第81話 御手洗市長と藤林

 守護者はヨットハーバーの武藤たちに向かっているのが見えた。

「まずい、守護者の化け物が武藤さんたちに向かった。急ぐぞ」

 俺は漁船をヨットハーバーへ進ませた。


「あいつ、デカイな」

 河井は海上を尻尾をくねらせながら進んでいる守護者の姿を見ながら言った。

 俺は船の上から、守護者に向かって【闇位相砲】を放った。突き出した拳の先に黒いエネルギーが発生し、それが光線となって海上を突き進んだ。


 黒い光は守護者の脇腹を掠めて海に突き刺さる。黒いエネルギーは海水を瞬時に分解し、巨大な穴を作った。次の瞬間、周囲の海水が流れ込み、守護者も一緒に引き込んで化け物を慌てさせた。

「コジロー、外したな」

「揺れる船の上からだと、難しいんだよ。でも、効果はあったようだぞ」


 守護者は、攻撃した俺たちに気づいたようだ。目標を俺たちに変えて、漁船へと向かってきた。守護者は氷の装甲で防御している漁船に体当りして攻撃する。


「きゃああ―――!」

 エレナが盛大に悲鳴を上げた。俺たちは海に放り出されそうになって、船にしがみついて耐える。


 守護者の体当たりを食らうたびに、氷の装甲が剥がれる。

「あんまり長くは保ちそうにないぞ。どうする?」

 河井が怒鳴るように問う。


「ここは私に任せて」

 美咲が漁船の船首に立ち、守護者を睨んだ。守護者は真正面から体当たりをしようとしていた。


 波が大きく漁船を揺らす。美咲は船首の保護柵バウレールを左手で掴み、天に向かって右手を突き上げた。『操氷術』の【氷爆】が発動。その右手から白いボールのようなものが守護者へと飛翔する。


 山なりに飛翔した氷爆ボールは、守護者の横に着弾し海水を凍らせた。着弾地点から五〇メートルほどの範囲が凍る。


 その範囲には守護者も入っていた。氷に包まれた守護者は眼だけをギョロギョロ動かすだけとなった。

 俺はシャドウバッグから、鋼鉄鞭を取り出した。『操磁術』を練習してスキルレベル2に上げた俺は、人間が操るには大きすぎる鋼鉄鞭を【磁力操作】を使って振り回し、船上から守護者の巨大な頭を鞭打った。


 鋼鉄鞭が守護者の頭に命中し、その皮と肉を削り取る。もう一度振り上げられた鋼鉄鞭は、高速で振り回され先端は音速を超え、衝撃波を伴いながら守護者に命中する。


 守護者の頭が深く抉られ虫の息となる。俺がトドメを刺そうとした時、美咲から止められた。

「ちょっと待って、前にゴキブリ護符を選ぶように、二之部君に頼んだ時に、守護者を譲ると約束したでしょ。今回は譲りましょ」


「仕方ない。そうするか」

 俺たちは先にヨットハーバーへ行き、武藤たちを船に乗せてから引き返して、二之部にトドメを刺させた。守護者は氷に包まれて身動きができない状態だったので、簡単に仕留められたようだ。


 守護者を仕留めた褒美は、全スキルのレベルアップで制御石の選択は念願の『五雷掌』を手に入れたらしい。


「ありがとう。助かった」

 武藤たちに礼を言われた俺たちは、東上町に戻ることにした。武藤たちが言っていた船は無事だったので、俺たちはエンジン付き帆船に乗り換えた。


 このヨットクルーザーと呼ばれる船は、数千万円するような豪華な船らしい。宝くじを当てた漁師が特注で造らせたもので、魚を入れる小さな魚艙と豪華キャビンが付いている珍しい船のようだ。


 美咲が船に氷の装甲を施し、燃料を入れて出港した。

 武藤は大澤町に船で遠征した時に、こんな船があったら便利だと思い、手に入れようと思ったようだ。


 俺たちは船の豪華キャビンを見て驚いた。キッチン・トイレ・シャワーがあり、テーブルとソファーもある。

「ここでパーティーができるな。武藤さんが欲しがるはずだ」


 俺たちは東上町までのキャビンでだらだらと過ごした。

 最近、働きすぎだと気づいたのだ。


 東上町に戻った俺たちは、武藤たちの家族から感謝された。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 東下町の新市役所で御手洗市長が、不機嫌な顔のまま行ったり来たりしていた。

