第66話 探索者たちの期待

 耶蘇市に県の技術者と作業員が来て、町内会で取り決めた建物と俺たちが指定した建物の電気を復活させた。俺たちが巨竜区の守護者を倒したからだろうか、東上町までの配電工事もやってくれたのだ。但し、工事に使う重機や機械に必要なガソリンと軽油は、俺たちが提供することになった。


 県全体でもガソリンや軽油は貴重らしい。俺たちは町にあった精米機や洗濯機をコンビニだった建物に集めた。そこに配電して、洗濯と米の精米をするためである。


 最初は保育園をコインランドリーみたいな施設にしようと考えていたが、コンビニの近くに古い井戸が残っていることが分かり、その井戸を復活させれば、水が自由に使えるので、コンビニに洗濯機を集めることにした。


 精米機は籾摺りと精米の両方ができる機械を選んだ。これで籾の状態で持ち込み機械で処理すると食べられる米ができる。

 洗濯機で使う洗剤は備蓄があるので、当分は大丈夫だろう。だが、将来を考えれば何か代用品を考えなければならない。


 その他にも俺のログハウスや武藤たちの家、それに製材所でも電気が使えるようにした。製材所が復活したことは、東上町にとって大きなプラスになる。


「今年の作物は、あんまり期待できないそうだぞ」

 ログハウスで狩りに行く準備をしていた俺たちに、河井が告げた。

「そうなると、武藤さんの漁と俺たちの食料エリアでの活動が重要になるな」


 武藤によると水産資源は、漁をする者が激減したので増えているそうだ。軽油が手に入ったので、漁船を使った本格的な漁も計画しているらしい。

 ただ燃料に限りがあるので、二、三回だけになるだろう。


 狩りの準備が終わった俺たちは、食料エリアへ向かう。途中、弘樹と出会った。

「今から食料エリアへ行くなら、おれも連れて行ってくれよ」


「忠宏と三弥はどうしたんだ?」

 河井が尋ねると、小山農場へ行ったという。人手が多い方が良いと思った俺は許可した。

「やったー」


 小鬼区から草竜区へ入ったところで、ソードサウルスに遭遇した。体重が二トンほどもありそうな巨体を揺らして近付いてくる。


 河井が新しいスキルを試したいので、任せてくれと言い出した。

「大丈夫なのか?」

 俺が心配して尋ねると、心配無用だと言い切った。


 河井が新しく身に付けたスキルは『五雷掌』である。道教修行者の秘術らしいが、俺も詳しいことは知らない。河井は空手の型のような仕草をして、大きく息を吸い込んだ。


 その瞬間、河井の身体の表面にバチッと放電現象のようなものが走った。そして、凄まじいスピードで突進を開始する。一瞬でソードサウルスの横腹に取り付き、異獣の腹に掌打を叩き込んだ。


 普通なら効果がないはずの攻撃だった。だが、その掌打によりソードサウルスの巨体が浮き上がり横倒しとなる。河井の掌から何らかのパワーが出ているようだ。


「凄え、どんなスキルを使ってるんだ?」

 弘樹が驚いたように声を上げる。

「よし、【地雷】でトドメだ」


 河井は跳躍し横倒しとなっているソードサウルスの頭に蹴りを叩き込んだ。ドンという雷が落ちたかのような音が響き、異獣の内部で爆発が発生する。その頭から目が飛び出し息絶えた。


 河井が使った『五雷掌』には、スキルレベル1で雷気を取り込むことで敵の攻撃を撥ね返す【五雷開身】、スキルレベル2で素早い動きを可能とする【五雷歩法】、スキルレベル3で掌打により敵へ絶大な衝撃を叩き込む【天雷】、スキルレベル4で蹴りにより敵の内部を破壊する【地雷】という技が使えるようになる。


「どうだ、コジロー。凄えだろう」

 河井が得意そうに言った。俺は同意するように頷く。すると、美咲がからかうように、

「ミチハルのくせに、生意気なスキルを身に着けたみたいね」

「美咲さん、ミチハルのくせには、ないんじゃないか」


 エレナが心臓石を拾い上げ、河井に渡した。

「本当に凄かったですよ」

「エレナさんは優しいな。それに比べて……」

 河井がチラッと視線を向けたのに気づいた美咲が、河井の耳を引っ張った。


「イテテ……」

「私がどうかしたの?」

「何でもないです。コジロー、笑っていないで、助けてくれよ」

 河井以外は笑っていた。


 俺たちは草竜区から公園に入る。弘樹もガーディアンキラーなので、中に入れた。初めて見た食料エリアへの入り口に、弘樹が目を丸くする。


「こんなもので驚くなよ。これからが凄いんだから」

 河井が弘樹の反応を面白がっていた。


 俺たちは食料エリアへ転移した。

「うわああーー」

 弘樹が食料エリアの景色を見て声を上げた。


「食料エリアって、こんなに広い場所だったんだ。本当に別の惑星じゃないの?」

 俺は首を振って、太陽みたいな光源を指差した。

「あの太陽みたいな代物が、時間が経っても動かないんだ。惑星だったら、ありえないだろう」


「だったら、あの太陽みたいなものは何なの?」

 俺は肩をすくめ、『分からない』と答えた。

「こんな世界を創るなんてことは、神様みたいな力を持ってないとできないだろ。あの声は神様なのかな」


 弘樹の問いには誰も答えられなかった。俺たちは考えるのをやめ、前回プチ芋を掘り出した場所へ行ってみた。掘り出した痕跡は残っていた。だが、新しいプチ芋草が伸びて元の状態に戻っている。掘ってみると、パチンコ玉ほどの小さなプチ芋が育っていた。この調子で行けば、後数日で完全に元の状態に戻るだろう。


