第112話 生き残り

 三台の電動トラックが動くように修理するだけで、一ヶ月かかった。必要なパーツを調達するのに時間がかかったのだ。


 その間に豪華クルーザーの改造も終わり、仮首都の人々を移住させる準備が終わった。耶蘇市の市役所で、美咲と俺は話し合っていた。


「仮首都の貴島さんから、何度か連絡があったけど、仮首都の状況は悪化しているみたいね」

「悪化? どうして?」


「海沿いの町が、シフトで大変なことになったようなの。それで避難民が仮首都に来ているみたい」

「たぶん、仮首都の転移ドームから、誰でも食料エリアへ転移できるという情報が広がったんだな」


「第一陣が五〇〇名、最終的に二万人が移住することになっていたけど、二万人で終わるかどうかが、問題になってきたの」


「だけど、食料を考えると、二万人が限度だろう」

「食料は増産することができるでしょ」

 美咲は漁業やプチ芋の採取と甲冑豚の飼育に力を入れれば、食料の増産は可能だと言う。


「でも、魚とプチ芋と豚肉だけじゃダメだろう。野菜とか米とかはどうするんだ?」

「そうね。皆に我慢してもらうしかないと思う」


 美咲はヤシロで生産する米や野菜を分配するしかないと言う。

 幸いなことに食料エリアの農業は順調だった。米と小麦は豊作で、多くの野菜も収穫できた。食料エリアは農業に関しては楽園だったのだ。


「ガソリンや軽油も少なくなったから、人力で農地を広げるしかないな」

「それより操地術が使える人を増やすべきよ」

 移住が終わったら、操地術を使える人材の大量育成だと美咲は言った。


 そして、移住が始まった。仮首都から食料エリアへ転移した人々は、不安そうな顔で電動トラックに乗り込んだ。一台の電動トラックで運べる人数は五十名、衣服などの荷物は俺が亜空間に収納して運ぶので、リュックに背負えるだけの荷物を持っているだけだ。


「出発だ!」

 俺の声で一五〇名が出発した。一回で一五〇名しか運べないので三往復する。五〇〇名が日本海側の海に面した都市に移動した。


「お母さん、どこに行くの?」

 五歳ほどの幼女が母親に尋ねた。

「船で耶蘇市というところへ行くのよ」

「そこには食べ物があるの?」

「ええ、ちゃんとあるわよ」


 そんな会話が聞こえてきて、エレナが厳しい顔になった。

「コジロー、食料は大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。武藤さんたちは、電動化した漁船に乗って漁に出て、毎回大漁らしいから」


 韓国や中国でも燃料が尽きたようで、日本海には他国の漁船はほとんど出ていなかった。諸外国で紅雷石発電についての情報を得た者はいなかったのだろう。


 これらの国の人々がどのような暮らしをしているか、気になるところではある。だが、今の日本に他国を援助する余裕はないので、近隣諸国とわざと連絡を断っているらしい。


 日本の近隣諸国と言うと、韓国・北朝鮮・ロシア・中国・台湾になる。まともに協力体制を構築できそうなのは台湾くらいであるが、台湾とだけ協力体制を構築しようというのも難しいので、鎖国状態になっている。


 ちなみに日本に駐留していた米軍は、アメリカ本土に戻り北アメリカで発生した異獣と戦っているという。そして、食料エリアにガーディアンキラー以外を転移させる方法を知って、移住を始めているはずだ。


