第118話 軍人対探索者

 あいつら笑っているが、何がおかしいんだ。俺には笑っている理由が分からなかった。

「何を笑っている?」

「我々は軍人だ。人間同士で戦うプロなのだぞ。悪いことは言わないから、黙って従え」


「本物の軍人は、異獣に殺されて絶滅したよ。その異獣を倒すのが、俺たち探索者なんだぞ」


「馬鹿が……銃で殺せない異獣もいるが、探索者は銃弾で殺せるんだ」

 チャオ少尉が拳銃を俺に向けて撃った。銃弾は俺の胸に命中して跳ね返る。『機動装甲』の力が効果を発揮したのである。


 襲撃者たちは驚いたようだ。

「そんな馬鹿な……」

 銃を持っている連中が、俺に向かって銃口を向けて引き金を引いた。俺は雨のように銃弾を浴びる事になった。だが、『機動装甲』はピンクマンモスが踏んでも死なないスキルである。


 これくらいの銃弾は平気で受け止め弾き返した。俺に向けて銃を撃った連中は、全員が死刑宣告を受けたと同じだった。


 俺は翔刃槍を亜空間から出し神気を翔刃槍に流し込んだ。三日月型の神気の刃が、翔刃槍の穂先から飛び出す。神気の刃は襲撃者たちを切り刻んだ。


 俺の『精神耐性』はスキルレベル7だ。大概の出来事は冷静に受け止められる。俺が攻撃を始めたからだろう。後ろにいた河井たちも攻撃を始めた。


 それは圧倒的な火力だった。襲撃者の多くが俺たちの攻撃で死んだ。襲撃者の中には銃を放り投げて、スキルを使って反撃する者もいたが、その判断は遅かった。


 ソン少将が逃げ出した。俺は追い駆けようとしたが、チャオ少尉に邪魔される。上官が逃げ出したのに、その上官を庇うのはなぜだ?


「どういうつもりだ? お前の上官は部下を見捨てて逃げ出したんだぞ」

「ふん、少将は大きな責任を背負っているので逃げたのだ。命惜しさに逃げたのではない」


 そういう奴こそ厄介だ。必ずまた攻めてくるに違いない。俺はチャオ少尉を手早く倒して、追跡しようと考えた。河井たちに任せようとは思わない。奴らが持つ銃は、人間に対して脅威だったからだ。


 俺は翔刃槍に神気を流し込み神気の刃を形成すると、チャオ少尉に向けて撃ち出した。その攻撃をチャオ少尉が『縮地術』のスキルを駆使して避けた。


 俺は『超速思考』のスキルを使う。感覚器官から入る情報の処理速度が上がり、周りがゆっくりと動いているように見える。


 その中でチャオ少尉だけが素早く動いていた。接近したチャオ少尉が俺の胸に掌打を打ち込もうとする。それを左肘を割り込ませて防御する。


 普通なら『機動装甲』のスキルを使っているので大丈夫なはずなのだ。だが、嫌な予感がしたのである。『機動装甲』が展開する障壁にチャオ少尉の掌打が当たり、それが障壁を潜り抜け肘に衝撃を与えた。


