第95話 総合スーパーマーケット

 俺はエレナたちの所へ戻った。

「コジロー、守護者を倒したのか?」

 河井が一番に俺を見つけて声を上げた。


「おう、護符も手に入れたぞ」

 俺は護符を皆に配った。これで毒虫に襲われないはずである。美咲が護符を身に着けて毒虫区に入る。大きな蜂やムカデが逃げて行くのを見て頷いた。


「大丈夫みたいね。エレナはどこか行きたい店とかある?」

 エレナが小首を傾げ、考えた末に、

「紙製品が欲しいですね」


 トイレットペーパーや様々な紙製品・生活必需品が東上町では不足している。『心臓石加工術』で作っているトイレットペーパーなどはあるが、全体的に不足しているのだ。


 毒虫区は、まだ誰もスーパーや店舗から回収をしていない。なぜなら毒虫の数が多すぎて、ほとんどの人が逃げ出せずに死んだからだ。


 俺は『亜空間』を取得したこととレベルマックスになったことを皆に伝えた。

「これで大量の物資を回収できる」

 美咲は喜んだ。毒虫区には回収されずに残っている多くの商品が残っていたからだ。


 俺たちは毒虫区にある『ギオン』という総合スーパーマーケットへ行った。ロボットが出て来るアニメに登場しそうな名前だが、ちゃんとした大型スーパーである。


 三階建てのビルで、一階が食料品と日用雑貨、二階が百円ショップと衣服、靴、鞄などの店舗になっていた。俺たちは一階を見て回った。


 食料品は缶詰などの保存食を中心に回収した。日用雑貨は手当たりしだいに回収し、俺が亜空間に放り込む。河井がお菓子コーナーの前で悩んでいる。


「コジロー、チョコレートは大丈夫だと思うか?」

 河井の視線は板チョコに向いている。一年以上経過しているチョコレートである。

「砂糖の塊のようなチョコレートだったら、大丈夫かもしれない。でも、ナッツが入っているものやビターチョコとか呼ばれているものはダメだな」


 砂糖は安定した食べ物で、基本的に賞味期限はない。その塊だったら、大丈夫かもしれない。だが、俺は食べようとは思わない。甘いものなら、果物や焼き芋、エレナが作るパンケーキで十分だったからだ。


 河井がチョコレートの原料をチェックしてから、袋に詰め込み始めた。まあ、『毒耐性』があるから大丈夫だろう。但し、子供たちに食べさせないように注意した。


 砂糖と塩は根こそぎ亜空間に放り込み、洗剤や石鹸、トイレットペーパー、歯磨き粉、歯ブラシなども回収した。


 女性陣は女性に必要なものを大型のシャドウバッグに詰め込んでいた。何だか嬉しそうだ。

「そうだ。二階に行って下着を集めましょう」

「いい考えよ。オシャレな下着が手に入らなくなって、不満だったの」


 少しの間、女性陣には近付かない方が良さそうだ。俺と河井は食料品売場をぐるっと見て回り、賞味期限をチェックした。ほとんどがダメだった。そして、二人は即席麺とカップラーメンのコーナーで考え込んだ。


「賞味期限は、一年半くらい過ぎているな」

 俺は手を伸ばしかけてやめた。

「コジロー、お前なら大丈夫だ。毒虫の毒でもなんともなかったんだろ」

 悪魔のささやきを口にする河井。


「はあっ、何をしているかと思えば、馬鹿な真似はやめなさい」

 いつの間に来たのか、美咲が止めた。エレナが後ろで笑っている。


「持って帰って、ジャンケンで負けた奴が食べるというのは、どうだろう?」

 河井の提案を聞いた美咲が、河井の頭をどついた。

「何の罰ゲームよ。食料の回収は終わったんでしょ。二階に行くわよ」


 二階に上がると女性用の下着が詰め込まれている段ボール箱が並んでいた。

「この段ボール箱を、亜空間に仕舞って」

 美咲に言われて、俺は亜空間に収納する。かなり収納したはずだが、全然余裕な感じだ。


 河井がメンズコーナーへ向かう。自分用の服を探すようだ。俺も探そう。例の声が初めて聞こえたのが、九月だったので、ここにあるのは夏服の売れ残りと秋用の服だった。


 おっ、高そうなスーツがある。たぶん着ることはないだろうが、スーツをチェックした。触り心地が良い。こんなことにならなければ、俺も大学を卒業してスーツを着て会社に勤めていたんだろうな、俺が感慨にふけっていると河井が呼んだ。


