第114話 食料エリアへの襲撃

 オーストラリアでの生活が落ち着いたソン少将は、日本の事を考え始めた。アメリカの同盟国であり、いくつもの米軍基地がある。


「日本にも誰でも使える転移ドームがあるのか?」

 ソン少将が呟いた。その考えが一度頭に浮かぶと確かめずにはいられなくなった。


 少将の配下には五十人ほどのガーディアンキラーがいる。その者たちは、ダーウィン周辺の転移ドームから食料エリアに転移して、毎日のように食料を確保して戻ってくる。


 その中から五人のガーディアンキラーを選び、五十名の兵士と一緒に日本へ連れて行くことにした。


 ユウチョンから移住した人々は、ダーウィン周辺の地域を新世界シンシチエと呼んだ。新世界の人々が喜んだのは、オーストラリアに多数の牛や馬が生きていたという事だ。


 オーストラリアを去った人々は、家畜を自然に放したらしい。新世界の人々は、その牛を狩り食料とした。一般人の食料が確保できたので、ソン少将は安心して日本へ旅立った。


 少将たちが使っている船は、ダーウィンの港にあった大型クルーザーを改造したものだ。海上パーティーも開けるという船だったらしい。


 オーストラリアの良質な石炭を積んだ大型クルーザーは、日本を目指して出港した。インドネシアからフィリピン、台湾の近くを通過して日本へ向かう。


 少将は船を日本海へ向かわせた。部下たちが遭遇した日本の漁船は、日本海へ向かっていたと報告があったからだ。


 九州の福岡県博多湾に入った少将たちは、大きな都市である福岡市をチェックした。

「少将、この街は放棄されたようです」

「そうみたいだな。手強い異獣が集まっているようだ」


 福岡市が放棄されたと判断した少将は、博多湾を出て東へと向かう。少将たちが日本人がいるかも知れないと思って入港したのは、耶蘇市から四〇キロほど西にある戸村町という町だ。


 この港町には煙を吐いている船があったのである。ソン少将たちは町を奇襲して、住民の何人かを捕らえた。少将は日本語は喋れなかったが、英語は得意だ。


 その捕まえた日本人の中に英語が喋れる者がいたので、そいつから情報を聞き出した。

「何だと……日本に誰でも転移できる転移ドームがあるのか?」

「役人がそういう話をしていた。私たちは食料エリアに移住する順番を待っていたんだ」


「それはどこにあるんだ?」

「知らない。役人は教えてくれなかった。勝手に転移しようと考える者が出ないようにするためらしい」


 答えている日本人の眼の周りが腫れ上がり、口から血が滴り落ちていた。

「本当に知らないのか?」

「知らない。自分たちで探せばいいだろう」


 情報を手に入れた少将は、チャンスかも知れないと思った。その誰でも転移できる転移ドームの位置を探り出し、故国の政治家に知らせれば……そこまで考えた時、

「いや、あいつらは我々を見捨てた」

 そう吐き捨てるように言った。


 故国の政治家たちに貴重な情報を教えても、政治家たちだけが優先して助かろうとするだろうと思ったのだ。


「まずは、位置を確かめることだ」

 そのためには食料エリアへ移住した者を捕らえ、そいつらから聞き出すことが確実だと考えた。


 少将は近くの転移ドームから、食料エリアへ五人のガーディアンキラーを送り込んだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺が住んでいる家は、東上町に建てたログハウスを解体して、ここに移築したものだ。住み慣れたログハウスでメイカとコレチカをエレナと二人で育てている。


 俺が工房兼店から帰ってくると、メイカとコレチカが走って来て遊ぼうとせがむ。

「それじゃあ、リビングへ行こう」

 リビングに行くとキッチンでエレナが夕食を作っているのが分かった。


「お帰りなさい」

「ただいま。ブラッドサウルスの革製鎧が売れたよ」

「そう、また作らなきゃね」


 食料エリアでは、鋳貨コインを使った貨幣制度が始まっていた。初期には心臓石を貨幣の代わりに使おうという話があったが、貴重な心臓石を使うのはもったいないという話になり、鋳貨の鋳造を始めたのだ。


