第3章 混沌編
第67話 大澤町の守護者
食料エリアの封鎖が解かれてから、定期的に食料エリアへ行き甲冑豚やプチ芋、果物を回収してくるのが、俺たちの仕事になっている。
しかし、俺たちだって人間なので身体の調子が悪い時や、別のことをしたい時もある。そこでガーディアンキラーを増やすことを真剣に考え始めた。
「ガーディアンキラーを増やすと言っても、自分たちが知っているテリトリーの中で残っているのは、草竜区・飛竜区・精霊区だぞ。武藤さんたちや三弥たちに仕留められるとは、思えないんだけど」
河井の言葉にも一理ある。俺たちは線路の北側を中心に探索しているので、線路の南側についての情報をほとんど持っていない。なので、把握している異獣テリトリーの数が少ないのだ。
これには理由がある。東下町の探索者が線路の南側を俺たちのものだと主張していること、それに強い異獣のテリトリーが多いということだ。
東下町の探索者の主張など無視すれば良いのだが、強い異獣のテリトリーだというのは問題だ。
「線路の南側も、弱い守護者は藤林たちが倒したと思うのよ」
美咲の言葉に、そうだろうなと思いながら皆が頷く。
その時、弘樹の声がログハウスの玄関から響いた。
「こんにちは、コジローさん居ますか」
俺は入ってこいと声を上げる。弘樹・忠宏・三弥の三人が、俺たちが話をしていたリビングに入ってきた。
「武器のことで相談に来ました」
俺は座るように言ってから、弘樹に武器を作ってやると言ったことを思い出す。
「そうだった。武器を作ってやると約束したんだったな。どんな武器がいいんだ?」
三弥が嬉しそうに笑って、有名な武器の名前を挙げた。
「
俺は知らなかったが、美咲が知っていた。天下三名槍の一つで、戦国時代に生まれた徳川四天王の一人本多忠勝が愛用した名槍らしい。
本当の蜻蛉切を作れるわけもないので、似た槍が欲しいということだ。蜻蛉切は笹穂槍と呼ばれる種類の槍で刀身の形が笹の葉に似ている。この形なら、突くだけでなく払って斬ることもできそうだ。
「いいだろう。三人とも同じでいいのか?」
「いいよ。三人で話し合って、これに決めたんだ」
『槍術☆』のスキルを持っていない弘樹と忠宏は、新しく取得するという。
「ところで、何を話していたの?」
弘樹が尋ねた。俺は他の探索者をガーディアンキラーにする相談をしていたと話す。
「それなら、いいアイデアがある」
忠宏が得意そうに言う。そのアイデアを聞いてみると、弘樹たちが住んでいた大澤町へ行って守護者を倒すというものだ。
大澤町には、小獣区・羊人区・巨人区というテリトリーがあり、小獣区と羊人区なら守護者を倒せるだろうという。
「大澤町か、隣の三谷町はどうなんだ?」
俺が尋ねた。三谷町は大澤町の五キロほど西にあり、歩いて行ける場所なのだ。
「三谷町は知らない。大澤町から道路を通って行った最初の地点が、巨大な昆虫が棲み着いている場所だったから、入らなかった」
「デカイ昆虫くらいで、ビクビクするなよ」
河井が言うと、弘樹たちが顔をしかめた。
「一メートルくらいの巨大ゴキブリがうじゃうじゃ居たんだ」
それを聞いたエレナと美咲が、ガタッと立ち上がった。二人の顔が青くなっている。
「賢明な判断よ。そんなところへは絶対に行くべきじゃない」
珍しくエレナが強い口調で言った。美咲も頷いている。
俺も気持ちは分かる。だが、ゴキブリ区の奥には狙い易い守護者がいるテリトリーもあるかもしれない。
「まあ、三谷町は置いておくとして、大澤町の守護者は倒して、ガーディアンキラーを増やしたいな」
その点については、皆も賛成した。
「大澤町だと船で行くしかないか。武藤さんに船を出してもらいましょう」
美咲が提案した。貴重な燃料を使うことになるが、食料エリアに行ける探索者を増やすためなので、武藤も反対はしないだろう。
「でも、稲刈りが終わってからになりますね」
エレナが稲刈りの件を思い出させた。農家の人々から稲刈りを手伝ってくれと言われているのだ。機械で稲刈りをする水田もあるが、全部ではなく一部は手で刈る予定であり、東上町の町民総出で行うことになっている。
手で刈るのは、稲刈りに慣れるためだ。来年は機械を使えないかもしれないので、少しでも慣れる必要がある。
俺はマグネブバードのクチバシやブレードクロウの爪を組み合わせて弘樹たちの武器を製作した。笹穂槍三本が完成すると、弘樹たちは非常に喜び黒井や二之部に自慢したようだ。
高校生の二之部は羨ましがり、俺に自分にも作ってくれと訴えた。武藤たち探索者には、ガーディアンキラーになってもらう必要があったので引き受ける。
武藤がバトルアックス、柏木が弘樹たちと同じ笹穂槍、黒井が薙刀、二之部が長柄のウォーハンマーを選んだ。材料は溜め込んでいたので、注文に合致した武器を製作して渡した。
武藤たちは非常に喜んで、大量の
「久しぶりの秋刀魚だ」
その夜、俺たちは秋刀魚を焼いて、秋の味を楽しんだ。
