第120話 二人の怒り

 後ろをチラリと見て、河井たちに後ろに下がるように合図した。俺は『機動装甲』のスキルで守られているが、河井たちは無防備なので下がらせたのだ。


 敵が公園の敷地内に全員入ったのを確かめた。

「嘘は言っていない。ここは普通の転移ドームだ。おとなしく帰れ」

 前回襲ってきた男が、手錠を掛けられていたので、別の勢力なのかと思い確かめてみたが、同じような勢力だったようだ。


 リーダーらしい男が攻撃の命令を下した。銃を構えていた兵士たちが、俺に向かって引き金を引いた。激しい発射音が響き渡り、おびただしい数の銃弾を俺に向かって発射された。


 銃弾の全てを跳ね返した俺は、合図を送った。

 その瞬間、俺の背後でスイッチが押される。銃を構えている兵士たちの足元で、大量の爆薬が爆発した。公園の敷地には、多数のダイナマイトが埋められており、巨大な罠となっていたのだ。


 爆発の衝撃波は兵士たちを切り刻み、その爆風により大勢の兵士が血を流しながら吹き飛ぶ。敵のリーダーだった初老の男も宙を舞った。


 その男は頭から地面に落下して、首が嫌な方向に曲がった。即死したに違いない。爆発で三百人の兵士が百人ほどに減った。


 混乱する敵兵士たちに向けて、ヤシロのガーディアンキラーたちは攻撃を加えた。『操炎術』『操闇術』『操水術』『操風術』『操地術』などの様々なスキルから繰り出される攻撃が、敵兵士たちの命中し確実に仕留めていく。


 ほとんどの敵兵士は血を流していたが、一人だけ無傷の者がいた。クワン中将が無敵だと言っていたリン中尉である。


 リン中尉は剣を右手に持ち、俺に襲い掛かってきた。何か叫んでいるが、中国語なので俺には分からない。ただ卑怯者とか言っているのだろうと予想がついた。


 自分たちの事は棚に上げて、他人には正々堂々と戦う事を求めているようだ。

「五月蝿いな。自分たちは銃で攻撃したじゃないか。ダイナマイトくらい何だと言うんだ」


 俺は適当に返事をしながら、襲い掛かってくる剣を翔刃槍で弾き返した。跳び下がった俺は、神気を練り上げ衝撃波に変換してリン中尉に向かって放つ。


 衝撃波を受けたリン中尉は、吹き飛ばされなかった。なぜだ? 俺と同じように『機動装甲』のスキルを持っているのか?


 ニヤリと笑ったリン中尉が、剣を振り抜く。『機動装甲』の障壁で跳ね返せると思ったが、敵の目が笑っているのに気付いて躱す。その動作が一秒にも満たない僅かな時間だけ遅れた。


 神気に似た気の一種が剣に流れ込み、剣が黄金色に輝く。その黄金剣が『機動装甲』の障壁を切り裂き、俺の脇腹に浅い傷を付けた。


「嫌な武器を……」

 俺は翔刃槍に神気を流し込み神気の刃を撃ち出した。それに気付いたリン中尉が初めて攻撃を避けた。


「%&$#ー」

 大声で叫んだリン中尉は、青褪めた顔で黄金剣の斬撃を放った。翔刃槍で受け流し、全力で跳び下がる。その瞬間、河井が『操炎術』の【爆炎撃】をリン中尉に向けて放った。


 その攻撃はリン中尉に命中して爆発したのだが、中尉は無傷だった。やはりバリアのようなものを纏っているらしい。


 俺とリン中尉が戦っている間も、クワン中将の部下とヤシロの探索者たちが戦っていた。ダイナマイトの爆発で負傷している兵士たちは、次々に倒れた。そして、最後にリン中尉だけが残る。


