第88話 藤林統吾の変貌
俺たちは準備を済ませ、食糧エリアへ転移した。食料エリアの草原を歩きながら、河井が質問する。
「藤林は、強くなっていると聞いたけど、どれくらい強くなっているんだろう?」
俺にも分からない。探索者を殺して、どれほど強くなるのだろう? 守護者と同じだと仮定すると、個体レベルが四つほど上がったことになる。
守護者を倒した褒美も制御石の選択もないので、スキルは増えないだろう。だが、筋力や素早さなどの基礎能力は増加し、スキルポイントも増える。
そのスキルポイントを使ってスキルを増やすこともできるだろうが、急激に強くなることはないはずだ。
俺の予想を言うと、河井は少し安心したようだ。美咲が厳しい顔をしている。
「でも、藤林は守護者を数多く倒して、数多くのスキルを持っているはずよ。この前のように簡単に勝てるとは限らない」
「そうだな」
簡単に勝てるとは思っていない。俺が藤林なら、武器や身体能力に頼らずに強力なスキルで狙い撃ちすると思うからだ。藤林が持っているスキルは分からない。
竜崎から聞いた話では、『操炎術』『操光術』『操雷術』『筋力ブースト』『素早さブースト』『亜空間』は持っているらしいのだが、それだけではないだろう。
俺たちは北に向かいながら、七本柱のストーンサークルを探した。途中八本柱のストーンサークルを発見したが、どこに転移するのか分からない。それにリンク水晶をセットしていないので使えないだろう。
そのまま通り過ぎて、七本柱のストーンサークルを探し続けた。そして、三時間が経過。
「コジロー、腹が減った。昼飯にしようぜ」
俺も腹が減っていたので、河井の意見に同意した。
「この辺で昼飯にしよう」
周りには丘がいくつかあるが、見晴らしの良い場所だった。ここなら敵が現れたら、すぐに発見できるだろう。
エレナが用意してくれたサンドイッチを食べる。飲み物は烏龍茶だ。緑茶や烏龍茶は住宅地を探索した時に、大量に手に入れている。それにお茶の木を発見し、東上町の畑に挿し木して苗木を育てているので、将来的にも不自由しないはずだ。
この食料エリアは不思議な世界だった。空は雲に覆われているので太陽が見えないが、適度に明るい。それに夜が来ないので、時間の経過が分かり難い。
「この食料エリアには、夜がないんだろうか?」
俺が疑問を口にすると、河井とエレナは首を傾げた。美咲が、
「これは白夜かもしれない」
白夜というのは、極地付近でしか見ることのできない現象で、太陽が沈んでも暗くならないものだ。
「そうかな。白夜と呼ぶには、明るすぎるんだよな」
昼食を食べ一休みしてから、再び歩き始めた。
「あれじゃないか?」
河井が最初に七本柱のストーンサークルを発見した。俺たちは近付いて確かめた。七本柱だ、間違いない。
「藤林が待ち構えているかもしない。気を付けろよ」
俺たちは武器を構えてから、転移模様に足を踏み入れる。気づくと田崎市の転移ドームに転移していた。
急いで周りを見回す。その時、背後から衝撃を受け撥ね飛ばされた。
クソッ、待ち伏せだ。俺は床を転がりながら、攻撃が放たれた方向を見た。藤林が薄ら笑いを浮かべて立っていた。
起き上がった時、藤林が美咲に刀を突き付けていた。
「待っていたよ。必ず君たちが来るだろう、と思っていた」
俺たちは藤林の罠に嵌ったらしい。
「美咲を離せ」
「その前に、全員武器を捨ててもらおう。そして、私の雷槍を返してもらおうか」
俺たちは武器を捨てる。藤林を睨みながら、シャドウバッグを出し、中から雷槍を取り出して放り投げた。藤林が空中で雷槍を掴む。
「私の雷槍が、やっと戻ってきた。後は、貴様に仕返しをするだけだ」
「仕返しだって? 自分が何をしたか、分かっているのか?」
「私が何をしたって?」
「しらばっくれるつもりか。お前は探索者を一人殺したと聞いたぞ」
「ああ、あいつですね。私の邪魔をしたので、懲らしめてやったんです」
こいつ……壊れている。河井が気づかれないように、藤林の背後に回ろうとする。雷槍から稲妻が走り、河井に命中して弾き飛ばした。
「ミチハル!」
