第71話 御手洗市長の計画
藤林と竜崎、日比野の三人は、食料エリアに転移した。
「まずは、プチ芋と甲冑豚だな」
「そのプチ芋とか甲冑豚というのは何です?」
「コジローたちは、そう名付けたようです」
竜崎からの情報に、藤林が鼻で笑った。
「ふん、センスを感じられない名前ですね。まあいいでしょう。私が甲冑豚を仕留めますから、二人はプチ芋を収穫してください」
藤林がそう言って甲冑豚を探しに行った。藤林は日本刀ではなく槍を持っていた。この槍は田崎市の守護者から偶然奪った槍で『雷槍』と呼んでいる。
藤林は簡単に甲冑豚の群れを発見する。
「さて、何で仕留めようかな。【紫炎撃】にしよう」
『操炎術』のスキルレベル5で使えるようになる【紫炎撃】は、青紫に輝く炎をレーザーのように撃ち出す攻撃技である。
右手で狙いを付けた藤林は、その人差し指から紫炎が発射され甲冑豚の頭を貫いた。【紫炎撃】の貫通力は、それほどでもない。だが、鎧のような皮に覆われた頭部に穴を開けるだけの威力はあった。
藤林は『亜空間☆☆☆☆』のスキルを使いゲートを開き、甲冑豚の死体を放り込んだ。このスキルで接続できる亜空間は、ゲートを開いている間しか時間が経過しないという特性を持っている。
なので、血抜きなどの処理を後回しにしても問題なかった。ただスキルレベルによって確保される亜空間の容量が制限されるので、現在スキルレベル3の藤林は三メートル四方の容量しか入らなかった。
藤林は四匹の甲冑豚を狩り、竜崎たちがプチ芋を掘り出しているところに戻った。
「どれほど、収穫できたんだい?」
「二トンほどだ。後二トンは必要だろう」
「そうか、頑張ってくれ。私は少し探索してくるよ」
藤林が去っていく後ろ姿を睨む日比野。
「あいつ、絶対手伝いましょうとか言わないんだよな」
「そういう奴だと思って、諦めろ」
竜崎たちはプチ芋を掘り出す作業を続けた。
藤林は森が見える方へ向かう。その森から五〇メートルほどに近付いた時、巨大な虎が姿を現した。
「デカイな。四メートルはありそうだ」
雷槍を左手に持った藤林は、まず【紫炎撃】を放った。青紫の炎が巨虎に命中し、縞模様の毛皮を焼いた。だが、表面を焼いただけで大きなダメージは与えられない。
藤林は舌打ちをして雷槍を構えた。巨虎は藤林を睨み巨体を飛翔させた。ジャンプして上から藤林を襲った巨虎の牙が空中でガチッと音を響かせる。
藤林が横に跳んで躱したのだ。着地した巨虎に、槍が突き出された。ネコ科特有の靭やかな動きで雷槍を躱した巨虎は、前足の爪で藤林を薙ぎ払う。
鋭い爪が藤林を掠めた。肩から流れ落ちる血を見た藤林は不機嫌な顔になる。【爆炎撃】を連続で一〇連発ほど放った。巨虎は大したダメージを負っているようには見えない。
距離を取った藤林は、ポーションを取り出して飲んだ。そして、雷槍を片手に持った藤林は、巨虎を目掛けて全力で投げつける。雷槍はバチバチと放電しながら飛び、巨虎の胴体に突き立った。
その瞬間、雷槍が高電圧の電気を放電した。内臓が焼け、巨虎が倒れる。
「ふうっ、手古摺らせましたね。……やはりレベルアップしないようだ。食料エリアで戦うだけ無駄ということか。だが、芋掘りなどできないしな。そろそろ、田崎市へ戻るか」
藤林は食料確保に興味はなく、自身の強さだけを追い求めているようだ。藤林は森に入ってリンゴのような果物を見つけて、数個だけ回収した。自分が食べる分だけである。
藤林が竜崎たちのところに戻った時、プチ芋の収穫作業が終わっていた。
「そろそろ帰りましょう」
竜崎は東下町の探索者が協力して作った大型シャドウバッグを影空間に沈めた。
「森の方に行ったようだが、あの森には何があるんだ?」
「巨虎に遭遇しました。もちろん倒しましたよ。森自体は少し果物が実っていたようだが、果物より甲冑豚やプチ芋が必要なんだろ」
できれば果物を収穫したかったが、時間がない。竜崎たちはストーンサークルへ行って耶蘇市に戻った。
竜崎たちは御手洗市長に、食料エリアで甲冑豚とプチ芋を回収したことを報告する。
「また豚と芋か。何とかならんのか?」
市長は変わったものが食べたいらしい。この市長は珍味好きで有名だ。猿の脳味噌からゴキブリまで食べたという。
ちなみに、世の中には食用ゴキブリというものがある。マダガスカルゴキブリという種類で味はエビに似ているらしい。市長から自慢された時、竜崎はどつきたいという欲求で手が震えた。