 その瞬間から、俺とリン中尉だけの戦いではなくなった。探索者たちは容赦なくリン中尉にもスキルによる攻撃を加え追い込んだ。


 逃げようとしたリン中尉に、俺は翔刃槍の穂先を向け神気の刃を放つ。その刃はリン中尉に命中しバリアで一瞬だけ止まった。だが、神気の刃はバリアを食い破り、リン中尉の肉体を切り裂く。


 リン中尉が血を噴き出しながら倒れた。俺は周りに居る探索者の顔を確かめる。人を殺したというのに罪悪感を感じている者は居ない。


 『精神耐性』のスキルを持っている者だけを選んで連れてきたのが良かったようだ。

 敵の全てが死んだと確認した河井が、俺の横に立って話し掛けた。

「コジロー、船の連中はどうする?」


 港を見張っていた者から、船にまだ大勢の兵士がいたという報告を聞いていた。

「あそこは見晴らしがいいから、隠れて近づくこともできないしなあー」

 影もないので、影を通って移動することもできない。


「海から近づいて、ダイナマイトでも仕掛けられないかな」

「スキューバダイビングの道具がないぞ」

 昔はあったのだが、数年手入れをしなかったので使えなくなっていた。


「遠距離攻撃できないのか?」

 俺の攻撃で射程が長いのは、『操闇術』の【闇位相砲】や『操炎術』の【プラズマ砲】である。但し、遠距離攻撃したことがなかった。


 守護者を相手に戦った時は、遠距離攻撃することはなかった。試した時も二百メートルほど前方にある的を破壊しただけだ。


 隠れながら狙撃するとなると、一キロ以上離れた場所から攻撃することになる。船は大きい的なのだが、一キロも離れると小さく見える。


「遠距離攻撃だと、現代兵器の方が上だな。重機関銃なんかは、有効射程が二キロくらいのものもあるんだぞ」


 大口径の銃器で撃たれた場合、『機動装甲』の障壁が耐えられるかどうかも分からない。そんなことを言うと河井が腑に落ちないという顔をする。


「現代兵器の威力が、そんなに凄いのなら、なぜ自衛隊は異獣に敗北したんだ?」

「自衛隊には弾の蓄えが少ないという弱点があったんだ。美咲が愚痴っていたぞ」


 現代兵器のことは置いておくとして、敵の船をどうするかだ。船に残った兵士は、周囲を見張っているだろうから、簡単には近づけないはずだ。


「そうなると、夜になってから近づくしかない」

 俺たちは敵兵士の遺体を片付けることにした。リン中尉の黄金剣は回収して亜空間に仕舞う。俺自身は剣を使わないが、他の探索者が使うかもしれない。


 草竜区の土地を掘り返して、遺体を埋めた。ここはアンデッド区ではないので、ゾンビとなることもない。


 俺たちは夜まで待って港へ向かった。今日は新月で星明かりしかない。港には敵の船しかなかった。耶蘇市の漁船や船は、西峰町の漁港へ移動しているのだ。


 暗い港に侵入した俺たちは、敵の船に近づいた。敵兵は船から二百メートルほどしか注意を払っていないようだ。船から投光器を使って、近づく者をチェックしている範囲が二百メートルなのだ。


「どうだ。投光器でチェックしているギリギリまで近づけば、船を攻撃できそうか?」

 河井が確認した。俺は頷いた。

「ああ、あそこからなら一撃で沈められるだろう」


 河井が溜息を漏らした。

「人間同士が争っている場合じゃないのに、馬鹿なことをしている、そう思わないか?」

「珍しいこともあるんだな。そんなことを考えるなんて」


「不安になるから、なるべく暗い未来のことは考えないようにしてきたんだ。でも、大勢の人が死ぬのを見て、どうしようもなく腹が立ってきた」


 河井は誰に対して怒っているのだろう? 耶蘇市を襲撃した連中に対してか、それともこんな世界にしたモファバルという種族に対してなのか。


 俺は襲ってきた連中に対して怒りを覚えた。やっと軌道に乗ってきた食料エリアでの生活を、滅茶苦茶にしてしまいそうだと思ったのだ。


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