 俺が近付くと、河井が男性シャツが並べられているコーナーの端から端までを指差した。

「ここから、あっちまで購入するから、梱包してくれ」

「大人買いか?」

「一度言ってみたかったんだけど……今じゃ金を払う必要がないからな」


「どうするんだ? 本当に持って帰るのか?」

「持って帰ったら、誰かが着るだろう」

 俺たちは服を全部持ち帰ることにした。全部を亜空間に入れても、まだまだ入りそうだ。


「次は、寝具専門店から、布団とか毛布を回収しようぜ。新しい布団で寝たいんだ」

 河井が言うと、エレナたちも賛成した。


 俺たちは東上町に戻って回収した品物を、二階建ての倉庫に並べた。この倉庫は倉庫会社の建物で、ガラスの原料である珪砂が保管されていたが、その珪砂は俺の亜空間の中にある。


「美咲、この回収物は、どうやって町の皆に分配するんだ?」

「管理者を決めて、分配しようと思う。それは任せて」

 美咲に任せれば、大丈夫だろう。


 俺たちが毒虫区を制圧してから十数日が経過した。日本政府から連絡が来て、生駒大臣と交渉した条件で契約することになった。


「もう一度、長野に行くことになった」

 俺が河井に告げると、面倒臭いなという顔をする。

「今度は、船で行くのか?」

「いや、転移ドームを使って、長野の三津町へ行き。そこから臨時政府がある町へ移動する」


「あっ、そうか。三津町のリンク水晶を転移ドームにセットして、三津町まで転移できるようになったんだったな」


 エレナが俺の方を見て尋ねた。

「タクロウが言っていた『シフト』というのは、何か分かったんでしょうか?」

「その件については、何も言っていなかった。ただ百五十一日後というのは、例の声が初めて聞こえた日から、ちょうど二年ということだ」


 エレナが頷いた。

「一年目には、食料エリアが解放されて、二年目には『シフト』、何なのですかね?」

「何か、まずいことが起きそうな気がするんだけど」


「食料エリアの情報の中には、『シフト』に関する情報はなかったのですよね?」

「なかった。だが、少し気になるものも見付けた」

 河井が割り込んできた。

「気になるだって、なんだよ?」


「食料エリアにも海があると言っただろ」

「ああ、歩いて一〇日くらいだと言っていたな」

「その海に島があるんだ」

「食料エリアにだって、島くらいあるだろう」


「その島に、『試しの城』という建物があるらしいんだ」

 それを聞いた美咲が、目を光らせた。

「ちょっと、そういう大事なことは早く言いなさいよ」

「昨日の夜に、食料エリアの知識をチェックしていて、気づいたばかりの情報だよ」


「ふうーん、それで『試しの城』というのは何なの?」

「分からない」

 美咲が溜息を漏らした。

「役に立たない情報ね。星四つの価値はないんじゃない」


「酷いな。紅雷石の件だって、『上級知識(食料エリア)』の情報なんだぞ。それがなければ、二酸化チタンや紫外線の情報は、手に入れられなかった」


 二酸化チタンと紫外線という手掛かりがなければ、簡単に紅雷石がエネルギー源になるという確証は、すぐには得られなかっただろう。


 美咲がニヤッと笑う。

「それもそうね。知識スキルの情報が重要なものばかりだとすると、『試しの城』も重要なものかもしれない。確かめる必要がある」


「すぐには行けないぞ。まずは、大臣に会いに行かなければ」

「もちろんよ。明日、臨時政府の町に行って、契約書を交わしましょう」


 翌日、俺たちは生駒大臣に会いに行った。大臣の部屋で政府としての結論を聞いた。俺たちが出した耶蘇市に研究開発センターと造船所を建てるという条件を承諾したのだ。


 美咲が代表として、契約書にサインする。耶蘇市の代表に、美咲がなりそうだからだ。最初は竜崎を担ぎ上げようとした市民たちも、竜崎が固辞したので諦めたらしい。


「ところで、耶蘇市の新しい探索者が、シフトという言葉を聞いたそうなのですが、政府で調査されているのですか?」


 美咲が生駒大臣に尋ねた。

「調査中だと聞いている。だが、だいぶ難航しているようだ。ただアメリカにも質問を出した。もう少ししたら、答えが返ってくると思う」


「そうですか。何か分かったら、教えてください」

「いいですよ」

 生駒大臣は笑みを浮かべて承諾した。エネルギー問題に突破口が見えたので、上機嫌のようだ。


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