようなものかと思い、俺も近づいて紫水晶を触った。


【私はクゥエル支族のギャドベス、この塔を建設した責任者である】

 頭の中に直接聞こえた声が自己紹介した。


【案内役のフェゾスは、きちんと機能しているだろうか。機能不全に陥っている場合は、フェゾスの角だけで扉が開くようになっているので、フェゾスから角を切り取ることを勧める】


 あの鬼は案内役だったのか。完全に狂って襲い掛かってきたけど、作られてどれほどの年月が経ったのだろう。


 あの鬼は周辺に棲み着いている巨虎などの獣を追い払う役目もあったようで、そのための戦闘力だったらしい。まあ、それは良いとして、この塔はクゥエル支族の歴史記念館みたいなものだと分かった。


 そういう記念碑みたいなものを残す習慣が、クゥエル支族にはあったという。俺と河井は塔の全てを調査することにした。


 鬼の死体を外に運び出し、河井が穴を掘って埋める。簡単な墓を作り手を合わせてから、俺は塔を見上げた。

「この塔を調査するとなると、時間がかかりそうだな」


 一日でできることではないので、外で待っている黒井に事情を話して美咲とエレナに三日ほど塔に泊まると伝言を頼んだ。


 黒井が小型飛行機で帰った後、俺たちは一階から塔の調査を始めた。クゥエル支族というのは、人型の身体と蜘蛛のような頭部を持つ知的生命体だったらしい。


 それは塔の壁に刻まれた壁画や彫像が残っていたので分かった。明らかに地球の生物ではないだろう。クゥエル支族は、生命工学を基礎とした文明を築いた種族らしい。


 その文明のエネルギー源は宇宙に存在するエネルギーの一つであり、その利用方法は秘密とされているようだ。クゥエル支族は、そのエネルギーを『源斥力』と呼んでいる。


 それらの情報を得られたのは、塔の中にある壁画や彫像の前に立つと頭の中に説明してくれる声が聞こえる場合があるからだ。クゥエル支族はテレパシーのようなものを自由自在に操れるらしい。


 五階まで調査した時、俺たちは疲れてしまった。塔の外に出て食事の準備を始める。火を起こして、甲冑豚の肉を使ったバーベキューを用意する。


 串に刺した肉を食べながら、河井が声を上げた。

「クゥエル支族というのは、地球人より文明が進んでいるんだろ。そんな連中がここを作ったモファバルには、手も足も出なかった。となると、モファバルというのは、どんな化け物なんだ?」


 俺は肩を竦めた。分かるわけがないのだ。

「ギリシャ神話の神様みたいな連中なんじゃないか」

 ギリシャ神話の神たちは、人間より血なまぐさい神である。人間に罰と恩恵を与え、神同士で争う。


「人格みたいなものは、人間とあまり変わらないけど、科学技術や文明が数万年も進んでいるみたいな感じ?」


「そんな感じだ」

「余計厄介な気がしてきた」

 それは俺も同じだった。


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