第84話 藤林の逃走

 御手洗市長が死んだことで、耶蘇市は指導者を失った。これまで市長が決めていた様々なことが停止した。市長の腰巾着のような連中が市長の代わりをしようとしたが、無理だった。


 東下町の人々は不安になり、代わりとなる強い指導者を求めた。それにより竜崎が仮の指導者に祭り上げられる。竜崎としては迷惑な話だ。


 これは東下町の人々が賢明な判断をしたというわけではない。市長に従って働くだけということに慣れてしまった人々は、自分たちで考えようとせず竜崎に責任を押し付けただけなのだ。


 竜崎は困って、俺たちに相談してきた。

「市議会みたいに、代表を選んで市政を任せるしかないと思う」

 美咲が意見を言った。それを聞いた俺とエレナは『そうだな』という顔をする。


 竜崎は難しい顔をして尋ねた。

「その代表だが、どうやって決める。選挙なんかできないぞ」

「最初は、竜崎さんが選ぶしかないかな。探索者・農家・医者・教師などの専門家から代表を選ぶのよ」


「この際、東下町と東上町でそれぞれ代表を選んで、市議会を作ったらどうだ」

 俺が提案すると、美咲と竜崎は賛成した。


「ところで、藤林は見つからないのか?」

「ああ、ダメだ。食料エリアに転移したんじゃないかと思っている」

 竜崎も食料エリアが怪しいと思っているようだ。だが、食料エリアは広く隠れられたら探し出すのも難しい。


 エレナが首を傾げた。

「食料と水は現地調達できると思うけど、着替えやお風呂はどうしているのかな?」

「藤林は『亜空間』スキルの持ち主だ。服はたくさん持っている。それに食料エリアには川があったから、洗濯や水浴びはできるはずだ」


 俺は藤林が川で洗濯している光景を想像した。誇り高い藤林が手洗いしている姿は、想像すると面白い。

「きっと耐えられなくなって出てくるな」

「私もそう思う」

 美咲は藤林の性格を知っていたので、自給自足のサバイバル生活には耐えられないと思っているようだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 耶蘇市の者たちが市議会の準備をしている頃、食料エリアに逃げ込んだ藤林は広大な大地をさまよっていた。とにかく逃げることしか頭になかった藤林は、公園の転移ドームから食料エリアに転移すると、南に向かって進んだ。


「当たり前だが、何もないな。食料エリアに逃げ込んだのは失敗だったか」

 南にも山があり、その山を越えようと登り始めた。小さな山を越えると、その五倍ほどもありそうな山があった。


「チッ、山ばかりだな。引き返そうか」

 藤林が迷っている時、赤い石が目に留まる。ルビーのような透明感のある石ではなく、石炭を赤くしたような石だ。


 何気なく赤い石を拾い上げた。ひんやりした感触で、結構重い。周りを見ると赤い石が層になっている鉱脈がある。これが石炭だったら一財産だったのにと考えながら、そのいくつかを亜空間に仕舞った。後で調べてみようと思ったのだ。


 山の中腹まで登った時、見た事もない異獣と遭遇した。

 真っ赤な色をしたティラノサウルスのような異獣である。体重が五トン以上はありそうな巨体で、巨大な口から凄まじい咆哮を上げた。


 雷槍を奪われた藤林は、同田貫を抜いて構えた。しかし、日本刀で五トンもある化け物と戦うのは無理がある。雷槍だったら戦い方もあるのだが、さすがに戦場刀である同田貫であってもダメージを与えることは難しいだろう。


 藤林は『操炎術』の【紫炎撃】を放った。青紫に輝く炎がレーザーのように伸びて、化け物の肉体を焼く。だが、そのレーザーのような炎も巨大竜の表面を炭化するだけで致命傷を与えることはできない。