「成長がもの凄く早いな。これならプチ芋を掘り尽くすという心配はないようだ」

「そうですね。このプチ芋の美味しい料理法を考えないと」

 エレナはジャガイモとも少し味が違うプチ芋を気に入っていた。特にプチ芋を使ったサラダやガレットは、保育園の子供たちにも人気がある。


「まずは、プチ芋を掘り出すぞ。ノルマは二トンだ」

 手作業で二トンの芋を掘り出す作業は大変なものだ。農機具を持ち込んでいても、普通の人間なら疲れる。だが、レベルアップしている俺たちは、楽々と土を掘り返しプチ芋を収穫していく。


「そろそろ、大型のシャドウバッグも満杯になった」

 プチ芋が一トンほど入るシャドウバッグが二つ満杯となっている。俺はシャドウバッグを影空間に沈めると、周りを見渡した。


「次は何をするの?」

 弘樹が質問し、エレナが答える。

「甲冑豚の狩りよ。この前、肉を持っていったでしょ。あれよ」

「あの肉は美味しかった。また食べられるのか。早く狩ろうよ」


 弘樹が上機嫌になって、甲冑豚を探し始めた。広い草原の中に甲冑豚の群れが、いくつか目に入る。群れは五、六匹の集団から二〇匹以上の集団もある。


「あれを狩ろうよ」

 弘樹が一番大きな群れを指差した。俺はその群れを見て溜息を吐く。四〇匹ほどいる群れだ。

「甲冑豚が反撃してきたら、どうする。四〇匹で襲いかかれたら、厳しいことになるぞ」


「そうか……だったら、小さな群れがいいんだ」

 俺たちは六匹の群れを狙うことにした。最低二匹、できるなら四匹ほど仕留めたかった。


 弘樹も狩りに参加したが、あまり活躍できなかった。武器が剣鉈なので接近しなくてはならず、甲冑豚の体当たりを喰らい弾き飛ばされたのだ。


 その甲冑豚に『操雷術』の【球電】を放った。甲冑豚に命中したが、仕留められない。そこに美咲が現れ、甲冑豚の首を薙刀で下から斬り上げた。その一撃で甲冑豚は倒れた。


 俺たちは四匹の甲冑豚を仕留めた。弘樹を見ると少し肩を落としている。

「どうした?」

「活躍できなかった」

「武器が普通の剣鉈じゃ無理もない。何か武器を作ってやろうか」


「本当に……絶対だよ!」

 弘樹は剣鉈が武器というのに限界を感じていたようだ。俺たちは森で果物を採取してから、食料エリアを後にした。


 東上町に戻った俺たちを武藤が待っていた。

「どうだ、予定通り食料は手に入ったのか?」

「ええ、甲冑豚を四匹仕留めましたよ」

「良かった。うっかり、お前らが食料エリアに行ったことを町内会の奴らに話したら、甲冑豚の肉を食べたいと言われちまったんだ」


「食料エリアから持ち帰ったものは、町の人に配るつもりだったからいいけど、どうやって配るか考えてなかったんだよな」


「それじゃあ、河原にテントを張って、そこで配るのはどうだ。肉は一人二〇〇グラムを目安に配るってことでいいんじゃないか」


 その知らせは、瞬く間に東上町中に知れ渡った。町の人々は袋や買い物カゴを持って、河原に集まってきた。その場を仕切っているのは武藤たち探索者と、その家族である。


 俺たちは疲れただろうからと、解体と配給作業は免除された。保育園の者と忠宏と三弥も連れてきて、テントの奥で最初に切り分けられた甲冑豚の肉を使って料理を始める。


 作っているのは豚串である。炭火で炙った甲冑豚の肉は、良い匂いを漂わせ食欲を刺激する。塩だけの味付けだったが、絶品だ。プチ芋も蒸し器でふかし芋にして食べる。これも旨かった。


 子供たちも目を輝かせて頬張っている。

「こういう時は、ビールが欲しいな」

 俺が呟くと河井が頷いた。

「渡雪酒造でビールは作れないのか? 今度頼んでみよう」


 テントの前の方を見ると列が出来上がっている。子供たちが甲冑豚の解体作業を覗きに来て、興奮していた。配給を受け取った人々はホッとした表情を浮かべている。


 作柄が良くなかったので、食料の心配をしていたのだろう。そんな町の人の顔を見て、探索者になった自分が誇らしく思えた。


 そして、肉とプチ芋・果物の配給を受け取った人々から礼を言われた。『ありがとう』というたった一言だが、無性に嬉しくなる。


 文明の崩壊が始まってから一年。何とかぎりぎりで踏ん張っている感じだ。これからどうなるのだろうという不安もあるが、この先に何かあるかもしれないという期待もある。例の声が食料エリアを用意してくれたように、他にも何かあるんじゃないかと期待しているのだ。


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