第80話 ギガウミイグアナ

 俺たちはバッテリーと無線機を持って、小鬼区まで出掛けた。住宅地で無線機の電源を入れて、緊急用の周波数に合わせてみる。


 しばらく何か聞こえないか待ってみたが、何も聞こえなかった。そこで、こちらから呼びかけてみる。

「こちら、東上町の者だ。武藤さん聞こえるか? 聞こえたら応えてくれ」


 何度か呼びかけた時、応答があった。

『ガー……武藤だ、コジローか?』

「そうだ、大丈夫なのか?」

「ガガ……何とか生きている。だが、馬鹿デカイ……ウミイグアナみたいな化け物に囲まれて、動けない」


 無線から聞こえた話では、富永町の港に到着した武藤たちが目的の船を探して持ち帰ろうとした時、ギガウミイグアナの群れに取り囲まれたらしい。


 ギガウミイグアナという異獣は、海中で素早い動きができるようだ。そして、海上を進む船を船底から攻撃するという。


「その異獣は、水の中に入れるというの。初めてじゃない?」

 美咲が『不思議ね』という顔をしながら言った。異獣は水を嫌うものだというのが常識になっている。これは異獣の身体が重く、水に浮かない構造だからだ。


 ちなみに空を飛ぶ異獣は、鳥とは別の力で飛んでいるらしい。車のボンネットを突き破ってエンジンを破壊するような異獣が、鳥と同じように軽いというのはおかしいのだ。


「内部に空気袋みたいなものを持っているんじゃないか」

 俺が適当なことを言うと、誰も返事をできなかった。そのウミイグアナみたいな異獣を生きたまま解剖しなければ、確かめられないことだからだ。


「海とか川は、安全だと思っていたのですけど……そんな異獣がいる場所では、安全じゃないんですね」

 エレナが考えてから言った。


「それは良いとして、どうやって救出する?」

 美咲が尋ねた。富永町に行くには船が必要になる。だけど、船で行けばギガウミイグアナに邪魔をされるだろう。


「あっ、マグネブバードが来た」

 河井が大きな声で警告。俺たちは空を見上げた。二匹のマグネブバードが旋回している姿が目に入る。その中の一匹が急降下を開始する。


 俺は影刃狼牙棒を手に持ち構えた。

「無線機を仕舞ってくれ」

 俺の言葉に反応して、エレナが無線機とバッテリーをシャドウバッグに仕舞う。


 電波を発する無線機を仕舞っても、マグネブバードは襲撃を中止しようとはしなかった。俺たちを敵と認定して襲うことに決めたようだ。


 マグネブバードは俺に向かって落下する。飛び退いて【螺旋影刃】を発動する。ドリルのような黒い刃がマグネブバードに伸びて、その胴体を貫いた。


 もう一匹のマグネブバードは、急降下中にエレナの爆裂矢が命中する。驚くべき技量だ。エレナの『弓術』は、達人の域に達している。


「クチバシを残すかな」

 俺はマグネブバードのクチバシだけを残して、心臓石に変えた。このクチバシは硬く丈夫なので武器にするには最適なのだ。


「家に戻ろう。ここで話し合うのは危険だ」

「そうね」

 美咲が同意し河井もエレナも黙って歩きだした。ログハウスに戻ると、お茶を飲みながら話し合う。


 俺は大きな分県地図を持っていたので、テーブルに広げた。富永町の港に注目し、検討する。

「海の中にもテリトリーみたいなものは、あるんだろうな」

「そうね。ないなら、世界中の海に広まっているはずだもの」


 美咲の言葉に頷いた。富永町の港の沖に灯台が立つ小さな島があり、そこを中継基地として使おうかと考えていた。そうなると、どこまでテリトリーかが問題になる。


「行って調べるしかないよ」

 河井が言った。そうなんだが、その島までテリトリーだった場合には船を近づけると壊される恐れがある。


 海中から攻撃されると、俺たちには防ぎようがない。それが一番の問題なのだ。

「昔の戦艦のような船があればいいんだが」

「あっても動かせないだろ」


「あんな大きな船じゃなくて、小型装甲船だよ」

 河井が勝手なことを言っている。それを聞いた美咲が、何か思いついたようだ。

「なければ、造ればいいのよ」


 俺は呆れたという顔をする。

「冗談言うな。俺たちは造船技師じゃないんだぞ」

「本当の装甲船じゃなくてもいいのよ。普通の船を装甲すればいい」


 美咲が持つ『操氷術』のスキルの中に【氷造】というものがある。これは任意の形の丈夫な氷を造り出す能力で、これを使って船の周りに装甲を造りだそうと、美咲は考えたらしい。


