第92話 食料エリアの町

 政府の技術者集団により、紅雷石から本当に電気が取り出せると証明された。その報告を受けた生駒大臣は、俺たちを呼び出した。エレナと河井は宿に残り、俺と美咲が代表して大臣に会いに行った。


「君たちの発見が証明された。紅雷石はエネルギー源となるだろう」

 生駒大臣の報告によると一キロほどの紅雷石で、一ヶ月一万世帯の電力を賄えるだろうということだ。この発電量は十分に日本の主力発電手段として使える。


「問題は、紅雷石の埋蔵量ですね」

「そうだ、埋蔵量が十分なものなら、本格的に紅雷石の電力施設を開発しようと考えている」


 美咲は頷いて、条件の交渉を始めた。

「我々としては、耶蘇市に紅雷石の研究開発センターを建設する事と、電気推進船の建造ドックも建造して欲しいと思っています」


「紅雷石の採掘場所から、短時間で運んでこれるので、耶蘇市に研究開発センターを、というのは分かる。だが、電気推進船の建造ドックというのはどうしてかね?」


 生駒大臣は俺たちが船に目を付けたことが気になったようだ。

「今の状況が続くとすれば、将来的に海運業が輸送の主役になると、俺たちは考えています。そこで紅雷石の発電システムを使った電気推進船が開発されれば、耶蘇市の新産業になると思ったのです」


 生駒大臣が頷いた。

「なるほど。そこらの役人なんかより、よっぽど優秀だな。決断するには、閣僚で話し合う必要がある。少し時間をもらえないか?」


 俺たちは承知した。生駒大臣だけで決定できるものではなく、政府が決断するまでに時間がかかることを知っていたからだ。美咲が確認すると早くて一ヶ月だと言う。


 ホテルを出た俺たちは、一旦耶蘇市へ戻ることにした。その方法は日本海側に出てから、船で戻ろうと考えた。

「武藤さんたちに迎えに来てもらわなきゃならないけど、それが一番早いと思うのよ」


 俺は美咲の意見に賛成した。エレナと河井も賛成する。

「なんか、もっと簡単に耶蘇市と長野を行き来できないかな」

 河井が愚痴るように言った。


「転移ドームを使えないんですか?」

 エレナが提案した。俺たちは耶蘇市のリンク結晶を持ってきていた。近くの転移ドームにセットすれば、長野との行き来が楽になる。


「そうだな。貴島さんに聞いてみよう」

 貴島に確認すると、近くの三津という町が放棄されて無人となっているらしい。ちなみに臨時政府がある町の転移ドームはすでにリンク結晶がセットされており、使えないという。


