第86話 草竜区の守護者

 県の特殊精鋭チームのリーダーである熊田は、もう一つ用事があったようだ。

「このリンク水晶を耶蘇市の転移ドームにセットさせて欲しい」


「それはどこのリンク水晶なの?」

 美咲が尋ねた。

「こいつは、三日月市のリンク水晶だ」

「もしかして、耶蘇市のリンク水晶を三日月市の転移ドームにセットするつもり?」


 熊田が頷いた。三日月市と耶蘇市の間で転移できるようにするつもりらしい。俺たちは話し合い承諾することにした。


「藤林の件は、一週間ほど待ってくれ」

 俺は気になっていることを尋ねた。

「県は藤林を捕縛するつもりのようだが、実際は難しいのではないか。向こうは遠慮なくスキルを使ってくるだろうから、こちらも全力で戦うことになる」


 熊田も頷いた。彼自身も分かっているのだろう。だが、生き残った県議会議員は、殺すということに抵抗を覚えたようだ。


「たぶん、捕縛しようとして抵抗され、やむを得ず正当防衛で殺したという結果になる」

 県議会議員や知事は、自分たちの命令で殺したということにしたくなかったらしい。


 熊田が三日月市に帰った。三日月市では守護者を倒し、安全に入れるようになった異獣のテリトリーが増えている。特殊精鋭チームが頑張ったおかげだ。


 そこで県庁を三日月市に移すという計画が進められているそうだ。現在の県庁がある地域は強い異獣のテリトリーが多く、人間が暮らしにくい場所になっているからである。


「藤林は強くなっているのかな?」

 エレナが不安そうに声を上げる。

「コジローなら圧勝できるんじゃないか?」

 河井が脳天気な意見を言った。美咲が首を傾げる。


「前回は、コジローが得意な接近戦だったけど、次がそうなるとは限らない」

 美咲の言葉を聞いた俺は、『変換炉』のスキルを使った衝撃波攻撃ができるようになったと伝えた。


「凄いじゃないですか」

 エレナが喜んでくれた。河井と美咲も感心したようだ。河井が俺に顔を向ける。

「最近、一人で出掛けて何をしているんだろうと思っていたけど、そんなことをしていたのか。その威力を見たいな」


 河井は農作業、エレナと美咲は市議会の準備で忙しかったので、俺だけ別行動をしていたのだ。

 美咲が頷き提案した。

「草竜区の守護者を相手にしてみない? あの守護者に勝てるようなら、藤林と対峙した時も安心できると思うの」


「いいだろう。草竜区へ行こう」

 俺たちは着替えて草竜区に向かった。小鬼区を経由して草竜区に入り中学校に行く。この中学校に守護者がいるのだ。門のところでも守護者の気配を感じる。


 中学の校舎は姿形もない。守護者によって壊されたようだ。広い校庭と瓦礫、それに巨大な守護者の姿がある。守護者は巨大な恐竜トリケラトプスのような化け物である。


 その巨体をのそりと起こした守護者は、俺たちに巨眼を向けた。その視線だけでプレッシャーを感じる。それは存在自体、あるいは巨体に秘めた破壊力から滲み出たものだ。


「うわーっ、迫力がある。こんなの倒せるのか?」

「さあ、やってみないと分からない。ダメな時は逃げるぞ」

 美咲が溜息を吐いた。

「こういう時は、俺なら勝てるとか、言い切りなさいよ」


「いや、見てみろよ。三本の角がバチバチと火花を飛ばし始めたぞ」

 俺が言うと、河井が不安そうに顔を歪めた。

「ヤバイんじゃないか? どうするんだ?」


「皆は後ろに下がってくれ。俺は衝撃波をぶつける」

 俺は『大周天』で気を練り始めた。体内では神気が生じて力が漲り始める。それは外部にも漏れ出し、美咲たちも感じて顔を強張らせる。


 皆が逃げたのを確認した俺は、膨大な力を秘めた神気を『変換炉』に注ぐ。その瞬間、守護者の角から光り輝く光弾が飛び出した。


 俺もほぼ同時に衝撃波を撃ち出す。俺と守護者の中間で衝撃波と光弾が衝突。爆発音が響き渡り、周囲に爆風が広がった。その爆風で飛ばされそうになって足を踏ん張る。


 守護者が放った光弾は、衝撃波により崩壊し四方に飛び散った。光弾は超高温のプラズマの塊だったようだ。飛び散った光弾の欠片が周りの住居を燃やし始める。


