第116話 耶蘇市の放棄

 オーストラリアから来た中国人が、食料エリアの町トクラの住人を拐った。誰でも食料エリアに転移できる転移ドームが、どこにあるのか聞き出すためだ。


 襲撃者は拐った住民をナイフで脅して、それが耶蘇市にある事を聞き出した。

「あのトクラの住民は、あいつらの質問に答えなかったら死ななかったかな?」

 河井は住民を助けられなかったことを後悔しているようだ。それは俺も同じだ。あれほど凶悪な連中だと分かっていたら、不意打ちで攻撃していた。


「いや、たぶん殺されていた。どっちにしても殺すつもりだったと思う」

 河井が苦い顔になる。

「なあ、考えたんだけど、耶蘇市の転移ドームにある制限解除水晶を抜いて、転移ドームを元の状態に戻せないのか?」


 その件は別の探索者が、レビウス調整官に確かめていた。三十日間、その転移ドームを使わなければ取り出せるようになるらしい。


 それを説明すると河井が溜息を吐いた。

「三十日も先にならないと、ダメなのか」

 竜崎が俺に視線を向けた。

「まず、耶蘇市に残っている自警団の人たちを、食料エリアに戻す必要がある」


 河井が残念そうな顔をする。

「そうなると、東上町と東下町が異獣に乗っ取られるかもしれない」

 俺としても残念だが、東上町と東下町は役目を終え廃墟になっている。人が住まなくなった家は早く傷むというから、そのうちに雨漏りなどして住めなくなるだろう。


「諦めろ。問題は武藤さんたちの漁をどうするかだな」

 ヤシロや近隣の人々は、武藤たちが獲ってくる魚を楽しみにしている。

「将来的には、食料エリアで養殖を考えるべきね」

 美咲が意見を言った。


「すぐには無理だから、耶蘇市以外の漁港を利用するしかない。西峰町の港を使うか」

 西峰町は小さな漁村から発展した町だったが、今は廃墟となっている。堤防の内側に漁港があり、転移ドームもある。


「武藤さんに、漁船を西峰町に移すように伝えよう」

 竜崎が武藤の家に向かった。俺たちは耶蘇市へ行くことにする。自警団に食料エリアへ転移するように伝えるためだ。


 電動オフロード車に乗ってストーンサークルへ向かった。エレナはメイカとコレチカの世話があるので残り、俺と河井だけである。


 美咲は食料エリアの他の町に知らせると言って、市役所に戻った。

「もう四人で狩りに行くことはないのかな」

 河井が少し寂しそうに言った。


「あの頃は、非常事態だったんだ。生きるために強くならなきゃならなかった。でも、今は食料エリアでの農業生産が軌道に乗って、人々が食料エリアに移住して生活が安定した」


 四人が強くなる必要もなくなり、このままの生活が続くだろうと俺は思っていた。しかし、思いがけず中国人たちが襲ってきた。


「中国人たちは、オーストラリアで生活基盤を手に入れたんだから、そこで頑張ればいいのに」

 河井が不満そうに声を上げた。

「地球の状況が悪化した場合を考えると、不安なんだろ」


「だったら、ちゃんと礼儀正しく、どうやったらいいか、教えを請えば良かったんだ」

 河井の意見に俺も賛成した。


「でも、中央政府から見捨てられ、オーストラリアでは、アメリカに見捨てられた犯罪者を見て、力尽くでも秘密を聞き出そうと考えたのは、それだけ追い詰められているからだろう。但し、殺すことはなかった。あいつらは犯罪者だ」