 石炭を輸入しているオーストラリアとは連絡を取っているが、紅雷石発電装置の生産が本格的になれば、石炭の需要も減り、オーストラリアとも疎遠になるかもしれない。


 オーストラリアは地下資源も豊富なので、最後まで貿易を続けるだろう。ただ支払う代金が、黄金ではなく食料になりそうだ。


 世の中で一番貴重なものが食料になっているのだ。

「海の資源は減らないのか?」

 河井が不思議そうな顔をする。


「嬉しいことに、空気中の毒は、水中に広がらないようだ」

 海の資源である魚介類に関しては、急激に増えているらしい。武藤は冷凍工場を建設したいと言っていた。新鮮な魚をすぐに処理して冷凍保存したいという。


 ということで、魚介類は不足するということはないだろう。問題は穀物と肉類である。豚肉は別にして、牛肉と鶏肉、卵が不足している。特に乳製品は一年ほど食べていない。


 耶蘇市で育てていた牛や鶏は、今では食料エリアのヤシロで育てている。人間が抱えていれば、制限解除された転移ドームから食料エリアへ転移できると分かったのだ。


 おかげで俺は何度も牛を抱えて食料エリアへ運んだ。牛を抱え上げられるのが、俺だけだったからである。


 豪華クルーザーで耶蘇市まで移住者を運び、割り当てられた家に案内する。この作業が二ヶ月ほど続き、二万人を耶蘇市に運んだ。


 移住者の仕事は、耶蘇市に残っている農地の管理とヤシロでの建設作業である。水田と畑を広げ、用水路の建設と住居の建設を手伝う。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ヤシロは移住と建設を繰り返すことで、人口が五十万人ほどに増えた。

 その間に、俺たちにも変化があった。俺とエレナが結婚したのだ。そして、美咲はヤシロ市の正式な市長になった。


 俺たちは夫婦で武器兼防具屋を経営している。保育園で預かっていた子供たちは、成長して働き始めている者もいる。メイカとコレチカは、俺たちが引き取って育てている。


 この数年でヤシロには、病院や学校が建設された。メイカとコレチカは小学生として学校に通い始めている。


 それらの建築物は、生産の木に実る『樹脂果』から取り出されたクゥエル樹脂を加工した建築素材で造られたものもある。ヤシロの周辺には、樹脂果・木綿果・絹果・油果などが実る生産の木が植林され、栽培されている。


 生産の木はまだヤシロと食料エリア側の仮首都でしか栽培されていないが、これからは食料エリアに開拓された日本の町に配布して広める予定になっている。


 ヤシロが都市化した代わりに、耶蘇市は廃墟になってしまった。東上町と東下町は辛うじて異獣の侵入を防いでいるが、二つの町を守っているのは、交代で警備している少数の者たちだけだ。


 この状態は日本全体も同じだった。日本政府が最後に行ったのは、各地の探索者を試しの城へ連れて行って、制限解除水晶を手に入れさせる事だった。


 その後は各地方独自に食料エリアへの移住が始まった。その移住に協力したのは、ヤシロである。紅雷石発電装置を配布して、食料エリアで生活する人々のインフラを整備する手助けを行った。


 食料エリアでの通信や交通について整備しようとしたが、中々進まない。通信は電波が短距離でしか使えないということが分かったのだ。食料エリアでは電波障害が発生しており、有線でしか通信ができなかったのだ。


 通信と道路網の整備に時間がかかりそうなので、開拓された各地の町は孤立して都市国家のような都市へと発展を始めた。


 ヤシロも同じで市長である美咲と市議会が中心となって、都市を治めている。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 同じ頃、大陸にある町で軍幹部が頭を抱えていた。

「住民の八割が死んだ。この国も終わりだな」

「ソン少将、諦めてはいけません。他国に助けを求めては如何ですか」


「どこに助けを求めろと言うのだ?」

「日本はどうでしょう」

「あの国の人間は、馬鹿が付くほどお人好しだが、このような状況では助ける余裕がないだろう。それどころか死に絶えているかもしれんぞ」


「なぜです?」

「我々は生き残るべき人間を選別して、食料を確保した。あの国に同じことができると思うか?」

 そう問われたファン大尉は顔を歪めた。思い出したくないことだったのだ。


「まあ、無理でしょう。アメリカはどうなったのでしょうね?」

「あの国のエリートたちは生き残っているだろう。そして、我々も生き残らなければならない」

「そのためにはどうします?」


「ガーディアンキラーを増やし、食料エリアで大量の食料を確保するしかないだろう」

「それだけでは将来がないと思います」

「では、どうする?」


「オーストラリアは、異獣が少ないと聞きました。あの国に移住するというのは、どうでしょう?」

「いい考えだ。そのためには船が必要だな。準備させよう」


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