「市長、今日は巨虎を倒して、持ってきました。旨いかどうかは分かりませんが、試してみてください」
藤林がそう言うと、市長が嬉しそうにする。
「本当かね。儂も虎を食ったことはない。料理人に渡してくれ。さすが藤林君だ」
竜崎は料理人たちが可哀想だと思った。虎の肉は筋張っており、不味そうに思えたからだ。その食材を美味しいものにするのに、料理人は苦労するだろう。
市長は持ち帰ったプチ芋と甲冑豚の量を聞いて顔をしかめた。
「プチ芋の量が少ない。サボっていたんじゃないだろうな」
「これだけの量を掘り出してくるのも大変なんですよ。食料エリアに入れる人数を増やさないと、これ以上は無理です」
市長が不機嫌な顔になった。
「チッ、東上町の奴らが守護者を倒したからだな。何かいい方法がないか?」
藤林が嫌な笑いを浮かべる。
「装甲列車が走っている沿線には、無人の町が残っています。その町に探索者を派遣して、守護者を倒させるというのは、どうです?」
「しかし、守護者を倒すのはガーディアンキラー以外の者たちでないと意味がないぞ。そんな奴らに倒せるのか?」
市長は、その他大勢の探索者たちを信用していなかった。
「それは、県の協力とガーディアンキラーとなっている者たちがサポートすれば大丈夫でしょう」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
御手洗市長と藤林が県を巻き込んで、勝手な計画を立てた少し後。
俺たちはもう一度三谷町の転移ドームへ行って、耶蘇市の転移ドームから持ってきたリンク水晶を壁に嵌め込んだ。
「これで耶蘇市のリンク水晶を三谷町の転移ドームにセットして、三谷町のリンク水晶を耶蘇市の転移ドームにセットしたことになる。どうなるか試してみよう」
今回同行したのは、エレナ・美咲・河井の三人と武藤だけだ。俺たちは転移模様に足を踏み入れた。床が輝きを放ち、頭にメッセージが響いた。
【行き先を選択してください】
【一、食料エリア】
【二、耶蘇市】
「何だ? 直接耶蘇市へ行けるのか」
俺が声を上げると、美咲が、
「そのようね。一度試してみましょう」
美咲の提案で、俺は耶蘇市を選択した。次の瞬間、一瞬だけ意識が途絶えた。
目を開けると見覚えのある光景を目にする。耶蘇市の公園にある転移ドームだ。
「おおーっ、本当に耶蘇市へ来ちゃったぞ」
河井の声が聞こえた。エレナと美咲を見ると、驚いた顔をしている。
「おい、こいつは凄いことなんじゃねえか」
武藤が言う通りだった。だが、この機能を使えるのが、ガーディアンキラーだけだというのが問題である。
俺たちは転移ドームの転移機能を調べて、いくつか分かったことがある。一つはどちらか一方のリンク水晶をセットしただけでは、直接もう一方の転移ドームへ転移はできないということ。
そして、その状態でも食料エリアを通過して一〇本柱のストーンサークルへ行けば、三谷町の転移ドームへ転移できることが分かった。
ちなみにロックシステムも発見した。リンク水晶を嵌め込んで指を当てたままロックすると念じれば、他人が取り出せなくなるらしい。
俺は三谷町と耶蘇市のリンク水晶をロックした。
俺たちがリンク水晶の実験を終えた頃、県の特殊精鋭チームのリーダーである熊田が、東上町に現れた。
「熊田隊長、どうして耶蘇市に?」
「県で新しい計画が持ち上がった。それに君たちの協力が必要なんだ」
その計画が御手洗市長の発案だと熊田隊長から話を聞いて、俺はちょっと警戒した。
県全体として、ガーディアンキラーの人数を増やしたいという計画だった。その趣旨は賛成できるものだ。だが、何となく御手洗市長の発案だというのが気に入らない。
詳しい計画内容を聞き出し整理すると、各地方からガーディアンキラーと普通の探索者を出して、組み合わせてチームを作り、無人の町に派遣して、そこの守護者を倒させるという。
「東上町からは、四人のガーディアンキラーを出して欲しい」
「普通の探索者は?」
熊田隊長が溜息を吐いた。
「御手洗市長が、すでに普通の探索者を人選している。東上町から出すのはガーディアンキラーだけだと聞いているよ」
美咲とエレナが顔をしかめるのが分かった。あの市長は東下町の利益だけを考えて提案したようだ。
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