 ストーンサークルに到着し、オフロード車を亜空間に仕舞ってから耶蘇市に転移した。公園から草竜区・小鬼区を通って、自警団のいる下條橋へ向かう。


「おう、コジローじゃねえか。どうしたんだ?」

 自警団の佐久間が声を掛けた。本人は大工なので、普段は大工の仕事をしている。偶にここに来て手伝っているようだ。俺は食料エリアのトクラで起きた事件について説明した。


「そんなことがあったのか。どうするんだ?」

「自警団の任務は終わりにすると美咲が言っていました。東上町と東下町は放棄する予定です」


 佐久間が複雑な表情を浮かべた。長年守ってきた町を放棄するのだ。様々な思いが浮かんでくるのだろう。


「耶蘇市も終わりだな」

 佐久間の声が寂しげに響いた。

「転移ドームに行って、守りを固めようと思っています。自警団の皆は、転移ドームへ行ってください」


 佐久間たちは私物や備品を持って、転移ドームへ向かった。俺と河井は東下町の方へも行って、転移ドームへ行くように伝える。


 俺たちの目の前には、ガランとした町があった。誰も住んでおらず活気のない町。

「コジロー、この町……いや地球はどうなるんだろうな?」

「『試しの城』に行った探索者が、レビウス調整官から聞き出した情報を覚えているか?」


 河井が首を傾げた。

「何だっけ?」

 数年前の話なので河井は忘れたようだ。


「レビウス調整官の種族が、必要としているエネルギーのことだ」

 彼らの種族『モファバル』は、多くの生命体をはぐくんでいる惑星が発する特殊なエネルギーを必要としているらしい。人類には発音できない言葉で表されるエネルギーのことを、俺たちは『プラーナ』と呼ぶことにした。


 そのプラーナを必要とするモファバルのある派閥が、地球が持つプラーナの一部を奪ったらしい。地球の科学では説明できないが、プラーナが減った地球は様々な変化を起こした。


 プラーナを回復する方法はいくつかあるが、自然に回復するのを待てば数万年という年月が必要だという。そこで異獣が導入された。異獣が吐く毒は数年経つとプラーナに変化するのだそうだ。


 そして、異獣と同時にレベルシステムも導入された。このままでは人類が絶滅すると分かったからだ。モファバルは、人類絶滅だけは防ぎたいと思ったという。


 文明人が絶滅危惧種を保護するように、モファバルは人類を保護しようと、レベルシステムを導入したらしい。なぜ異獣を放ちレベルシステムを導入したかは理解できない。人類とモファバルの精神構造が違うから理解できないのだという者もいる。


 レビウス調整官たちはプラーナの減少が植物にも影響することに気付いて対策を打った。それが食料エリアである。


 俺たちにはレビウス調整官たちの対応がちぐはぐな感じがするが、それは人類がモファバルを理解できないからだろう。地球の絶滅危惧種たちも、人類の行動を知るようなことがあれば、理解できないと感じるのかもしれない。


 もしかすると、人類に迷惑をかけたことに対する賠償がレベルシステムなのかもしれない。

「しかし、初めから誰でも食料エリアに行けるようにしておけば、こんな面倒なことにならなかったのに」


 河井がモファバルへの文句を言う。

「人類とモファバルは、お互いに理解できていなかったということだろう。だから、後から制限解除水晶を用意したんだ」


 俺と河井は、そんなことを話しながら海岸へ向かった。あいつらが来るとしたら、海からだと考えたのだ。海岸に到着し、そこから港の方へ向かう。


「あいつらは耶蘇市と聞いただけだろ。どこが安全なルートか分からないから、凶悪な異獣のテリトリーに入って、全滅してくれないかな」


 河井が願望を口にした。

「そうなってくれると、嬉しいけど……おい、あの船」

 俺たちは見知らぬ船が港に停泊しているのを発見した。それほど大きな船ではないが、五十人ほどは乗れるだろう。


 しばらく観察していると、船から三十人ほどが降りてきた。全員が銃で武装している。

「河井、このことを転移ドームにいる竜崎さんに知らせてくれ」

「了解、コジローはどうするんだ?」

「俺は偵察してから戻る」


 河井が戻って行ったのを見送った俺は、襲撃者を観察した。あいつらゴーレム区へ入るつもりのようだ。

「面白い、あいつらの実力が分かるかもしれない」

 ゴーレムに通常の銃器は通用しない。スキルを使って倒すしかないだろう。どんなスキルを持っているか、俺は知りたかったのだ。


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