第94話 毒虫区と亜空間

 何だ、それ? シフト? 何のことだか全然分からない。

 俺たちは保育園に戻った。俺は美咲とエレナを呼んで、タクロウが聞いたという例の声の話をした。


 美咲とエレナも、何のことだか分からないという顔をしている。

「シフトって、何でしょう?」

 エレナが首を傾げている。


「全然分からない。美咲は県や国に連絡して、何か情報がないか調べてくれないか?」

「いいけど、時間がかかりそうね」

 大量の仕事を抱えた役人は、重要でないと考えた案件を後回しにすることがあるのを、美咲は知っていた。


 タクロウが俺に顔を向けた。

「ねえねえ、ゴブリン狩りに行ってもいい?」

「ダメに決まっているだろう。ゴブリンは見掛け以上に強いんだぞ」


「大丈夫だよ」

 何が大丈夫なのか分からないが、自分は特別だとでも考えているのだろう。危険な兆候だ。その根拠のない自信を打ち壊さないとダメだろう。


 ちょっとの間、タクロウの訓練に付き合った。タクロウは武器に戦棍を選んだ。俺の影響かもしれない。

 タクロウが一人でゴブリンを倒せるようになった頃、待っていた革鎧が完成した。毒虫区に行く準備ができたということだ。


 俺と河井、エレナ、美咲の四人は、草竜区・小獣区を経由して、竜人区に入った。俺たちは竜人区と呼んでいるが、ここはトカゲ人間のテリトリーである。


 但し、このトカゲ人間は頭に角があるので、竜人と呼ばれている。円盾とバトルアックスを装備した竜人は、オークよりもかなり手強い。とは言え、俺たちは強力スキルを手に入れ経験も積んでいる。竜人はパワーアップした俺たちの敵ではなかった。


 河井の大剣が竜人の頭をかち割り、美咲の薙刀が首を刎ねる。俺は擂旋棍を竜人の頭に叩き込み、エレナは爆裂矢で仕留める。


 ここの守護者は竜人の王様のような異獣だったが、四人で袋叩きにして倒した。最後のトドメはエレナだ。


 エレナはレベル28となり、守護者を倒した褒美として所有スキルのレベルが一つずつ上がる。制御石の選択で『特殊防具製作☆☆☆☆』のスキルを手に入れた。


「『特殊防具製作』とかが、スキル一覧にあったんだ」

 俺が感心したように言うと、エレナが苦笑する。

「たぶん革鎧を作った影響だと思う」

「ああ、そういうことか」


 次の幻鳥区は幻想鳥という厄介な鳥が巣食っている場所だった。幻想鳥は自身を透明化する能力を持っており、透明化して近付き、俺たちを攻撃した。


 攻撃の方法は水針と呼ばれる水で形成された長い針を敵に撃ち込むというものだ。これが胸や頭に撃ち込まれれば、致命傷になるかもしれない。


 最初に幻想鳥と遭遇した時、俺の革鎧に水針が突き立ったことで幻想鳥の存在が分かった。一瞬だけ姿を現し、水針を撃ち出して消えたのだ。

「危ねえ、鎧を替えてなかったら、大怪我したんじゃないか」


 幻想鳥の攻撃を防ぐには『気配察知』で逸早く幻想鳥の位置を捉え、遠距離で仕留める必要がある。遠距離でというのは、幻想鳥の水針攻撃は射程が短いからだ。五メートル以上離れると、水針は元の水に戻ってしまうようである。


「くそっ、『気配察知』を取っておけば良かった」

 河井が後悔した。河井とエレナは『気配察知』のスキルを持っておらず、幻想鳥の位置が分からなかった。だが、エレナの使役する妖精トールとアグニは幻想鳥の位置が分かるらしく、攻撃できたのだ。


 俺たちは幻想鳥を片付けながら守護者に迫り、その正体を確認した。幻鳥区の守護者は、炎の鳥だった。


 ここの守護者は真っ赤な羽を持つ巨大な鳥型異獣だったのだ。しかも、攻撃時には全身から炎の塊を次々に撃ち出すという化け物だ。俺たちは全員で攻撃する。その中で一番ダメージを与えたのが、美咲の『操氷術』による攻撃だった。


