第122話 アガルタの塔
本格的な食料エリアの調査を始める前に、食料エリアに開発された町の代表が集まって会議を開くことになった。場所は食料エリアの最初の町であるヤシロだ。
「美咲、今回の会議の議題は、何に決まったのか教えてくれ」
「まず食料エリアの名前を決めようと考えているの」
ここで生活しているのに、いつまでも食料エリアというのはおかしい、ということだ。
「美咲は、何か案があるんだろ?」
「そうね、私は『アガルタ』がいいと思う」
アガルタというのは、アジアのどこかにあるとされた伝説の地下都市である。食料エリアは地下都市という小さな存在ではないが、ちょうど良いと思ったらしい。
「へえー、アガルタか。いいんじゃないか。でも、それは日本人が開発したエリアだけの名称?」
「基本は日本が開発したエリアよ。諸外国が開発したエリアまでは決められないでしょ」
俺は頷いた。その他の会議の議題を聞いてみると、交通網や通信手段について話し合うことになっているという。
「だったら、主要な町に小型飛行機の滑走路を作ってくれるように頼んでくれないか」
「小型飛行機が、量産できなければ無駄になるんじゃないの?」
「技術者の人に聞いたんだけど、小型飛行機なら作れると言われた」
「小型ねぇ、もう少し大きな飛行機は作れないの?」
「技術者と工場が必要になる。皆の生活が軌道に乗ってからの話になるかな」
俺たちは耶蘇市にある工場をヤシロへ移そうという計画を話し合ったことがある。ただ最先端の工場というのは世界中から部品を集めて製品を作り上げるというものが普通なので、そういう工場は無理だと分かった。
それ以外の工場として、製紙工場や鉄工所、製糸工場、織物工場などは食料エリアへ移転させようと決まった。但し、その四つは耶蘇市にない工場もあり、他の町から運んでくることになるだろう。
日本中で工場移転のプロジェクトが進んでいた。ヤシロに紅雷石発電装置の工場があるように、他の町でも独自産業が欲しいのだ。
食料エリアの都市を取り仕切る行政長官たちが集まり、会議が開かれた。最初の議題である食料エリアの名称は『アガルタ』に決定した。
交通網については、鉄道網を構築する事になった。どれくらいの時間がかかるか分からないが、『操地術』を使える者を増やして工事を急がせようという話になったようだ。
とは言え、『操地術』を使える者を増やすには、制限解除水晶をセットした転移ドームが必要である。そこで内陸部の山の中にある転移ドームに限定して、制限解除水晶をセットすることが決まった。
内陸部の山の中にある転移ドームなら、他国の人々が気づくことはないと判断したのだ。通信手段は郵便制度と電話を整備することになった。
すでに電話は都市間の代表電話が繋がっているが、それを個人の家でも使えるようにするという計画である。
会議が終わり、俺たちは小型飛行機でアガルタを調査することになった。万一のためにパラシュートも用意する。
小型飛行機のパイロットは、武藤の下で探索者をしている黒井だった。驚いたことに小型機の免許を持っていたのだ。正確には『自家用操縦士技能証明』と呼ばれるもので、自家用飛行機なら操縦できるという。
俺と河井が乗り込むと改造した小型機が発進した。滑走路を走り、ふわりと空中に浮かび上がる。最初に山脈が見える北へと進んだ。
眼下には広大な草原や湖、森が見える。遠くに見える山脈は端が見えず、終わりがないようだった。
「コジロー、アガルタは惑星なんだろうか?」
肩を竦めた。俺にだって分からない。
「分からないけど、何だか違うような気がする」
「どうしてだ。これだけ広大な土地が惑星じゃないなんて、おかしいだろう」
「そうだけど、アガルタで地平線を見た記憶がないんだ」
「気候のせいじゃないか。ここは霧が多いから」
「お二人さん、前方に何か見えます」
黒井が声を上げた。前方を見ると巨大な塔が見える。伝説のバベルの塔のように巨大なものだ。
「近くに着陸できるところはない?」
俺は黒井に尋ねた。
「普通の草原しかないですよ。無理ですね」
「ちょっと待って、あそこはどう?」
俺は平原の一部が平らになっている場所があるのに気づいて指差した。黒井も視線を向ける。
「何だろう? でも、あそこなら着陸できそうです」
黒井は小型機の進路を変えた。小型機が慎重に着陸態勢に入り、なんとか着陸した。小型機から下りると、背伸びをした。飛行機が下りた場所は、塔へと続く道の一部らしい。
「この塔は何だろう?」
俺は塔を見上げて声を上げる。バベルの塔を想像して描いた絵画はいくつかあるが、それを思い出した。
黒井は飛行機に残り、俺と河井で塔を調べることになった。この塔も巨大船と同じような素材で出来ているようだ。
塔の高さは比較するものがないので分からないが、東京タワーより高いように見える。
「コジロー、また中身は空なんじゃないか?」
「そうかもしれないな」
俺たちは塔の正面に到着して、高さ五メートルもある扉の前に立った。
「たのもー!」
河井が大声を上げる。
「何だ、それ。道場破りか」
「どうせ、誰も居ないんだから、堂々と入ろうぜ」
河井が扉に手を当て押した。扉がちょっとだけ開いた瞬間、河井が跳び退いた。
「どうした?」
「ヤバイ、ここは『試しの城』と同じだ。中に鬼のような化け物が居た」
「鬼……確かめさせてくれ」
俺は扉を開いて中を覗いた。
「あれっ、何も居ないじゃないか」
俺は扉を開いて中に入った。河井も中を確認してから入る。
「おかしいな。絶対に居た。間違いなく居たんだ」
俺たちはホテルのロビーのような部屋に入って周りを見回した。その視線の先に奇妙なものが映った。天井から吊るされた巨大なシャンデリアがあり、その上に鬼が立っていたのだ。
シャンデリアから鬼が飛び下りた。鬼の手には大剣があり、それが河井に向かって振り下ろされる。河井は自分の剣で受け流した。
河井は用心のために中に入る時にフレアソードを取り出していたのだ。大剣の攻撃を受け流された鬼は、河井への攻撃を中断して、俺に剣を向けた。
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