第85話 殺された者の経験値?

 俺は竜崎と一緒に転移ドームへ来ていた。その壁にリンク水晶が嵌められている。

「誰かがリンク水晶をセットしたらしい」

「たぶん藤林だろうな」


 俺はリンク水晶について竜崎に話し、その管理は自分たちがしていると打ち明けていた。

「このリンク水晶は、どこのものだろう?」

「分からない。この状態だと調べようがない」


 東上町と東下町は共同で様々なことを管理しようということになり、美咲や竜崎が市議会を組織して話し合いで行政を進めていた。


 俺はすぐにでも藤林が襲ってくるのではないかと予想していたが、藤林は来なかった。

「藤林はすぐにでも、雷槍を取り返しに来ると思っていたんだが、来ないな。これはまずいか」

 すぐに来なかったということは、現時点で敵わないと冷静に判断して強くなろうとしているのではないか?


 竜崎も不機嫌な顔で頷いた。

「藤林は臆病、良く言えば慎重な性格だから、十分な準備をしてから取り返しに来るだろう」


「すぐに取り返しに来る馬鹿だったら、楽だったのに」

「気を付けろよ。藤林は勝機を確信した時に、来るだろうからな」


 厄介な男だ。何か対策が必要だろうか? 接近戦では勝てるという自信がある。藤林は遠距離攻撃をしてくるのではないか、そんな気がする。


 俺は竜崎と別れて、獣人区の北に広がる港に向かう。堤防を歩いて先端まで行く。ここは異獣もあまり来ない安全地帯である。偶にオークと遭遇することもあるが、近付いてくる時は、すぐに分かるので対応ができる。


「さて、『変換炉』について確認しよう」

 『変換炉』のスキルは、様々なエネルギーを別のエネルギーに変換する機能を持つ。俺が扱えるエネルギーの中で最も強力だと思われるのは、炎と神気である。


 神気については、まだよく分からないので『操炎術』で発生させる熱エネルギーを何か別なエネルギーの変えられないか、と考えてみた。


 『操炎術』の中に【炎射】という攻撃技がある。火炎放射器のように炎を噴き出すものだ。その炎を衝撃波のようなものに変換できないか試す。


 手順としては【炎射】を発動した次の瞬間に『変換炉』で熱エネルギーを衝撃波に変えることになる。

 【炎射】を発動すると俺の右手の先から、オレンジ色の炎が噴き出した。その炎に対して『変換炉』を発動しようとしたが、すぐには発動しなかった。


「難しいな。『変換炉』の発動がスピーディーにいかない」

 練習が必要だということか。俺は何度も何度も試してみた。そして、十数回目で成功する。【炎射】の炎が消え、大きな衝撃波が発生する。


 衝撃波が海水を吹き飛ばし海上に白い波が生まれ沖へと伸びていく。海上に白い道が出来た。その後に何度も試し確実に成功するようになった。


「何とか成功するようになったな。だけど、威力が分からない」

 俺は獣人区へ向かった。オークを相手に威力を試そうと思ったのだ。住宅街に入りオークを探す。しばらく探すと牛刀を持ったオークと遭遇する。


 そのオークも俺に気づいたようだ。牛刀を振りかざして迫ってきた。俺は【炎射】と『変換炉』を使って衝撃波を撃ち出した。


 衝撃波はオークと衝突して、その体を吹き飛ばす。オークは五メートルほど宙を飛び一軒家の壁にぶつかって跳ね返され、道路に頭から倒れた。


 その一撃はオークの息の根を止めたらしく心臓石に変化した。俺は心臓石を拾い上げて仕舞う。

「使えるけど、これくらいなら擂旋棍で一撃した方が簡単かな」


 『操炎術』には【爆炎撃】【炎旋風】【紫炎撃】【フレア】などの攻撃技がある。その熱量は同じ順番で上がっているので、これらを衝撃波に変換すれば、強大な衝撃波を生み出すことができるだろう。


 だが、衝撃波にする必要があるだろうか? 疑問に感じた。このままでも十分な威力を持っていたからだ。そこで神気に注目した。


 神気自体に破壊力はない。それを衝撃波という形で撃ち出せば、面白いのではないかと思ったのだ。もう一度、堤防まで行って『大周天』を行う。


 体内の気を巡らせ、外から正体不明のエネルギーを取り込み体内の気と混ぜ合わせる。混ぜ合わせて神気とすることで制御可能なエネルギーとなるようだ。


 その神気を右掌から放出する。そして、『変換炉』で衝撃波に変えた。神気が衝撃波に変化した瞬間、ヴォンという轟音が響いた。俺は衝撃波の余波を受けて堤防から放り出され海に落ちた。


