第115話 トクラの襲撃者

 トクラは耶蘇市の西にある都市の住民を中心に開発された町である。ここの住民は、耶蘇市にある転移ドームから、食料エリアに転移してトクラに移動した者たちだ。


 トクラには直径十五キロほどの湖があり、そこの水を農業用水として米の栽培を行っている。町の周囲に水田が広がるのどかな町なのだ。


 そんな町の人々が襲われ二人が連れ去られたというのは、大事件だった。

「コジロー、その襲った中国人というのは、日本に住んでいた中国人なのかな?」


 俺は首を傾げた。襲ってきた連中は、中国語しか話さなかったと聞いている。日本に住んでいる外国人なら、少しくらい日本語を話してもよさそうなのに。


「もしかすると、大陸から来た連中かもしれない」

「どういう事? 中国人が攻めてきたのか?」

「中国が本格的に攻めてきたのなら、もっと大掛かりなはずだ。たぶん中国人の一部集団が来たんじゃないか」


「中国は『試しの城』のことを知っているのかな?」

「さあ、分からない。けど、その連中は知らないんじゃないか。知っていたら日本になんか来ないで、食料エリアの開発をしていると思う」


 河井が納得して頷いた。

 トクラの住民が襲われたのは、トマトなどの野菜を栽培している畑だった。農作業の道具を置いてある小屋があり、その前で襲われたらしい。


 襲われた場所へ到着。俺は地面に数人の人間が争ったような痕跡を見つけて、河井に知らせる。

「ここに争ったような痕跡がある」

「何かを引きずった跡が、向こうへ続いている。これって人間を引きずった跡じゃないか」


 トクラの住民が二人連れ去られている。俺たちは痕跡を探しながら襲撃者を追い始めた。俺たちは二キロほど進んで、襲撃者たちがどこに向かっているのか分かった。


 このまま進むと戸村町という町の転移ドームに繋がっているストーンサークルがある。目的地が分かれば、歩く必要はない。俺は亜空間からオフロード車を出して、そのストーンサークルに向かった。


 ストーンサークルの直前で、襲撃者に追いついた。

「待て!」

 そう言ってから、日本語が分からないかもしれないと思ったが、お決まりの言葉で雰囲気で分かるだろう。


 襲撃者たちが俺たちを睨んでいる。車から降りてオフロード車を亜空間に収納する。それを見た襲撃者たちが少し驚いたようだ。中国でも『亜空間』のスキルは、あまり知られていないのだろう。


 襲撃者の人数は三人、二人の日本人がロープで縛られていた。襲撃者の一人が何か言ったが、俺は中国語なんて分からない。当然、河井も分からなかった。美咲を連れてきたら良かった。


 美咲は自衛官の頃に、中国語を習ったと言っていた。

 襲撃者の一人が拐われた二人を連れて、ストーンサークルへ向かう。俺が追おうとすると、残った二人が邪魔をするように道を塞いだ。


「邪魔をするな!」

 俺が声を張り上げると、二人の襲撃者がニヤッと笑う。ガーディアンキラーである自分たちに自信があるのだろう。


 襲撃者の一人が『操氷術』の【氷槍】を使った。氷で出来た槍が俺に向かって飛んでくる。その攻撃を横に跳んで躱す。


 俺は『機動装甲』のスキルを使った。河井はもう一人の襲撃者と戦っているようだ。河井も実力が上がっているので、大丈夫だろう。


 襲撃者は少しのためらいもなく【氷槍】を使った。殺人に慣れているようだ。もしかすると、軍人か黒社会の者かもしれない。


 攻撃を躱された襲撃者は、銃を抜いて俺を撃った。その銃弾は俺の周りに展開している不可視の装甲に当たった。タンという乾いた音がして銃弾が跳ね返された。


 襲撃者が驚いた顔をする。『機動装甲』も珍しいスキルなのだ。俺は『大周天』のスキルを使って気を練り始めた。身体を神気が廻り始めると、その神気を『変換炉』で衝撃波に変えて放った。


 かなり手加減した衝撃波だったのだが、襲撃者が吹き飛んだ。手強い異獣や守護者に対して使っていた攻撃技なのだ。人間が受けたら、こうなるだろうとは思っていたが、本当に宙を飛ぶ人間を見ると強力な技なのだと再認識する。