武器と秋刀魚では価値が釣り合わないが、その気持ちが大切だと俺は思う。弘樹たちや武藤たちは、実際に新しい武器を使ってみて満足したようだ。
特に笹穂槍は非常に使いやすく威力のある武器となったようで、奇獣区のワイルディボアを武器で倒せるようになったと喜んでいた。
稲刈りの季節が来て、俺たちも忙しくなる。作柄は良くなかったが、新米を手にした東上町の人々の顔には笑顔があった。
秋は様々な作物の収穫時期でもあり、それらの収穫も終わってから農閑期となる。俺たちは大澤町へ行く準備を始めた。
大澤町へ行くのは、俺たち四人と弘樹たち三人、それに武藤たち四人である。その人数を考慮して武藤が用意した船は、一二人乗りの小型ボートだった。
晴れた日の朝、日焼けした顔の武藤が、船に乗るように言う。
「いいな。おれたちも操縦できたら、こんなボートで大澤町から来れたのに」
忠宏がレーニン像の足漕ぎボートを思い出して言った。
俺はあの足漕ぎボートがどうなったか気になった。
「あの足漕ぎボートは、どうなったんだ?」
「さあ、あの海岸へは行ってないから」
弘樹たちも知らないようだ。
武藤の操縦でボートが沖へと進み始める。海岸沿いを大澤町へと向かい、二時間ほどで到着。弘樹たちの目から見て、大澤町は変わっていないように見えるという。
全員がボートを降り、まず小獣区へ向かった。ここにいる異獣は、バッドラットとホーンラビットである。守護者は体長二メートルほどのネズミの化け物らしい。
「ここの守護者は、忠宏に倒してもらおう」
俺が提案すると、皆が賛成した。弘樹たちに案内されて、守護者がいる小学校へ向かう。小学校の校舎は昔のままの姿を保っていたが、校庭は雑草が生い茂り荒れ果てていた。
「この学校の校庭は、少しおかしいな」
俺が言うと、弘樹が首を傾げて問う。
「どういう意味?」
「校庭は、普通の土じゃなくて、砂利や粒の大きい重たい土を使うことが多いんだ。そういう校庭はあまり雑草が生えない」
「守護者が棲み着いたからかな?」
「どうだろう。それより、忠宏は頑張れよ」
少し緊張した感じで、忠宏が頷いた。
巨大ネズミの守護者は、それほど強い守護者ではない。巨大ネズミと忠宏の戦いは短時間で決着がついた。忠宏の笹穂槍が巨大ネズミの胸を貫き、息の根を止めたのだ。
「やったー!」
忠宏が満面の笑みを浮かべて喜んでいる。その後、レベルアップの苦痛が待っていると分かっていても、飛び跳ねたいほど嬉しいようだ。
守護者を仕留めた褒美は、所有するスキルから任意の一つをレベルマックスまでアップさせるというものだったので、忠宏は取得したばかりの『操水術』をマックスにした。
制御石の選択は、小獣護符にしたようだ。
次に羊人区へ向かう。ここの異獣は羊人間とも呼ばれるシープマンだ。逞しい身体に羊の頭が載っているシープマンは、手斧を武器にしていた。見た目は強そうだが、実際に戦ってみると楽勝だった。俺たちはシープマンを蹴散らして守護者のいる場所へと進んだ。
ここの守護者を倒すのは、三弥ということになった。守護者は身長が二メートル半ほどもあるシープマンで、口から煙を吐いていた。手に持つ武器はバトルアックスである。
「ねえ、何で煙を吐いているの?」
強張った顔の三弥が尋ねた。三弥自身も答えは分かっているのだろうが、俺が答えてやった。
「それは、あいつがヘビースモーカーだからだよ」
「そんな訳あるかぁー!」
三弥が大声を上げた瞬間、巨大シープマンが口から炎を吹き出した。三弥が悲鳴を上げて逃げ出す。
「皆、援護するぞ」
俺の号令で、エレナが爆裂矢を放った。爆裂矢は巨大シープマンの肩に突き立ち爆発する。だが、軽傷を与えただけ。
俺は擂旋棍を持って、巨大シープマンに近付き右太腿に叩き込む。骨が折れるほどの打撃ではなかったが、筋肉を押し潰し破壊したようだ。
巨大シープマンがよろけた。それをチャンスと見た美咲が薙刀を脇腹に送り込んだ。ザクリと裂傷が生まれ体液が流れ出す。そこに河井が掌打を叩き込んだ。巨大シープマンが弾き飛ぶ。
武藤たちも攻撃を加えた。おかげで守護者はふらふらになる。
「よし、三弥、行け!」
俺の叫びで、笹穂槍を構えた三弥が走り出し、勢いを付けたまま巨大シープマンの首に穂先を突き入れる。
それがトドメとなった。守護者を仕留めた三弥への褒美は、所有するスキルのレベルを全て一つアップするというものだった。その直後、三弥が倒れた。レベルアップの苦痛が襲ったのだ。
苦痛が去った後、制御石の選択は、『操光術☆☆☆』のスキル取得にしたようだ。
「三弥、かなりレベルアップしたんじゃないか?」
弘樹が尋ねた。三弥がニヤッとする。
「五つ上がった」
「いいな。僕は三つだけだった」
弘樹たちがガーディアンキラーになったので、次は武藤たちの番である。
「次は武藤さんの番ですね」
「だけど、次は巨人区じゃねえか。トロールのテリトリーなんだろ。大丈夫なのか?」
「皆が援護しますから」
武藤が頷いた。
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