第96話 遠征準備
紅雷石に関する契約を終えた生駒大臣は、ホッとしたようだ。
「そう言えば、食料エリアに町を作ったという話を聞いたかね?」
美咲が頷いた。
「はい、貴島さんから伺いました」
「あの話で追加情報があったのだ」
「どういうものでしょう?」
「どうやら、『試しの城』というのが、関連しておるらしいのだ」
美咲の目が光り、俺の方へ視線を投げた。
「そうなんですか。政府の方では『試しの城』に、何か心当たりがあるのでしょうか?」
「それがないんだよ。君たちが何か情報を持っているなら教えてくれ」
「残念ですが、ありません」
美咲は政府に『試しの城』についての情報を渡す気がないようだ。
生駒大臣の部屋を出た俺たちは、河井たちが待っているホテルへ戻った。
ロビーで待っていた河井たちと合流する。エレナが美咲に目を向けた。
「契約はどうなりました?」
「希望通りの条件で契約してきた。何の問題もなしよ」
「良かった」
「良かったけど、紅雷石って、俺たちが最初の発見者になるのか? アメリカ辺りで発見していそうな気がするんだけど」
河井の質問に、美咲が頷いた。
「まあ、他国が先に気がついて、研究中ということはあるかもしれない。だけど、食料エリアに関する知識スキルを取得しないと、研究は進まないと思うのよ」
俺が頷いた。
「そうだな。『上級知識(食料エリア)』を手に入れた探索者がいるかどうか」
俺たちも食料エリアの上級知識の中に紅雷石の情報があるかどうかなど分からない状況で取得した。今から考えると、勢いで取得したような感じもある。
それに食料エリアの知識スキルをスキル一覧の中に持っている者は少ないと思う。俺は藤林を倒して手に入れたが、藤林がどうやって手に入れたのか分からない。
「ところで、『試しの城』の情報を大臣に対して話さなかったけど、どうしてなんだ?」
エレナが首を傾げた。そこで、俺が食料エリアの町と『試しの城』の関係を話す。
河井が頷いた。
「ふーん、そうなんだ。だけど、美咲は秘密にした。どうしてだ?」
「今はまだ勘の段階だけど、この情報は重要な気がするの。それを渡すのは、もう少し調べてからにしようと思う」
「美咲の勘か……昔から勘が鋭かったからな」
俺と河井は、美咲が勘の鋭い人間だということを知っているので、そんなものかと納得した。エレナは美咲を全面的に信用しているようだ。
「準備をして、『試しの城』に行ってみましょう」
美咲の提案に俺たちは賛成した。河井が疑問を口にする。
「その城は島にあるんだろ。どうやって海を渡るんだ?」
「それは船を持っていくしかないだろう」
「食料エリアの海というのは、安全なのか?」
俺は顔をしかめて考える。
「分からん。頑丈な船を用意するのがいいかもしれない」
頑丈で小型の船というのは、どんな船なのかと考える。海上自衛隊の護衛艦しか思い浮かばない。護衛艦など、俺たちが操縦できるものじゃなかった。
「小型のタグボートというのは、どうですか?」
エレナが提案した。タグボートというのは、港湾内で大型船や水上構造物をロープで牽引したり船首で押して、誘導・補助する船である。特徴的なのは、舷側や船首にタイヤが吊るされているタグボートが多いことだろう。
頑丈で馬力があるというのが条件に合う。良さそうな気がする。
「いいじゃない。後は、どこで小型タグボートが手に入るかね」
美咲がタグボートというアイデアに賛成する。
俺たちは耶蘇市に戻って、漁師兼探索者の武藤に尋ねてみた。
「そういうタグボートなら、実浜町の港に停泊しているはずだ」
実浜町というのは、耶蘇市から東に一〇〇キロほど行った場所にある港町である。その町は見捨てられた町であり、住民は居ないそうだ。
「タグボートなんかで、どこに行こうと言うんだ。タグボートは馬力があるけど、スピードは出ない船だぞ」
俺はニヤッと笑った。
「食料エリアに海があるんですよ。その海で使おうと思っているんだ」
「……食料エリアの海か。面白そうだな。おれも連れていけよ」
「時間がかかりそうなので、無理ですよ。海に出るだけで一〇日もかかるんですから」