「ガハッ」

 宙を舞った襲撃者が地面に叩き付けられて転がる。だが、気を失ってはいなかった。レベルの高い探索者らしい。


 襲撃者が口の端から血を流しながら跳ね起きて、凄い顔をして稲妻を放った。その稲妻も『機動装甲』に弾かれる。それを見た襲撃者が顔を強張らせた。


 襲撃者は確実に俺を殺すつもりのようだ。お返しに衝撃波をもう一度放つ。また襲撃者が宙を飛んだ。再び地面に叩き付けられた襲撃者は気を失った。


 河井の方を見ると、決着が付いていた。

「こいつらを縛っておいてくれ」

 俺は河井に指示してから、もう一人の襲撃者を追う。ストーンサークルの傍で追い付き戦いとなった。


 その時、背後から襲われた。背中に銃弾を撃ち込まれる。『機動装甲』を解除していなかったので、銃弾は弾かれた。


「貴様、何をした?」

 背後には襲撃者の仲間らしい二人が銃を構えて立っていた。その仲間の一人が日本語で話し掛けてきた。

「そんなことはどうでもいいだろ。その二人を返せ」


「ダメだ。聞きたいことがあるからな」

 日本語が喋れる男が誘拐した一人にナイフを押し当てて尋ねた。

「誰でも使える転移ドームは、どこにあるんだ?」

「や、やめろ」


「言え、言えば助けてやる」

 人質になっている二人の日本人は、怯えてパニックに陥っていた。ナイフの刃が首に押し当てられ、血が流れ出すと怯えた顔がさらに歪む。

「や、耶蘇市だ。私たちは耶蘇市の転移ドームから、食料エリアに転移したんだ」


 人質の一人が本当の事を教えてしまったのを聞いて、俺は顔をしかめた。その瞬間、日本語が喋れる襲撃者が叫んでストーンサークルへ向かって走り出した。まずいと思い追いかけようとした。それを邪魔された。


 襲撃者が必要がなくなった日本人二人を殺した。

「何をするんだ!」

 俺は翔刃槍を亜空間から取り出して、神気を翔刃槍に流し込み三日月型の神気の刃を、邪魔している襲撃者に向けて撃ち出した。


 その次の瞬間、襲撃者が血塗れになって倒れた。俺はストーンサークルに入ろうとしている最後の襲撃者に神気の刃を飛ばす。


 それが目標を切り裂こうとした瞬間、襲撃者が消えた。転移したのである。

「逃げられた。まずい事態になったぞ」

 俺はここのストーンサークルにある転移模様を使うことはできない。


 急いで河井の所に戻ると、ロープで縛られた襲撃者二人が気を失っていた。俺たちは襲撃者二人をヤシロに連れ帰った。


 そして、美咲と竜崎に報告する。

「まず二人を尋問しましょう」

 この数年の間に美咲と竜崎も新しいスキルを取得していた。竜崎は『尋問術』というスキルを取得し、美咲は『封印術』というスキルを取得していた。


 竜崎の『尋問術』は、犯罪者を取り締まる警察のような役目をしている竜崎が必要に迫られて取得したものだ。


 美咲の『封印術』は、相手の持っているスキルを使えないように封印する術である。スキルを持つ探索者が犯罪を犯し、投獄する時に使う。スキルを持ったまま刑務所に入れても、逃げられるかもしれないからだ。


 驚いたことに竜崎も中国語が喋れるらしい。尋問を彼に任せると、トクラを襲った襲撃者の正体が分かった。


「大陸も国家という枠が壊れて、小さな集団に分かれたみたいね」

 美咲が言うと、竜崎が頷いた。

「あの広大な土地を、電話やネットなどの通信網を失った状態で支配するのは無理だったんだ」


「アメリカや日本は、『試しの城』を発見して、制限解除水晶を手に入れた。本当に十四億の人口があった大国が、『試しの城』を発見できなかったのだろうか?」


 『試しの城』はアメリカと日本に一つずつという訳ではなく、千キロから二千キロの間隔で食料エリアに配置されているらしい。これはレビウス調整官から得た情報なので確かである。


 俺の疑問に美咲が答える。

「そうね。確率から考えると発見しているかもしれない。でも、生き残った数億の国民を食料エリアに移住させるのは、無理だと判断したのかも……急に中央政府と連絡が取れなくなったというのは、その判断を下した時だった可能性がある」


 その時、河井が口を挟んだ。

「そんなことより、オーストラリアから来た連中が、耶蘇市を襲い、ここに来るかもしれないんだぞ。それはどう対応するんだ?」


「撃退するしかない。私たちが生き残るためには、戦うしかないのよ」

 美咲の決意は固まっていたようだ。


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