第113話 ソン少将

 ソン少将が率いる集団は、海岸沿いにあるユウチョンの町を中心に組織されている。政府との連絡が途切れ、それと同時に燃料や食料の配給が止まった。


 政府がユウチョンのような地方都市を見捨てたのだ。通常なら地方議員などがリーダーシップを発揮して生き延びる道を探すのだが、ここでは軍の基地が傍にあったので、軍が支配することになった。


「船は用意できたのか?」

 ソン少将は部下のファン大尉に確認した。

「用意できました。ただ稼働する船は石炭輸送船だけでした」


 重油焚きの船を石炭焚きに改造した船である。以前ほどスピードが出ないが、オーストラリアまでなら行ける。


 この国でも石炭は採掘されるので、燃料である石炭は用意できる。但し、オーストラリアのものほど品質が良くなかった。ソン少将は最後まで残していた弾薬と銃を積んで、オーストラリアに向かって出発した。


 食料と水はぎりぎりである。フィリピンを横に見ながら南下し、インドネシアのバンダ海を通過してオーストラリアのダーウィンへ到着した。


 この都市の人口は十四万人ほどだったはずだ。ソン少将は海から陸地を眺めながら考えていた。人口が多い場所ほど手強い異獣が棲み着いていることは分かっている。


「農地が広く、人口の少ない場所を探すんだ」

 少将は指示を出して、船を街の中心から東へと向かわせる。陸地の様子を確認していた時に人影が見えたように思い、双眼鏡でチェックする。

「ハイオークか、ここは見捨てられた町なのか?」


 ファン大尉が少将の横に立った。

「人間が見えません。おかしいとは思いませんか?」

 人口密度が少なく広い土地があるのだ。生き残った者が暮らしていても不思議でない町だった。


 少将たちは弱い異獣しかいない場所を探して上陸し調査した。命令で農地を調査した部下たちが意外な事実を突き止めた。


「途中まで栽培されていた農作物が放置されているというのか?」

「はい、間違いありません」

「農作物を放置して、どこへ行ったんだ?」


「住民がどこへ行ったのかも、気になりますが、作物の成長具合もおかしいのです」

「どういうことだ?」


 部下は農作物の成長を記録したノートを発見したという。それによると成長が明らかに遅くなっていると書かれていた。


「我が国でも、その傾向があった。一時的で限定された地域だけのことだと思っていたが、世界全体で作物の成長に問題が起きていたのか」


 ソン少将は絶望的な気分になった。どうやったら生き残れる? その問いが少将の頭を駆け巡る。


「生き残れるのは、ガーディアンキラーだけかもしれませんね?」

 ファン大尉が言った。だが、ガーディアンキラーの数が少なすぎるのだ。


「食料エリアか、この目で見たいな」

 ソン少将はガーディアンキラーではなかった。彼は指揮官であり兵ではないのだ。


 少将の部下たちはダーウィンの周辺を調査して、人が残っている土地を探しだした。その者たちを連れてきて尋問する。


「お前たちしか残っていないのか?」

 目付きの良くない男が頷く。

「そうだ。ここに残っているのは、おれたちだけだ」


「他の者はどうした。死んだのか?」

 少将の問いに首を振る生き残り。

「他の奴らは、生き残るために旅に出たんだ。俺たちを残してな」


 こいつらは犯罪者だったらしい。それで取り残されたのだと言う。

「どこに行ったんだ?」

「アメリカに決まっているだろ。あんたら知らないのか?」


 ソン少将は首を傾げた。

「何のことだ?」

「アメリカが食料エリアに町を造っていることだよ」


 それを聞いた少将は不審に思った。ガーディアンキラーだけの町を造っているということだろうか? そんなものはあまり意味がない。


「ん、まさか、誰でも食料エリアへ転移できるような転移ドームがアメリカにあるということか?」

「そうだよ。この国の生き残りは、ほとんどアメリカに渡ったよ」

 残っているのは犯罪者や故国で死ぬことを選んだ者たちだけらしい。


「クソッ、アメリカの奴らは、そんな重要なことを隠していたのか。なぜだ?」

「そんなことも分からねえのかよ」

 少将は尋問している相手を睨んだ。


「ほう、君は知っているというのか?」

「考えれば分かることだ。食料エリアは広いかもしれねえが、誰でも使える転移ドームは、それほど数が多くないということさ。アメリカは助ける者を選んでいるんだよ」


 ソン少将はありそうなことだと思った。

「オーストラリアには、その特別な転移ドームはないんだな?」

「あったら、アメリカに行くはずないだろ」


 少将が溜息を漏らした。

「アメリカにしかないものなのか?」

「他にもあるかも知らねえけど、おれが知っているのはアメリカだけだ」


 それを聞いた少将は、アメリカに喧嘩を売るわけにはいかないと考えた。あの国は敵だと思った者を徹底的に叩くからだ。


 自分たちも食料エリアに移住させてくれと交渉するか? あのアメリカが許可するだろうか?

「あんた、アメリカに行って、食料エリアに移住しようと思っているんじゃないだろうな?」


 少将はその男を睨んだ。

「考えたら悪いのか?」

「言っておくが、アメリカ人でも食料エリアに移住できなかった連中が、大勢いるんだぞ」


「どういう事だ?」

「犯罪歴の有る者や犯罪グループに関係している者は、移住を許されなかったと聞いている」


「詳しいな。どうして、そこまで知っている?」

「おれもアメリカに行こうと思ったんだ。だけど、あいつらは犯罪者を連れて行く余裕はないと、断りやがったんだ。その時、聞いたんだよ」


「だとしたら、オーストラリアに、移住の募集に来たのはなぜなんだ?」

「労働力だよ。オーストラリア人を、労働力として連れて行くことにしたんだ」


「おかしいだろ。自国民を拒否して、オーストラリア人を移住させるのか?」

 男が少将を睨んだ。

「考えてもみろよ。自国の犯罪者と普通の外国人、どちらと一緒に暮らしたい。それにオーストラリアは地下資源が豊富だ。地下資源と移住という交換条件は悪くない」


 少将はアメリカとオーストラリアが同盟国だったのを思い出した。

「同盟国と言えば、日本はどうなったんだ? 日本人もアメリカに行ったのか?」


「知らねえよ」

 男の情報はそこまでだった。だが、得られたのは貴重な情報である。少将たちが生き残るには、誰でも使える転移ドームを探し出さなければならない。


「少将、これからどうしますか?」

 ファン大尉の言葉を聞いて考えた。

「まずは、ここの農地と炭田を確保する」


「ですが、ここの農地も収穫量が落ちていると聞きました」

「ユウチョンの農地よりは広い、ここで暮らす方が生き延びる可能性は高い」

 それに異獣のテリトリーが少なかった。元々人口密度が少なかったからだろう。


 ソン少将はダーウィンの周囲に残っているオーストラリア人を狩り集め、農奴として使うことにした。

 そして、ユウチョンに残っている人々を運んでくるように命じて、乗ってきた船を戻した。


 その船が人々を満載して戻ってきた時、船員から漁をしている日本の船とすれ違ったと聞いた。

「日本人も生き残っていたか。一度偵察する必要があるな」


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