 後ろでは、河井が服をはためかせながら、

「な、何だ? コジローは人間をやめたのか?」

 と呟いた。それは友人の身体から溢れ出る圧倒的な力を感じて、思わずこぼれ出た言葉だった。それほど人間離れした力が溢れ出ているのだ。


 守護者が走り出した。迫る巨体を見上げた俺は、二度目の衝撃波を放つ。衝撃波は守護者の肩に命中し、その肉を削り取って空へと消えた。体液を撒き散らした守護者が横倒しとなる。


 こんな化け物と接近戦なんかできないと思った。神気を練り上げ、それを衝撃波として撃ち出す。俺は何度も何度も繰り返した。


 衝撃波を受けた守護者は、人間なら致命傷だと思われる傷を負いながらも立ち上がる。その姿から執念のような強い意志を感じた。


 俺はリミッターを外すことにした。今までは衝撃波に変える神気の量に制限をかけていたのだ。それでないと撃ち出した時の衝撃波で、自分自身が吹き飛ばされるからである。


「後のことなんか考えているから、仕留められないんだ。やるぞ」

 これまでの二倍以上の神気を『変換炉』のスキルに注ぎ込んだ。それを感じたのか、守護者が甲高い咆哮を上げて突撃してきた。俺は膝を曲げ衝撃に備えた上で、衝撃波を放つ。


 守護者に命中した衝撃波は、その頭部を爆散させた。その瞬間を俺は見ることができなかった。その衝撃波の余波が俺の身体を吹き飛ばしていたからだ。


 宙に吹き飛ばされ地面を転がってパタリと倒れた俺は、頭を振りながら起き上がる。

「はあっ、終わった」

 頭の中にどの部位を残すかという選択を促す声が聞こえる。俺は角を選んだ。守護者の巨体が消えた後に角が残り、それを美咲が回収する。


 エレナが後方から走り寄って抱きついた。もう一人、河井が走り寄って抱きつこうとしたので、小さな衝撃波を放って撃退した。


 飛ばされた河井が怒鳴る。

「おい、差別すんな!」

「違う、今のは区別だ」

 美咲が溜息を吐きながら近付いてきた。


「守護者を倒した褒美はなんだったの?」

「同系統スキルの統合だ」

 俺のスキルの中で統合できるのは武器関係のスキルだ。俺は『投擲術』『斧術』『棍棒術』『刀術』を選んで統合させた。統合して生まれたのは『神威武器術☆☆☆☆』というスキルだった。


 どうやら神気を扱える者だけが取得できるスキルで、武器に神気を纏わせて戦う武器術らしい。どれほどの威力があるのかは分からないが、神気に秘められているパワーを考えると、とんでもない威力になるのかもしれない。


【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】


 例の苦痛が俺を襲う。だが、個体レベルが『50』になったからだろうか。十分に我慢できる程度に軽減されている。


「コジロー、お願いがあるんだけど」

 美咲にお願いされるなんて珍しい。その願いというのは、制御石の選択で護符を選んで欲しいというものだった。理由は草竜区にある栗園である。


「急いで取りたいスキルがあるのなら、次の機会にするけど……あそこの栗園は、三ヘクタールもあって、栗の木が七〇〇本くらいあるのよ」

 栗園の手入れをするには、護符が必要だと言うのだ。


「栗か、俺も食べたいから、護符でいいぞ」

 『変換炉』のスキルも試していないことが多く、新しいスキルである『神威武器術』もある。何か別のスキルを取る必要は感じていなかった。


 俺は分裂の泉に潜って制御石に触れて護符を選択した。俺が泉から上がってくると河井が質問した。

「なあ、コジロー。最後に放ったような衝撃波を、何で最初から使わないんだ?」


「威力を上げると、余波で撃った俺まで飛ばされるからだ」

「なんだ、そんな理由だったのか」

「だが、切実な問題だ」


「その神気とか言うもので何とかできないのか?」

「まだ研究中なんだ」


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