第70話 東下町の食糧不足

 俺たちは壁にあるリンク水晶を回収した。

「こいつが重要になってくるな」

 俺の言葉に、武藤が頷いた。


「耶蘇市の転移ドームにあるものも回収しないと」

 美咲が真剣な顔で言った。

「でも、その前に食料エリアに何があるか確認しようぜ」

 河井は、三谷町の転移ドームから辿り着く食料エリアで、何が回収できるのかに興味があるようだ。


「そうだな。とにかく食料エリアへ行ってみよう」

 俺たちは食料エリアへ転移した。転移した先には、一〇本の柱があるストーンサークルだった。


「ほう、ここが食料エリアなのか」

 武藤たちと忠宏、三弥がキョロキョロと周りを見回している。そのストーンサークルは、丘の上に存在した。


「見晴らしがいいですね。あっ、あれは蓬雷山じゃないですか」

 エレナが遠くにある山を指差した。確かに見覚えのある山がある。いくつかのランドマークを決めて、見える角度を調べれば位置が分かるかもしれない。


「向こうの方にある森、何だか見覚えがあるんだけど、果物を採取した森じゃないか」

 俺が見覚えがあると言った森は、周りにある森より、緑の色が少し濃いように見える。


 美咲が目を凝らしして何かを探し始めた。

「何を探しているんだ?」

「あれが果物を採取した森なら、一三本の柱があるストーンサークルがあるはずじゃない」


 なるほどと思い、俺もストーンサークルを探し始めたが、遠すぎて見つからない。

「そうだ、いいものがあります」

 エレナが影空間から小型のシャドウバッグを出して、中から双眼鏡を取り出した。


「あっ、ありました。ストーンサークルです」

 エレナが探していたストーンサークルを発見したようだ。俺も双眼鏡を借りてストーンサークルを確認する。間違いない。あのストーンサークルだ。


「そうなると、あの森の向こうに、耶蘇市から転移するストーンサークルがあるんだな」

「ちょっと、私にも双眼鏡を貸して」

 美咲が声を上げた。


 美咲は双眼鏡で何かを探しているようだ。

「ああ、やっぱりいた。ピンクマンモスの群れが、うろうろしている」


 俺はげんなりした顔をする。あんなデカイ奴が群れでいるなんて、最悪だ。

 弘樹たちが双眼鏡を貸してと頼んだ。自分たちで確認したいらしい。ピンクマンモスを見つけて騒いでいる。


「さて、そろそろ下に行こうぜ」

 武藤が丘を下り始めた。

「日本での距離より、ここでの距離が短いのかな。それとも偶然なのか」

 エレナが首を傾げた。

「どうかな。でも、あの森に行くには、ピンクマンモスをどうにかしないと」


 あのマンモスを倒すには、俺が持つ『操闇術』の【闇位相砲】クラスの攻撃が必要だろう。昔は人類がマンモスを罠と槍で倒したと本に書いてあった気がする。


 だが、ピンクマンモスを落とすような罠を造る労力を考えると、現実的ではない。ピンクマンモスに見つからないように遠回りして森へ行くのが、ベストだろう。


 俺たちは少し回り道をして森へと向かった。その途中、思いがけない発見をした。サトウキビらしい植物を発見したのだ。


「凄い、これが本当にサトウキビなら、砂糖が無くなる心配をせずに済むのね」

 エレナと美咲、それに弘樹たちが喜んだ。実は俺も嬉しい。甘いものも好きなのだ。


 シャドウバッグに大量のサトウキビらしい植物を詰め込んだ。発見したのはサトウキビだけではない。忠宏が小さな川を発見して、そこにワサビのような植物も発見したのだ。


 ただ、その川には巨大トカゲが棲息していた。全長三メートルほどでわにに似ているが、背中に赤いヒレがある。


「このヒレ鰐も食べられるのか?」

 武藤が呟いた。俺は首を傾げてから、影刃狼牙棒を構えた。ヒレ鰐は凶暴だったが、パワーアップした探索者が、これだけ揃っていれば問題なく倒せた。


「鰐は旨いのか?」

 弘樹が質問した。三弥と忠宏が肩をすくめた。俺たちに聞いても分かるわけないだろう、という感じだ。


「鰐は、鶏肉に似ているかな。ジューシーな鶏胸肉という感じ」

 美咲が鰐肉を食べた経験があるらしい。弘樹たちが感心したように頷いている。


 俺たちはヒレ鰐の頭部を切り落として、血抜きをしてから内臓を捨てた。シャドウバッグに入れる。試食して食べられるのなら、皆に肉を分けようと考えた。


 甲冑豚三匹を狩りプチ芋を収穫してから、俺たちはストーンサークルに戻った。少し休憩してから、三谷町に転移する。


 三谷町から大澤町に行き、海岸へ向かい船で耶蘇市に戻る。

 その日は何もする気が起きず、夕食を食べると寝た。


 翌朝、起きるとヒレ鰐の肉が朝食に出てきた。ヒレ鰐の肉やサトウキビらしいもの、それにワサビを調べるように加藤医師へ頼んだのだが、ヒレ鰐の肉だけは大丈夫だと結果が出たらしい。