「それは歩いた場合だろ。コジローは『亜空間』を手に入れたらしいじゃねえか。オフロードバイクか、オフロード車を持っていったらいいだろう」
そうだった。船が食料エリアに持ち込めるなら、車やバイクが持ち込めるのは当然だ。
「そうか、車が使えるのなら、三日、いや二日で海まで行けるかもしれない」
もちろん、車では通り抜けられない場所もあるだろう。その時は、車を亜空間に仕舞って、歩いて越えれば良い。それなら短期間に海まで行ける。
「それでも、二、三日もかかるのかよ。だったら、ダメだな」
最近遠出すると、奥さんから叱られるらしい。耶蘇市では不安が広がっているのだ。異獣を倒して、新しくスキルを身に付けた者が、タクロウと同じように『シフト』という言葉を聞いたと言うようになったからだ。
人々の間で『シフト』とは何だろう、という話題が話されるようになった。それも人類にとって脅威となるものではないかと噂されているのだ。
例の声は、最初にレベルシステムを人類に与えて文明を崩壊させた。そして、次に食料エリアを人類に与えて食料不足になっている状況を救った。
三度目の『シフト』は、人類に試練を与えるものではないかという噂が広がっているのだ。
俺たちは、まずオフロード車を手に入れることにした。竜人区に大きな中古車販売店があるのだが、そこにならオフロード車があると思い行った。
河井がドイツのスポーツカーの前に立って溜息を吐いている。
「ミチハル、その車が欲しいのか?」
俺が声をかけると、河井が頷いた。
「この車の助手席に彼女を乗せて走ってみたかったんだよな」
「諦めろ。そんな車じゃ、食料エリアは走れないぞ」
「分かっている。また、こんな車を走らせる日が来るのかな?」
「無理だな。段々と舗装道路が荒れてきている。もう四、五年もすれば、ほとんどの道路に雑草が生え始めるだろう」
すでに雑草が生えている道路もあるので、もっと早くなるかもしれない。
「コジロー、見つけた」
美咲の声が聞こえた。行ってみると、探していたオフロード車が置かれていた。4WDの小型オフロード車だ。事務所に行ってキーを探すと、金庫の中に仕舞われていた。
どうやって金庫を開けたのかと言うと、河井が持つ『五雷掌』の内部破壊する技で、ロック機構を破壊したのである。
俺はガソリンを入れてから、オフロード車を動かしてみた。動かない。
「バッテリーがダメになっているんじゃないか?」
河井の言う通りだった。俺は東上町から持って来た充電済みのバッテリーと交換する。もう一度試してみると、ちゃんと動くようになった。
そのオフロード車を亜空間に仕舞って、俺たちは一度東上町に戻り武藤のヨットクルーザーで実浜町まで送ってもらった。
実浜町の港に武藤が言っていたタグボートがあった。全長一六メートルほどの小型タグボートである。船に乗り込み操舵室を覗く。嫌なものが目に入った。
船長らしい人の白骨死体である。武藤が操舵室に入ってきて、死体を目にすると両手を合わせた。
「おっ、キーが入ったままになっているぞ」
キーを付け替えなければならないかと思っていたが、大丈夫なようだ。
俺たちは白骨死体を陸上に運んで埋葬した。タグボートを亜空間に仕舞い、耶蘇市に持って帰って整備する。流石に一年以上放置していたので、念入りな整備が必要だったのだ。
全ての準備が整い、俺たちは食料エリアへ転移した。早速、オフロード車を出して乗り込み、南に向かって走り出す。ハンドルを握っているのは美咲である。運転が得意なのだという。
「食料エリアのドライブか。……乗り物酔いしそう」
河井が正直な感想を言う。道路でない場所を走っているのだ。振動が酷い、シートベルトが身体に食い込む。
「コジロー、来たぞ」
後部座席に座っている河井が、横から火炎牛の群れが突進してきたのだ。俺はサンルーフを開けて、上半身を車体の屋根から出す。
火炎牛の群れがしつこく追い駆けてくる。
「しつこいと嫌われるぞ」
そう言った俺は、神気を衝撃波に変えて火炎牛の群れに向かって放った。衝撃波が広範囲に広がり、火炎牛たちを弾き飛ばした。
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