第87話 食料エリアの恐竜

 草竜区の守護者を倒した俺は、『神威武器術』を手に入れた。『超速思考』や『特殊武器製作』と同じ星四つのスキルである。


「コジロー、影刃狼牙棒でも『神威武器術』を使えるの?」

 美咲の質問に俺は頷いた。

「使えるようだ。影刃狼牙棒の【螺旋影刃】に神気を纏わせて撃ち出せば、ほとんどの守護者に穴を開けられると思う」


 美咲は影刃狼牙棒への応用を考えたようだが、俺は『神威武器術』を鋼鉄鞭に使うことを考えていた。

 長さ一〇メートルの鋼鉄鞭に神気を纏わせて敵を攻撃する。その威力とリーチは、戦いにおいてかなりのアドバンテージとなるだろう。


 俺たちが東上町に戻ると、武藤が待っていた。

「どこに行っていたんだ? 待っていたんだぞ」

「あれっ、何かありました?」


「食料エリアで、危険な化け物を発見したんで知らせに来たんだ」


 武藤たちが発見したという化け物は、赤い色をしたティラノサウルスのような化け物らしい。武藤たちは、そいつにレッドサウルスと名付けたそうだ。


「どこで遭遇したんです?」

「一二本柱のストーンサークルから、南に向かい小山を越え、二つ目の山で遭遇した。象に匹敵する巨体で、とにかくタフなんだ。仕留められずに逃げ帰ってきた」


 武藤たちも強力なスキルを持っている。その武藤たちが仕留められなかったのだ。相当タフな化け物だったのだろう。そんな化け物と出会い頭に遭遇するのは危険である。なので、俺たちにも知らせてくれたのだ。


「ありがとう、気をつけるよ」

「おう、次の食料エリアの当番は、お前たちだからな。気を付けろよ」

 武藤が去り、俺たちはレッドサウルスのことで話が盛り上がった。そして、今度食料エリアへ行った時に、確認することにした。


「藤林の件は、どうなったんだろ?」

 河井が疑問の声を上げた。俺も気になっていたのだが、県からはまだ連絡がない。決まったならば、東下町に有る固定電話に連絡が来る手筈になっている。


「県でチームを組んで派遣したのかもしれない。食料エリアの件で、ガーディアンキラーが大勢増えたから」

 と美咲が言ったが、藤林を倒せるだけの技量を持った探索者が、大勢いるとは思えない。藤林の個体レベルは、かなり高かったはずだ。


 翌日、俺たちは食料エリアへ向かった。転移ドームから転移して、いつものプチ芋と甲冑豚を確保すると、南に向かう。レッドサウルスを確認するためである。


 食料エリアの南側は、丈の短い草が生えた草原になっている。その向こうには山がいくつか見える。

 草原を歩いていると、ラベンダーのような鮮やかな紫色の花が咲き乱れている場所に来た。


「これは、ラベンダーに似てますけど、香りはローズマリーです」

 エレナが首を傾げている。食料エリアの植物は、地球に有るものと似ているのだが、ちょっとした違いがあり、そのために違和感がある。


 紫の花の中を進み、小山に突き当たった。山を登り頂上まで来た時、その先にまた山があるのが見える。

「武藤さんが言っていたのは、あの山だろ?」

「ええ、そうみたい」


 小山を下り、その先の山に入ろうとした時、化け物の気配を感じた。

「コジロー」

 同じ気配を感じたエレナが声を上げた。


「レッドサウルスが近くにいる。気を付けろよ」

 そう言った時、巨大な化け物が現れた。ティラノサウルスは最大のもので全長一三メートル、体重が九トンもあったというから、それに比べれば半分くらいしかない。


 それでも近付いてくるレッドサウルスは迫力があり、全員がプレッシャーを感じた。それは河井の顔が青褪めていることからも分かる。


 レッドサウルスが巨大な口を開け、咆哮を放つ。それは音の打撃だった。俺たちの身体が震え、全身に力を込めて耐える。


 美咲が最初に攻撃を開始する。【氷槍雨】を発動し多数の氷槍をレッドサウルスに向けて撃ち出したのだ。巨体に氷槍が突き刺さる。


 レッドサウルスがブルブルと全身を震わせ、氷槍を振り落とす。少し血が流れ出たが、すぐに止まり傷口が塞がり始めた。恐るべき再生能力だ。


 エレナが馬頭羅刹から手に入れた羅刹弓を引き絞った。その弓に番えてあるのは、鋼鉄製の矢である。エレナはレッドサウルスの首を狙って矢を放つ。

 鋼鉄の矢は以前のものより三倍ほど速いスピードで飛び、巨体の首を貫通した。


 『八段錦』のスキルにより気を使えるようになったエレナは、羅刹弓を完全ではないが引き絞れるようになったのだ。馬頭羅刹が羅刹弓から矢を放った時は音速を超えたが、エレナが放つ矢はまだ音速を超えることはなかった。