 翌日、俺たち四人は公園の転移ドームへ行く。そのドームでリンク水晶が残っているのを確認して、ホッとした。


「竜崎たちに回収されたんじゃないか、と心配したけど、良かった」

 その時、竜崎と日比野がドームに入ってきた。日比野も入れたということは、守護者を倒したのだろう。

「コジローたちも、食料エリアへ行くのか?」


 今回はリンク水晶が目的だったので、食料エリアへ転移するつもりはなかった。

「いや、食料エリアから帰ってきたばかりだ」

「そうか。何を回収したんだ?」


 答える必要はないのだが、竜崎とは敵対しているわけではないので、教えることにする。

「ヒレ鰐と甲冑豚を狩って、プチ芋を収穫した」

「甲冑豚はアルマジロのような豚だな。ヒレ鰐というのは、どんな奴だ?」


「背ビレがある鰐のような化け物だ。肉は鶏肉のような味がする」

 教えてもらった竜崎は礼を言った。


「ところで、藤林がいないようだけど、どうしたんだ?」

「少し遅れてくるだけだ」

 竜崎の答えを聞いて、日比野が顔をしかめた。

「あいつは飲みすぎて二日酔いなんだ。出る前にシャワーを浴びたいから先に行け、とか言いやがった」


 藤林と竜崎たちは、あまり上手くいっていないようだ。

「あいつばかりが、守護者を狩るもんだら、東下町のガーディアンキラーは、私と竜崎さんしかいないんだぞ」

 日比野は不満が溜まっているようだ。


「東下町は、食糧はどうなんだ?」

 竜崎たちの顔が曇った。どうやら、東下町の農地でも不作だったようだ。まあ、休耕田や荒れ地を水田や畑にしたばかりだったのだ。不作なのは仕方ない。


「食糧は不足するだろう。東上町は?」

「同じようなものだ。元々農家だった知人は、仕方ないと言っていた。土作りを続ければ、収穫量は上がるだろうと言っている」


「そうか、どこも同じなんだな。食料エリアは、その救済策ということか。しかし、守護者を倒した者しか食料エリアに入れないというのは、思ってもみなかった。早くから守護者を狩って、実力のある探索者を育てていれば……」


 竜崎は後悔しているようだ。そこに藤林が来た。

「何だ、君たちも一緒に連れて行って欲しいのかい?」

 俺は藤林の顔を睨んだ。

「違う。俺たちは帰るところだ」


「そうか。東上町は四人か。東下町は負けているんだな」

 何のことを言っているのか分からなかったが、ガーディアンキラーの人数を言っているようだ。日比野の顔を見ると怒りが浮かんでいる。


 俺たちは帰ることにした。公園を離れ、小鬼区へ入った時、河井が口を開いた。

「なあ、東下町が食糧不足になったら、御手洗市長はどうすると思う?」

「考えたくもないが、東上町から食料を取り上げようとするかもしれないな」


「武藤さんたちと相談しなければ、ならないみたいね」

 河井が不安そうな顔をする。

「まさか、東下町と東上町で食糧の奪い合いみたいにならないだろうな」


 美咲が深刻な顔になって考えた。

「それは……さすがにないと思うけど、何か言ってくるかもしれない」

「勝手なことを言う前に、探索者をサポートして、守護者を倒せるまで育てればいいんだ」

 河井が正論を言う。


「おっ、河井が成長している。ガーディアンキラーは人間を成長させるのか」

「茶化すなよ。自分だって、考える時もあるんだ」

「ごめん、そうだよな」


 俺たちは東上町に戻って、武藤たちと相談した。

「そうじゃないかと思っていたが、やはり東下町で食糧不足になりそうなのか」

 武藤が暗い顔をして考え込んでしまった。


 美咲が何かを思い付いて顔を上げた。

「御手洗市長なら、もっと悪賢いことを考えそうじゃない」

 そう言われても、俺には想像できなかった。


「例えば、県を巻き込んで対策を打て、と騒ぎ出すんじゃないかしら」

 俺は納得して頷いた。


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