 痛みに激怒した巨大竜は、藤林に襲いかかり巨大な顎門あぎとで頭を噛み砕こうとする。跳び退いて避けると、今後は【炎旋風】を放った。


 巨大竜を呑み込んだ炎の竜巻が獲物を焼き尽くそうとする。しかし、巨大竜が全身を震わせて暴れると、炎の竜巻が吹き飛んだ。


「【炎旋風】でもダメか」

 藤林はとっておきの攻撃を使うことにした。『操雷術』の【雷竜牙】である。上下に巨大な牙のような稲妻が発生し巨大竜に襲いかかった。


 大電流が巨大竜の全身を駆け巡り、その臓器を焦がす。そして、巨体が倒れた。だが、その心臓は止まっていなかった。


 巨大な口から煙のような湯気を吐き出した巨大竜は、ギョロリと藤林を睨みながら、必死に起き上がろうとしていた。その執念のような思いを感じた藤林は怖気づく。


 そのままトドメを刺さずに逃げ出したのだ。今度は北に向かい始めた藤林は、一二本柱のストーンサークルに戻った。しかし、耶蘇市には戻らなかった。


 そのまま北へ行き、田崎市の転移ドームに繋がる七本柱のストーンサークルに向かう。その転移模様に足を踏み入れたが、転移は発動しない。


 田崎市にある転移ドームのリンク水晶が耶蘇市の転移ドームにセットされていないからだ。そのことを知らない藤林はストーンサークルの石柱を殴りつけて怒った。


「何で転移しないんだ。おかしいだろう」

 怒っても仕方ないのだが、苛々した気分をぶつけるように柱を蹴る。その時、転移模様が輝いた。誰かが転移してきたのだ。


「ん、誰だ?」

 転移してきた三人の探索者は、藤林の顔を見て誰だか気づいたようだ。

「こんなところで、何をしているんです?」


 藤林は、その探索者の顔を見て、田崎市にいた時にサポート役として使っていた工藤と美濃部だと気づいた。但し、もう一人は記憶にない。

「工藤と美濃部か。耶蘇市から来たんだが、田崎市の転移ドームには転移できないのか?」


「そりゃあそうですよ。田崎市のリンク水晶を耶蘇市の転移ドームにセットしないと無理です」

 藤林が首を傾げた。

「リンク水晶というのは何だ?」


 口ひげを生やした美濃部がちょっと馬鹿にするように笑う。

「知らないんですか。紫色の水晶玉です。田崎市のリンク水晶を別の転移ドームにセットすると、そこの転移ドームから入った者が田崎市の転移ドームに転移できるようになるんです」


 そんなことも知らなかったのかと、笑われたように感じた藤林はムッとした。美濃部に襲いかかると、その首にナイフを当て、工藤ともう一人を睨みつける。


「な、何をするんだ?」

「五月蝿い、お前たちは田崎市に戻ってリンク水晶を持ってくるんだ」

 藤林は美濃部を人質にとって、工藤にリンク水晶を持ってこさせた。田崎市では探索者がリンク水晶を管理しており、その探索者のリーダーが美濃部だったのだ。


「こんなことをしてどうするんだ? 田崎市の人たちにも、今回の件は話したぞ」

 藤林が不敵に笑う。

「お前たちの中に、私を倒せる者がいるとでも言うのか」


 藤林は三人を柱に縛りつけると、一二本柱のストーンサークルに戻って耶蘇市に転移した。そして、リンク水晶をセットする場所を探し当てる。


「ほう、ここにセットするのか? リンク水晶がないということは、コジローたちが持っているんだな」

 コジローたちが東下町の探索者に内緒にしていたことは明らかだ。そのことに藤林は怒りを覚えた。


 藤林は食料エリアに戻ってから田崎市に転移した。田崎市の転移ドームは、生き残った人々が暮らしている場所から五キロほど離れた場所にある。


 藤林が転移した場所に一人の探索者が待ち構えていた。

「美濃部さんたちは、どうした?」

「ふん、新しいガーディアンキラーか。私のことは聞いているな」


「知っている。おれがあんたに敵わないこともな」

「だったら、私の邪魔はしないことです」

「何をするつもりなんだ?」

「ちょっとした仕返しだ。それに忘れ物を取りに行かないと……」


 藤林はコジローに負けたとは思っていない。本気で戦えば、コジローに勝てると確信していた。接近戦はコジローに軍配が上がったが、それだけで探索者の強さが決まるわけではない。


 藤林は『操炎術』『操光術』『操雷術』の操術系スキルを持っている。その三つはマックスまたは高レベルにまで上げてあるので、強力な攻撃ができる。


「思い知らせてやるぞ。私が最後に勝つのだ」


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