「いいじゃないか。それなら中継基地なんて要らないな」

 俺が言うと、美咲が中継基地は必要だと言う。その理由は、【氷造】で造った氷は放っておくと融け出すので島で装甲を張り直したいそうだ。


「海の上ではできないのか?」

「対象物の全体を見ながらでないと……」

 完全に全体を見ている必要はないというが、船を正面から見ながら行うのがやりやすいらしい。


 俺たちは溜め込んでいた軽油を持って、海岸へ向かった。漁港には武藤たちが整備している漁船が三隻ほど残っていた。その中で一番古そうな船を選んで乗り込んだ。


 古い船を選んだのは、この船を残して戻ってくることになるかもしれないと思ったのだ。漁港を出発した俺たちは、二時間後に富永町の近くまで来ていた。


 途中、一度美咲が氷の装甲を船に張り付けている。おかげでスピードは落ちたが、安心して船を進められた。攻撃を受けることなく島に到着する。島はギガウミイグアナのテリトリーではなかったようだ。


 島に上陸した俺は、美咲が船の氷装甲を張り直している間に、灯台へ行って町の様子を見た。

「武藤さんたちが居るのは、あのヨットハーバーだ」

「綺麗なヨットが並んでいる。ギガウミイグアナたちは、ヨットを壊さなかったんだな」


 俺と河井が話しているとエレナが来た。

「準備が終わりましたよ」

「さて、行くか」

 俺たちは灯台から海岸へと下りていった。


 俺たちが乗ってきた漁船の船底から舷側にかけて、分厚い氷が張り付いている。その氷は透明な綺麗なもので頑丈なのだという。


 俺たちは漁船をヨットハーバーへ向かわせた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ヨットハーバーで待っている武藤たちは、遠くに見えるコジローたちの船を見てホッとしていた。

「コジローさんたちは大丈夫なんでしょうか? 僕たちの船はボロボロになっちゃいましたけど」

 黒井が不安そうな表情を浮かべて武藤に尋ねた。


「コジローたちも馬鹿じゃねえよ。何か対策してきているに違いねえよ」

「そうだよ。美咲さんも付いているんだから」

 二之部はコジローより美咲を評価しているようだ。


「おい、あの船、何か変じゃねえか?」

 武藤が漁船の周りにある氷装甲に気づいた。その時、一匹のギガウミイグアナが船の舷側に体当りして、鋭い爪で氷の装甲を掻きむしった。


 氷の欠片が海に落ちるが、装甲は無事だ。

「あっ、あの船は氷に覆われているんだ」

 二之部が大声で叫んだ。


「ほほう、考えおったな。美咲のお嬢ちゃんが『操氷術』を使ったんだな」

 武藤が無精髭を撫でながら言った。


 船の上でコジローが影刃狼牙棒を駆使して、ギガウミイグアナを仕留めるのが見えた。

「コジローさん、凄え。一撃でギガウミイグアナを仕留めてるぞ」


 二之部が感動したように声を上げた。その後も、次々にギガウミイグアナが襲ってきたが、攻撃を氷装甲が弾き返し、コジローたちの攻撃が異獣を仕留めていく。


 武藤が安堵したように息を吐き出した。

「これで助かったようだな」

 そう言った瞬間、甲高い獣の叫びが海に響き渡った。


 武藤は、何事かと周りを探す。そして、全長一〇メートルほどの巨大ウミイグアナが、海中に飛び込む姿が目に入った。


「な、何でだよ。何で守護者が出てくるんだ?」

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