 レッドサウルスは藻掻き苦しむ。それを見た河井が『縮地術』を使って背後に回り込み、跳び上がると首に大剣を叩き込んだ。首が半分ほど切断され巨体が地面に倒れる。


「やったー」

 河井が声を上げた時、恐竜の尾が動いた。河井に向かって長い尾が振られる。河井はとっさに盾にした大剣ごと飛ばされた。


「河井!」

 叫んだ俺は、手に持っていた影刃狼牙棒から【螺旋影刃】を放った。黒いドリルが突き出され、レッドサウルスの頭を貫通した。化け物の目から光が消える。


 俺は河井のところに駆け寄り抱き起こした。内臓を痛めたようだ。

「しっかりしろ! これを飲め」

 ポーションを河井に飲ませる。苦しそうに呼吸していた河井は、ポーションのおかげで呼吸が楽になる。改めてポーションの効果に驚いた。


「コジロー……」

 河井の小さな声が聞こえた。

「どうした? もう一本ポーションが必要か?」

「ポーションはいい。女性にチェンジしてくれ」


 抱き起こす役目をエレナか美咲に代われと言っているらしい。俺は抱き起こしていた手を離した。当然、河井は地面に頭を打ち付ける。


「痛っ、急に手を離すな」

「心配して損した」

 同じように心配そうな顔で見守っていたエレナと美咲が、溜息を漏らす。


「本当に大丈夫なの?」

 美咲の問いに、河井が頷いて立ち上がった。

「ポーションが効いたらしい」


 レッドサウルスは異獣ではないので、心臓石には変わらない。

「こいつは食べられるのか?」

 俺はレッドサウルスの肉に興味を持った。


「凄い筋肉だから硬いんじゃないの?」

「毒じゃないなら確かめてみよう」

 俺の『毒耐性』のスキルレベルは8になっている。ほとんどの毒は効かないはずだ。


「シャドウバッグから、カセットコンロとフライパンを出してくれ」

 俺はエレナに言ってから、レッドサウルスから肉を切り取った。

「もしかして、食べるんですか?」

「味見してから、持って帰るかどうか決めようと思う」


 俺はフライパンで軽く焼いてから味見した。

「……この肉は捨てよう」

「食い意地の張っているコジローが、肉を捨てるということは不味かったのね」


「消しゴムに唐辛子をまぶしたような味だった。これは食べ物じゃない」

「あんた、消しゴムを食べたことがあるの?」

「パイナップルの匂いがする消しゴムを食べたことがある」

 俺は胸を張って答える。美咲に呆れたような顔をされた。


 俺たちはレッドサウルスの皮だけ剥ぎ取って持って帰ることにした。一時間ほどで作業が終わり、俺たちは耶蘇市に戻る。


 転移ドームで竜崎が待っていた。

「県から連絡があった。藤林の奴が線路の一部を破壊したそうだ」

「何だと! 装甲列車が来れないということか?」


「そうだ。そこで藤林の捕縛をコジローたちに、お願いしたいそうだ」

「どうやって行けと言うんだ?」

「藤林と同じく、食料エリアを経由して田崎市へ行ってくれ」


 耶蘇市の転移ドームには、田崎市のリンク水晶がセットされたままになっている。食料エリアから田崎市へ行くことができるのだ。


「捕縛は無理だぞ。殺すことになる」

「正当防衛だ。刑事が犯人に抵抗されて、射殺したみたいな扱いになるんじゃないか」


 俺たちは警察じゃないんだけどな。警察も自衛隊も消滅した世界だけど、この先警察くらいは復活するんだろうか? でも、警察より探索者の方が強いからな。


 探索者がギルドのようなものを作り、県や国から警察のような仕事を請け負うようになるのかもしれない。それとも警官になった者が、探索者と同じことをして強くなるのだろうか。


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