ミチハルを助けに行こうとすると、雷槍が俺に向けられた。それだけで動けなくなる。前回戦った時とは、全く違う。今の藤林は人を威圧する迫力があった。
「ん、そいつは死んでいないようですね。頑丈な身体を持っているようだ」
倒れたまま動かない河井を見て、面白そうに言う。それを聞いて、俺はホッとした。
美咲が藤林を睨んだ。
「県から、あなたが一人の探索者を殺したと聞いたけど、どうやら一人じゃないようね」
「よく分かりましたね。最初の一人を殺した後、四人を殺しましたから」
この外道が……。
「いけませんね。他人を、そんな目で見ては」
そう言った瞬間、雷槍から稲妻が放たれ、俺の身体に命中した。自動車に撥ね飛ばされたように、宙を舞った俺は床を激突して転がった。
「コジロー!」
エレナが必死の形相で俺に向かって走ってくる。起き上がろうとしたが、足に力が入らずよろよろとしか動けない。立ち上がりエレナの手が身体に触れた時、また雷槍から稲妻が放たれ俺とエレナに命中した。
「きゃああ!」
エレナの悲鳴を聞こえ、俺たちは床をゴロゴロと転がった。それを見た美咲が、藤林に向かって【氷槍】を放つ。氷槍が藤林の胸に突き刺さるかと見えた瞬間、氷槍が硬い何かにぶつかったように砕けた。
「どういうこと、新しいスキルでも取ったの?」
「そうだ。五人を殺して溜めたスキルポイントで『機動装甲☆☆☆☆』というスキルを得たんですよ」
美咲は納得したように頷く。
「コジローに負けて、防御用のスキルを手に入れたのね」
「私は負けてなどいません」
「でも、おかしい。あなたのスキル一覧には攻撃用のスキルしかない、と言ってなかったかしら」
藤林が鼻を鳴らして答える。
「ふん、一つ教えてあげましょう。人を殺すと、そいつが持っているスキルやスキル一覧にあるスキルが、殺した者のスキル一覧に追加されるのですよ」
美咲は唇を噛み締めた。
「なんて嫌なシステムなの」
「何を言うんだ。素敵なシステムじゃないか。どうせなら、殺した者のスキルを奪うようなことができれば最高だったのに」
美咲が会話を始めたのには理由がある。俺が回復して動けるようになり、美咲に合図を送ったからだ。藤林の注意を引きつけようとしているのである。
雷槍から放たれた稲妻は、俺の『変換炉』によって神気に変換された。但し、全部が変換できたわけではなかった。九割ほどが変換され、残りの一割は本当に俺の身体を痛めつけたのだ。
エレナも無事のようだ。俺は藤林に気付かれないように、武器を探した。操術系スキルによる攻撃では、美咲も巻き込みそうだったからだ。
床にレンガの欠片らしい物が落ちていた。それを手に取る。俺は『神威武器術』を使う。体内に蓄えられている神気を欠片に流し込んで、凶悪な武器へと変えた。
「さて、コジローには死んでもらおう」
藤林が俺に雷槍を向けた。その瞬間、握っていたレンガの欠片を藤林に向かって投げた。藤林がニヤッと笑う。自分の『機動装甲』の防御力を信じたようだ。
欠片が『機動装甲』の障壁に当たり、込められていた神気のエネルギーを解放する。『機動装甲』の障壁は破れなかったが、藤林の身体を弾き飛ばした。
藤林が宙を舞い、一〇メートルほど飛んでから床に落下した。
美咲が走り寄って、エレナを助け起こす。俺は河井のところへ行って、エレナのところへ引きずってきた。
「貴様、何をした?」
起き上がった藤林が怒声を上げる。俺の攻撃が気に入らなかったようだ。
「レンガの欠片を投げただけだ」
「馬鹿な……そんなもので私が吹き飛ぶわけがない。正直に言え!」
藤林が俺に向けて、雷槍の稲妻を放った。俺は『変換炉』を使って衝撃波を放つ。衝撃波と稲妻が途中ですれ違い、俺に稲妻が命中する。
だが、『変換炉』でほとんどを神気に変換する事に成功した。だが、完全ではないので、少しだけ身体に衝撃が走る。
俺の衝撃波を食らった藤林は、吹き飛ばされて転移模様に落ちた。藤林が消える。
「まずい、追い掛けないと……皆、俺は追い駆ける」
そう言って、俺は先程放り投げた影刃狼牙棒を拾ってから転移模様に足を踏み入れた。
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