第119話 クワン中将

 ソン少将たちの船が日本海を抜けて東シナ海に入った時、前方から軍艦が進んでくるのに気付いた。

「まずい、逃げるぞ」

 南へと進路を変えた。ソン少将たちにとって、中国軍は敵なのだ。


「少将、このままでは追い付かれます」

 ワン中尉が焦ったように声を上げた。

「どうして、こんなところに中国海軍がいるのだ」

 自分たちも中国軍だと名乗っていたはずなのに、ソン少将が喚いた。


 残念ながら少将たちは逃げ切ることができず拿捕された。軍人らしい男たちが船に乗り移ってきた。

「貴様ら、日本人か?」

「いや、中国人だ」

 相手がガッカリした様子を見せる。


「チッ、日本人じゃないのか。まあいい、こんなところをどうして航海している?」

「我々は移住できる土地がないか探していた」

「どこの者だ?」


「ユウチョンから来た」

「ふん、放棄エリアか。怪しいな」

 その軍人はソン少将たちを連行することにしたようだ。中国沿岸部の軍港に連れて行かれた少将たちは、尋問され白状させられた。


 ソン少将たちも簡単に白状したわけではない。何日も沈黙を守ったのだが、一人が口を開き始めるとほとんどが喋り始めた。


 その情報を聞いたクワン中将は、ニンマリとする。その情報が本当なら、日本の耶蘇市へ行けば、誰でも食料エリアへ転移できるということだ。


「やはりあったのだな」

 アメリカが食料エリアに街を建設中だと聞いた時から、そういう転移ドームが存在するのではないかと、噂されていた。


 中国では発見されなかったことになっているが、実際は何人かの探索者が制限解除水晶を手に入れていた。ところが、その探索者が制限解除水晶を秘密にしたらしい。


 実力者と組んで、自分たちだけの避難場所を作っただけで国家的事業とはならなかったのだ。国家ではなく、特権階級である一部の人々だけが生き残ろうとした。


 そのためにクワン中将も国内にある制限解除転移ドームの場所を知らない。但し、実力者と組んでいるので、食料エリアからの食料の配給は受け取っていた。


「その制限解除転移ドームを手に入れれば、儂は自分の王国を築くことができる」

 野望が芽生えたクワン中将は、戦える者と武器を集め船に乗った。準備に時間が掛かったが、五百人の兵士と三十人のガーディアンキラーを乗せた船は耶蘇市に向かった。


 中国軍にしては数が少ないが、これは大規模な部隊を運ぶだけの船を調達できなかったのが原因である。重油が手に入らず、石炭を燃料とする動力に改造している船が少なかったのだ。


「そう言えば、日本の連中はエネルギーをどうしているのだろう。まさか、全部人力に戻ったのではないだろうな。どうなんだ?」


 手錠を掛けられているソン少将は、クワン中将に顔を向けて首を振った。

「そこまでは調べていません。その前に拿捕されたのです」


「そうか、気の毒だったな」

 中将が笑う。全然気の毒に思っていない証拠である。大体拿捕したのは、中将たちなのだ。少将は中将たちが何をしていたのか気になった。


「中将閣下、我々を拿捕した時は、何をされていたのですか?」

「ふん、日本船を狙っておったのだ。日本人を人質にして、日本から黄金や食料を手に入れるつもりだった」


「それでは海賊だ。そこまで落ちぶれたのですか?」

「耶蘇市を占拠しようとして、撃退され逃げ戻ったくせに。人のことを非難できると思っているのか」


 そう言われたソン少将は黙り込んだ。改めて言われると五十歩百歩だったか、と思ったのだ。


 船が耶蘇市の港に入った。このまま攻めてもソン少将たちの二の舞を演じることになると、クワン中将も分かっていた。そこでロケットランチャーとグレネードランチャーを用意した。


 銃で倒せない相手なら、それ以上の武器で倒せば良い。軍人らしい単純明快な解決法を打ち出したのである。但し、その方法が成功するかどうかは未知数である。


「日本人の探索者を侮っているのですか?」

 ソン少将は携帯できる程度の現代兵器で、あの日本人探索者を倒せると思っているクワン中将に質問した。


「ロケットランチャーやグレネードランチャー程度では、倒せないとでも言うのかね?」

「その可能性があります」


「そうだったとしても、心配する必要はない。我々には切り札があるのだ」

 ソン少将は首を傾げる。

「切り札というのは?」


「リン中尉だ。彼は強力なスキルを持っていてね。誰も彼には勝てない」

 中将はリン中尉に絶大な自信を持っているようだ。ソン少将はどんなスキルか興味があったが、中将は教えてくれなかった。


 戦闘準備をした三百人の兵士たちが下船して、ソン少将の案内で転移ドームへ向かった。

 クワン中将はリン中尉を少将に紹介した。中尉はプロレスラーのように逞しい体格をした男で、少将より二十センチほど背が高かった。


「いい土地のようだ。こんな場所を捨てて、日本人は食料エリアへ移住したのか?」

 ソン少将が中将を睨む。

「日本人の代弁をするわけではないが、ここも異獣たちの影響を受けています。強力な異獣が傍に巣食っているのだ。食料エリアの方がいいに決まっている」


「贅沢だな。大陸では飲める水もほとんどない土地で、人間が生きているんだ。それに比べたら、ここは天国じゃないか」


 天国とまで言った中将だったが、ここの大気にも毒が混じっているのを知っていた。その毒が人間を蝕み、寿命を縮めている。


 ゴーレムと遭遇した部隊は、グレネードランチャーで仕留めた。銃弾は弾き返せるゴーレムだったが、グレネード弾の爆発力には耐えられなかった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺たちは襲撃者が再び襲ってくるのではないかと予想し、警戒していた。耶蘇市の港には見張り番を決めて監視させていた。なので、クワン中将たちの船が到着した時、見張り番が報せに走った。


「やっぱり来たのか。何度撃退しても諦めそうにないな」

 俺は溜息を漏らす。それに気付いた河井が、

「負けると思っているのか?」


「勝ち負けの判定条件が、何になるのかで違うな」

「コジローが考える判定条件は?」

「食料エリアのヤシロが襲われることだ。そうなれば、俺たちの負けだ」


「食料エリアに転移されるのは、構わないのか?」

「できれば、転移ドームで撃退したいが、敵は三百人ほどだと聞いた。難しいかもしれない」


 転移ドームで待ち構えている日本人の探索者は、百人ほどだ。

「見えてきたぞ」

 誰かが声を上げた。俺が外に目を向けると、俺たちの三倍ほどの兵士を引き連れた敵が姿を現した。


「止まれ、お前たちは何者だ?」

 取り敢えず確認することにした。集団の中に前回襲ってきたリーダーの男がいるので、推測で……何で手錠を掛けられているんだ?


 単純な再挑戦ではないようだ。

「我々は新しい支配者だ。この転移ドームをもらう」

 一番偉そうな男が日本語で答えた。


「ここは普通の転移ドームだ。中国にも同じようなものがたくさんあるだろう」

「嘘はいかんな。このソン少将から聞いておるのだ。ここが誰でも転移できる転移ドームだとな」


 中将の背後で、銃やグレネードランチャーを構えた兵士が、俺たちに銃口を向けた。


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