 生み出された衝撃波は、【炎射】の時とは桁違いに大きな白い道を造り海の彼方に消えた。

「あ~あ、酷い目に遭った。こんなに強い衝撃波が生まれるとは思いもしなかったぞ」


 俺は堤防に這い上がり、服を脱いで着替えた。着替えはシャドウバッグに入れてあったものである。

 海に落ちたせいで、結果を確認できなかった。俺はもう一度試すことにする。但し、今度は足を踏ん張り衝撃波の余波に耐える準備をする。


 神気を作り出し右掌から放出すると同時に、『変換炉』で衝撃波に変える。俺の身体が後ろに飛ばされそうになるが踏ん張り、衝撃波の行方を目で追う。


 海上に高さ六メートルほどの二枚の壁が造られ、それが沖へと伸びていく。衝撃波の通り道に出来た現象である。それを見た俺は、神気に含まれているエネルギーの凄さに驚いた。


 俺は神気を身体運動のアシストとして使っているが、全然使えていなかったらしい。

 これを異獣に使ったら、草竜区や飛竜区の守護者も倒せるだろう。俺は衝撃波を適切な威力で撃ち出すことができるようになるまで練習した。


 それは一ヶ月ほど掛かった。そして、その間に藤林の襲撃はない。

 俺が藤林が諦めたのだと思い始めた頃、装甲列車が来て、藤林の消息を知らせてくれた。


 その報せを持ってきたのは、県の特殊精鋭チームのリーダーである熊田である。元自衛官であり、美咲の上司だった熊田は、田崎市が大変なことになっていると知らせた。


 藤林は田崎市に戻ったらしい。そして、そこの探索者を力で支配し、田崎市全体を掌握したというのだ。

「田崎市の市長は、どうなったの?」

 美咲が質問した。


「捕縛されて、警察署の留置場へ入れられているらしい」

「無茶苦茶じゃない」

「ああ、藤林の奴は、狂ったとしか思えない」


 俺は眉間にシワを寄せて尋ねた。

「県は、どうするつもりなんです?」

「もちろん、懲罰部隊を編成して田崎市に送る」


 美咲が険しい表情で熊田を見た。

「まさか、私たちを懲罰部隊にしようとか、考えているんじゃないでしょうね」

「藤林がおかしくなったのは、コジロー君と戦ったのが原因だって言うじゃないか?」


「あいつは元々おかしかったんです」

 俺はそう言ったが、直接の原因は俺にあるという考えは、熊田の中で変わらなかったようだ。


「もう一つ大事なことがある」

「何です?」

「藤林の奴が、田崎市の探索者を一人殺したらしい」


 俺たちは顔をしかめた。

「あいつは、そこまで落ちたのか?」

「問題は、そこじゃない。その殺された探索者が持っていたスキルや経験値みたいなものは、どうなったのかと議論になったんだ」


 俺は考えたこともなかった。だが、異獣が持っているスキルは、殺したからと言って、倒した者のものになるわけではない。スキルは消えるだけだろう。だが、経験値みたいなものは……。


 エレナが青い顔で尋ねた。

「藤林さんの他に、例はないんですか?」

 熊田が頷いた。

「ある。犯罪を犯した探索者が、捕まえようとした他の探索者を殺したことがあった。その時、そいつは明らかに強くなったそうだ」


「うわっ、最悪じゃないか」

 河井が大きな声を上げた。俺も同じ意見だ。美咲とエレナの顔を見ると同じらしい。


 懲罰部隊を編成する時、俺たちの名前が挙がるだろうと熊田が言う。

「あまり気乗りがしないな。県の特殊精鋭チームで片付けられないの?」


「藤林が、どんなスキルを持ち、どれほど強いのか分からないと、リーダーとしてゴーサインは出せない。その点、コジロー君は一度勝っているから」


「でも、元自衛官なら、銃で攻撃するとかできないのか?」

「日本の自衛隊は、元々弾丸の備蓄が少なかったんだ。とっくの昔に弾は使い切ったよ」

 熊田がちょっとわびしそうに溜息を吐いた。


 藤林の始末は、俺たちに話が来そうだ。今までの経緯を考えると、簡単に断れそうになかった。県とは友好関係を維持したいということもあり、声がかかれば藤林を捕縛に行かねばならないだろう。


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