 美咲の【氷爆】が守護者を捉え、大ダメージを与える。弱った守護者に対して、美咲が容赦なく【氷爆】を使う。その一撃で守護者は倒れた。


 美咲はレベル34となり、守護者を倒した褒美として所有スキルのレベルが一つずつ上がり、制御石の選択で『飛空術☆☆☆☆』のスキルを手に入れた。


「へえー、『飛空術』のスキルか、空を飛べるんだ。羨ましい」

 エレナが言うと、美咲が渋い顔をした。

「そうでもないみたい」


「どういうことです?」

「飛べる時間や速度が、スキルレベルに比例しているようなの。スキルレベル1だと飛べる時間が三分で、速度は人間が走る程度みたい」


 自由に飛べるようになれば行動範囲が広がると考えたのだが、スキルレベルが上がらないと使えないスキルのようだ。


 竜人区と幻鳥区を攻略した俺たちは、毒虫区の直前まで到達した。ここから先は、毒耐性が高い俺一人が進むことになる。


 美咲が俺に視線を向ける。

「コジロー、刺されても掻いてはダメよ」

「アホか、相手は蚊じゃなくて、猛毒を持つ虫なんだぞ」


 エレナが心配そうな顔で、

『気を付けてください。あっ、そうだ。これを持っていきますか?』

 エレナが腰のポーチから、虫刺されかゆみ止めの治療薬を取り出した。


「き、気持ちだけで結構」

 河井が蚊取り線香を取り出した。俺は睨んでから叫ぶ。

「そんなものはいらん!」


 俺は仲間から励まされて(からかわれている気がする)毒虫区に足を踏み入れた。

 毒虫区の異獣は、全長一〇センチほどのはちのような虫とムカデ、蟻などが多いようだ。一瞬でも立ち止まると、足元に蟻が群がり身体を登ってこようとする。


「痛てっ」

 肩にデカイ蜂が止まっている。俺は振り払って『機動装甲』のスキルを発動した。全身を何かの力が膜のようになって包むのを感じた。


 毒虫が俺の身体に毒針などで攻撃できないようになった。

「始めから、こうすれば良かったか。でも、持続時間が短いんだよな」

 『機動装甲』のスキルレベルが低いので、かなり持続時間が短かった。


 毒虫に刺されたが、『毒耐性』が働いているようだ。身体に異常はなく痛みもすぐに引いた。

 俺は急いで守護者を探した。『機動装甲』は四分ほどで解除されるらしい。解除されたら、もう一度スキルを発動すれば良いのだが、切れて発動するまでの時間に毒虫の攻撃を何度か食らう。


 俺が守護者を発見した時、怒りのボルテージが上がっていた。何度も何度も蜂に刺され、蟻に噛まれていたからだ。


 目の前には、全長一〇メートルの巨大ムカデがいる。

「ボコボコにしてやる」

 『大周天』と『変換炉』のスキルを使って、神気を強烈な衝撃波に変えて放った。衝撃波は巨大ムカデに当たって吹き飛ばす。


 俺は鋼鉄鞭を取り出した。『操磁術』を使って巨大で重い鋼鉄鞭を操作する。振り上げた鋼鉄鞭を振り下ろし巨大ムカデの頭を叩く。


 体液を噴き出した巨大ムカデが、こちらの背後に回ろうとする。俺は鋼鉄鞭を使ってしばき倒した。怯んだ巨大ムカデを睨みながら、鋼鉄鞭をヘリコプターのブレードと同じように回転させスピードを上げる。


 その鋼鉄鞭の先端が音速を超える直前に、俺は巨大ムカデに向け進み出て叩き付ける。巨大ムカデの頭に鋼鉄鞭が食い込み引き裂いた。


「思い知ったか」

 守護者は俺に何もしていない。だが、毒虫が俺に与えた痛みの全てを守護者にぶつけてすっきりした。


【守護者センフェブルを倒しました。あなたの所有するスキルから任意の一つをレベルマックスまでアップさせます。どれを選びますか?】


「来たっ、これを待っていたんだ」

 俺はステータスを立ち上げ、スキルポイントを使って『亜空間』のスキルを取得、次にレベルマックスまで上げるスキルとして、今取得したばかりの『亜空間』を指定した。


 『亜空間』がレベルマックスになった。俺はニッと笑い、身構えた。レベルアップへの備えである。


【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】


 俺は苦痛に耐え、その後ステータスを確認。スキルレベルがマックスになった『亜空間』が存在する。

 『亜空間』のスキルを取得することをぎりぎりまで待ったのは、竜人区や幻鳥区の守護者を倒しスキルポイントを使わずに取得できるかもしれないという可能性があったからだ。


 そして、このタイミングで取得したのは、『亜空間』をレベルマックスにまで一気に上げられるチャンスだと思ったのだ。


 俺は幸運に感謝して、分裂の泉に潜り制御石に触った。目的は護符である。毒虫に対する護符の作り方を習得する。俺は守護者のところに辿り着くまでに取得した心臓石を使って、護符を作った。


「ふうっ、これで毒虫に襲われなくなる」


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