 俺たちは線路沿いに三津町へ向かった。そこの転移ドームに到着するまで、五つの異獣テリトリーを横切らなければならず、最初の一つが強敵だった。


 巨大なワニのような異獣が棲み着いていたのだ。この巨大ワニは呆れるほどタフだった。中々攻撃が致命傷とならない。原因は巨大ワニの頑丈な皮だった。


 河井の大剣でも断ち切れず、エレナの爆裂矢も表面を焦がすだけだったのだ。

「なあ、コジロー。あのワニの背中のところの皮、特に頑丈だと思わないか?」

「そうだな。頭と背中は頑丈なようだ」


「あれを鞣して、鎧にしたら頑丈な鎧ができそうだけど、どう思う?」

「どうだろう。試してみるか」


 俺は神気を衝撃波に変えて、巨大ワニ目掛けて放った。目的は巨大ワニをひっくり返すためだ。ひっくり返ったワニの首に、神気を流し込んだ擂旋棍で攻撃する。


 ワニの首がズタズタになる。そして、息の根が止まると残す部位を選択する。背中の皮を指定した。皮を残して巨大ワニが消える。


 河井が皮を回収した。

「これくらいの大きさだと、一人分を作るのに三匹倒さないとダメみたいだ」

 俺たちは次々に巨大ワニを狩り、皮を手に入れた。


「あっ、守護者の気配がします」

 エレナが警告を発した。橋を渡ろうとした時に、川原に首長竜のような守護者が見えた。


「デカイな」

「草竜区の守護者に匹敵するんじゃないか」

 俺は『操闇術』の【闇位相砲】を使って、守護者の頭を攻撃した。【闇位相砲】の威力は別格だ。その一撃で首長竜みたいな守護者の頭が吹き飛んだことからも分かる。


 俺は守護者の皮を残し、守護者を倒した報酬は、ちょっと変わったものだった。『真層構造(アルミ合金)☆☆』という知識スキルだったのだ。


 レベルアップの苦痛を味わった俺は首を傾げた。

「首長竜を倒して、何でアルミ合金なんだ?」

「さあ、コジローが『真層構造(鉄合金)』を取得したことがあるからじゃないか?」


 そんな馬鹿な。ネットで買物をした後にしつこく出てくる広告じゃないんだぞ。まあいい、制御石の選択で新しいスキルを取得しよう。


 俺は分裂の泉を探し出して、『機動装甲』を取得した。それを知った美咲が、

「何だ、『機動装甲』を選んだの。『亜空間』を選べば良かったのに」

「シャドウバッグがあるから、要らないんじゃないか?」


「『亜空間』は、スキルレベルが低い時は、シャドウバッグと変わらないけど、レベルが高くなると容量が体育館ほどになって、内部時間が遅延するようになるらしいのよ」


「内部の時間が遅延する? つまり時間経過が遅くなるということか?」

「そうよ。朝、作り立ての弁当を入れておくと、夜になっても温かいままなのよ」


 美咲の話を聞いていると、亜空間の収納容量ではなく、温かい食べ物を食べたいだけのような気がする。

「誰から仕入れた情報なんだ?」

「貴島さんよ。自衛隊の生き残りの中に、『亜空間』のスキルを持っている人が、居るらしいの」


 体育館に匹敵する収納容量は魅力だが、スキルレベルが低い間はシャドウバッグと同じほどの機能しかないのは問題だ。


「次に新しいスキルを取る時は『亜空間』にするよ」

 『機動装甲』を取得したので、特に欲しいスキルがなかった俺は約束した。


 俺たちは次々に異獣のテリトリーを突破して、三津町の転移ドームに到着した。その転移ドームの壁からリンク水晶を取り外し、耶蘇市のリンク水晶をセットした。


「さて、戻ろう」

 俺たちは来た道を戻り、貴島に戻ったことを伝えた。

「凄いですね。私なんかじゃ、絶対に行けませんよ。しかも、守護者を一匹仕留めて帰ったなんて」


 貴島は俺たちが耶蘇市に戻る前夜に宴を開いてくれた。

「皆さんが発見した紅雷石を使った発電システムが開発されたら、日本の社会が立ち直る切っ掛けになりますよ」


「そうなれば、いいんだけど」

 俺たちは久し振りに酒を飲みながら楽しい時間を過ごした。その時、貴島が海外の情報を教えてくれた。


「アメリカでは、食料エリアに町を造るということが、始まっているそうです」

 俺はちょっと驚いた。確かに食料と水があるので、町を造ろうと思えばできるだろう。だが、どんなメリットがあるのだろうか?


「何のために、食料エリアに町を?」

「アメリカには、変わった人が居るから、宗教的な理由じゃないかと思うんですけど」


 俺と貴島の話を聞いていた美咲が、アメリカで移民当時の生活様式を守り、農耕や牧畜によって自給自足生活をしている集団が居ることを教えた。科学文明を避けて生活している人々にとって、食料エリアは理想の地だと言うのだ。


「へえー、アーミッシュというのか、交通手段が馬車だけというのは、酷すぎると思うな。でも、食料エリアだと馬もいないんだよな」

 河井が言う。


「でも、食料エリアは、異獣のいない場所も存在するから、そこに町を造れば暮らしやすい町になるかもしれないぞ」


「でも、住民がガーディアンキラーだけなら、人数は多くないんじゃないですか?」

 エレナが貴島に尋ねた。

「それが、小さな町の住民全員が、食料エリアに移住したそうなんですよ」


 俺たちは全員が首を傾げた。

「そんなはずはない。食料エリアには、ガーディアンキラーだけしか行けないんですよ」

「ええ、それはそうなんですけど、現実に町の全員が食料エリアに転移してしまったようなんです」


 美咲が真剣な顔で考えている。

「何か方法があるのね。探し出せないものかしら」


「どうしたんだよ? 町の住民全員を食料エリアに移住させたいのか?」

 河井が美咲に尋ねた。

「身体が弱い人は、異獣を倒して『毒耐性』を取得させることは、できないじゃない。その人たちを食料エリアに移住させたら、と思ったのよ」


 そうだった。地球の大気中には毒が含まれているんだった。

「でも、食料エリアの空気にも、毒が含まれているかもしれないぞ」

 俺がそう言うと、貴島が否定した。政府は食料エリアの空気を調べて、毒が存在しないことを確認したらしい。


「そういうメリットが有るんですね。食料エリアの町も賢い選択かもしれません」

 エレナが静かな口調で言った。他の皆も頷く。


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