「藤林の奴め、何を考えておるのだ」


 ガーディアンキラーが食料エリアから甲冑豚の肉やプチ芋を持って帰るようになると、東下町の住民が探索者を頼りにするようになった。


 最初の頃は、市長という肩書と御手洗という名前で市民たちを統率していたのだが、肩書も御手洗という名前も市民たちは重要視しなくなった。


 この狂った世界が始まった頃、東下町の人々は元に戻り一般的な生活が戻って来るのではないかと期待していた。しかし、時間が経ちそれが戻らないのだと悟る。そうなると、元の世界を代表する市長という存在を疑問視するようになった。


 市民たちは異獣に囲まれた世界、法律や経済が機能しなくなった世界で生きているのだと実感した。そして、市民たちに命令を出し、県からの配給品を好き勝手に分配している男に不信感を持った。


 しかも、何もかもが不足している世界で、市長だけは以前と変わらない生活を過ごしていると聞いて、市民たちは疑問に思った。市長、必要なのか? ということだ。


 そして、竜崎を筆頭とする探索者が食料エリアからの肉や穀物を持って帰るようになり、市長より探索者の重要性が増した。


 市長に面会しようとする者より、竜崎に会って相談する者が増え始めた時、市長は危機感を持った。


 そんな時、藤林が会って話がしたいと秘書に伝言を残した。藤林は自分の強さを探求する者だ。市長である自分を利用して探索者に協力させ、強くなった。


 だが、御手洗市長がガーディアンキラーを増やすことに重点を置き始めると、藤林との関係が不協和音を奏で始める。


 藤林は食料エリアで異獣を倒しても強くなれないと知って、食料エリアへ行かなくなったのだ。

 市長は藤林に食料エリアへ行くように指示した。しかし、藤林はその指示を五月蝿そうに無視するだけだった。

 その藤林が市長室を訪ねてきた。


「市長、藤林様が来られました」

 秘書がドアを開け、藤林を中に入れた。

「何か用かね?」


 藤林が鋭い視線で、市長を見た。

「市長、この市に居る守護者を好きに狩っていいという約束で、私はここに来たのだ。なのに、守護者を倒す機会を他の奴に譲れという。これ以上協力できませんね」


「今はしょうがないと思わないのかね。食糧不足なのは、君も知っているだろう」

「そんなこと、私には関係ない」


 市長が不快そうに顔を歪めた。

「何を言っている。君だって食糧は必要だろう」

「そんなものは、片手間で手に入る。私は守護者を倒したいのだ。竜崎たちに手伝うように命じてくれ」


 市長はふと疑問に思った。藤林ほどの実力があれば、竜崎たちの助けがなくとも守護者を倒せるはずだ。なぜ手伝いが必要だとこだわるのだ?


「藤林君、なぜ竜崎たちの手伝いが必要なのだね?」

 その質問を聞いた藤林がニヒルに笑う。

「愚問ですな。強い守護者を倒すには、サポート役が必要なのです」


「本当か。竜崎に聞いたが、強い守護者と戦うのは避けていたようだが?」

「そんなことはない」

「だったら、草竜区や竜人区、飛竜区の守護者を倒さないのは、なぜかね?」


「まだ倒す準備が済んでいないだけだ」

 御手洗市長が馬鹿にするように鼻を鳴らす。

「ふん、東上町のコジローとかいう探索者の方が強いようだな」


 藤林が初めて不機嫌な顔をする。

「馬鹿を言わないでくれ。人類で一番強いのは私だ」

「どうだろう? 本当に君は強いのかね?」


「当たり前だ」

「そうかな? 本当は一人で守護者を倒すのは怖いんじゃないのか?」

「私が怖がっている? そんなことがあるわけないだろう」


「だったら、君の強さを証明してくれ。草竜区や竜人区の守護者を一人で倒してもいいし、そうだ……コジローと戦って倒すのもいいな」


「馬鹿な……人を殺せというのか?」

「殺せなんて、言っていませんよ。倒すだけです。相手を戦闘不能にしたら勝ちです」


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