 貨幣の鋳造を管理しているのは、貨幣管理委員会である。適正な貨幣量になるように調整する組織だ。


 俺はメイカとコレチカの二人とトランプを始めた。二人が嵌っているのは七並べである。ルールを覚えた二人は、暇さえあればトランプをしようと言う。


「やったー、勝った」

 コレチカが大喜びで声を上げた。

「夕食が出来たよ」


 子供たちが大好きなオムライスを持って、エレナがキッチンから出てきた。美味しそうに夕食を食べている子供たちを見て、食料エリアへ移住したことは正しかったのだと思った。


 食料エリアへ移住した日本人は、千九百万人ほどになる。まだ日本に残っている者は少なく、生き残った者のほとんどは食料エリアへ移住していた。


 一億二千万の人口が千九百万に減ったのだ。日本の歴史上で最大規模の天変地異である。但し、日本が最悪だった訳ではない。


 最悪だったのは、中国とインドだった。農作物の不作が続き、自国民を養うことができなくなったのだ。それに加えて、異獣が吐き出す毒で人々が死に合計すると一割ほどの人間しか生き残れなかった。

 それほどの大混乱と死が大陸を襲ったのだ。


 メイカとコレチカが寝ると、俺はエレナと二人で酒を飲み始めた。

「地球はどうなるのかな?」

「そうだな、レビウス調整官の種族であるモファバルは、地球人を絶滅させないために、食料エリアを用意したと言っていた。地球は破局を迎えるのだろう」


 どういう破局かは気になるが、地球がなくなるというものではないようだ。

「日本人は食料エリアで生き延びられそうだけど、アメリカ以外の国はどうなるの?」


 エレナの質問を聞いて考えた。

「『試しの城』はいくつもあるのだと思う。それに気付いた国の者は助かるけど、最後まで気付かなかった国は、消滅するだろう」


 エレナは気になっていたことを尋ねる。

「日本政府は、他の国に教えなかったようだけど、どうしてなの?」


「その情報を教えたら、日本のように食料エリアに移住した国へ行って、食料エリアの町を奪おうとするかもしれない」


 自分たちで苦労して建設するより、他国が作った町を奪おうと思う国がありそうだった。


 暗い話ばかりでは気が滅入るので、コレチカとメイカの話題になる。

「そう言えば、コレチカがテレビを見たいと言っていたけど、テレビは復活するの?」

 エレナが尋ねた。


「食料エリアは、電波障害があるからな。テレビより先にインターネットが復活するかもしれない」


 食料エリアの新日本では、ようやく電話が復活した。少しずつ先端科学や電子機器を復活させようという動きがあり、その成果である。


 その翌日、ヤシロの西にある都市国家トクラの住民が、見知らぬ者たちに襲われたという情報が、ヤシロに知らされると、美咲は問題だと考えた。


 トクラの住民が襲われたという情報を美咲から聞いた俺も、不安になった。こういう犯罪は、新日本では極度に減少していたからだ。


 しかも、その情報の中に日本語でない言葉を話していたというものがあった。

「どうやら中国語を喋っていたらしいのよ」


 美咲から聞いて、俺と河井で確認することにした。紅雷石発電装置を組み込んで電動車に改造したオフロード車で、俺たちは西に向かった。


「なあ、中国人が攻めてきたのか?」

「分からない。日本にも大勢の中国人がいたからな」

 日本に滞在していた中国人は、異変が起きた初期の頃に大陸に戻った者が多い。その頃の日本は実力のある政治家が次々に死んで、混乱していたのだ。


 日本にいるより故国に帰った方がいいと多くの中国人が思ったようで、船で帰国した。日本に残っている中国人は少ないはずなのだ。


 トクラに到着して、詳しい情報を聞いて襲われたという場所へ向かった。


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