 俺の身体が弾き飛ばされた。宙を舞った身体が転移ドームの壁に当たって跳ね返される。

「ウッ!」

 左腕が折れたような痛みを感じた。


 チャオ少尉が追撃するために飛び込んできた。俺は神気を衝撃波に変換して放った。今度はチャオ少尉が宙を舞う。


 地面に叩き付けられたチャオ少尉が口から血を吐き出した。トドメを刺すために神気を足に流し込んで跳ぶ。その跳躍は超人の域に達していた。


 チャオ少尉は対応できず、俺の膝蹴りを顔面に受けて倒れた。襲撃者は逃げたソン少将を除いて、全員が死んだ。チャオ少尉も顔面が陥没していた。


 そのソン少将は残念ながら逃げられてしまった。俺はポーションを使って負傷した左肘の傷を治す。幸いにも骨は折れていないようだ。


 俺たちは美咲や竜崎を含めて対策を練ることにした。ヤシロの市役所に集まった俺たちは、どうするか話し合う。


「どうすればいいと思う?」

 美咲が皆の顔を見回してから尋ねた。

「河井が言っていたように、あの制限を解除するリンク水晶を取り外すしかないと思う」


 俺の言葉を聞いた佐久間が質問した。

「その制限解除水晶は、どうすれば外れるんだ?」

 転移ドームについてあまり詳しいことを知らないようだ。俺は三十日間転移ドームを使わなければ、取り出せるようになると教えた。


「三十日間か。その間に、あいつらが戻ってこないかな?」

 河井が不安そうに声を上げる。

「連中が戦力を補充して戻ってくるとしたら、オーストラリアからだろう。片道七日として往復で十四日、留守中に溜まった仕事を片付け、新戦力を編成して戻ってくる。ぎりぎり三十日ほどかかるかな」


「だったら、もう一度戦うことになるかもしれないんだな」

 河井の言葉に、俺は頷いた。

「この問題を解決するためには、ガーディアンキラー以外は、食料エリアに転移できないようにするしかない」


 美咲が俺に視線を向けた。

「それでもガーディアンキラーなら、ヤシロを襲えるということよ」

「あいつらのガーディアンキラーは何人いるんだ?」

 俺は捕らえた襲撃者を尋問した竜崎に尋ねた。


「奴らのガーディアンキラーは、五十人ほどだと言っていた。ヤシロで暮らしているガーディアンキラーは、その五倍はいるだろう。奇襲を受けない限り負けるはずがない」


 あいつらと戦った俺の感じでは、ヤシロの平均的なガーディアンキラーと実力差がないようだった。ということは、単純計算でも戦力は五倍ということになる。


「ストーンサークルを囲むような壁を作って、敵が侵入した時に自由に行動できないようにしよう」

 武藤が口を挟んだ。ガーディアンキラーなら壁など壊せるだろうが、ヤシロの住民は安心するだろう。俺たちは壁を築くことにした。


「他の町はどうなんだ?」

 美咲に尋ねた。

「他の町も、制限解除水晶を抜き取ることを勧めています。たぶん従うでしょう」


 日本にある転移ドームのいくつかが、誰でも転移できるようになっていることを中国人に知られたと、美咲は伝えたらしい。


 食料エリアに生まれた町のほとんどは、俺たちが『試しの城』まで案内した探索者たちが中心になって開発したものだ。意外なほど俺たちの言葉の影響力は強い。


 今回の件は、日本人が開発した食料エリアの全ての町や都市で同時に実施された出来事となった。


 俺たちは耶蘇市の転移ドームを使用禁止にして、ガーディアンキラーだけは武藤たちが漁港として使っている西峰町の転移ドームを使用して、食料エリアと日本を行き来することにする。


 日本政府が自然崩壊する形で機能しなくなり、その代わりに政治の中心となったのは、ヤシロなどの都市国家を運営する者たちだった。


 都市国家のトップは、初め市長と呼ばれていたが、都市国家が衛星都市を造り始めると、行政長官と呼ばれるようになる。美咲はヤシロの市民からは市長と呼ばれているが、衛星都市の住民からは行政長官と呼ばれ始めていた。


 これらの都市国家の中で最重要なのが、ヤシロだと言われている。ヤシロには紅雷石発電装置の研究施設と生産工場があり、この装置が食料エリアでのエネルギー源となっているからだ。


 ただ紅雷石発電装置だけをエネルギー源とするのは不安なので、水力発電や風力発電の開発が行われている。まだまだ問題が山積みの都市国家だが、住民が希望を持てるようにはなっていた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 転移ドームから逃げたソン少将は、船に戻るとオーストラリアへ戻るように命じた。

「ファン大尉やチャオ少尉は、どうしたのですか?」

 船で留守番をしていたワン中尉が尋ねた。


「殺られた。日本人の奴らが待ち伏せしていたのだ」

 ワン中尉が暗い顔になった。

「逃げ帰るのですか?」


「違う。戦力を補充して、チャオ少尉たちの仇を討つ」

 ソン少将は銃が通用しなかった日本人のことを思い出したが、そういうスキルを持つ者は少ないはずだと考えた。


 銃で武装した大勢の仲間を率いて戻ってくれば、日本人が開発した食料エリアの町が手に入ると夢を見たのだ。


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