第65話 東上町の悲劇
探索者になりたいと言い出したのは、高校生の岡本・渕田・小野・西峰の四人組だった。四人は小鬼区の町をうろついて食料を探していた。
「やっぱり、何も残ってねえぞ」
空き家の台所で食料を探していた岡本が愚痴り始めた。それを聞いた渕田が溜息を吐く。
「他の探索者が探した後なんだよ」
「じゃあ、農協ビルの方へ行ってみようぜ」
そう岡本が言い出す。それを聞いた小野と西峰が顔をしかめた。
「あそこはヤバイって聞いたぞ」
「ふん、ヤバイから食料が残っているかもしれないんだろ」
岡本は柔道部だったので腕力と運動神経には自信があった。
「それはそうだけど、ゴブリンの数が多いんだろ」
小野はインドア派だったので、腕力には自信がないのだ。
「ゴブリンくらい、おれが倒してやるよ」
「でも、武器は鉄パイプと木刀だけだ。本当に大丈夫なのか?」
「相手はゴブリンだぞ。十分だろ」
岡本たちは農協ビルへ向かった。途中一匹のゴブリンと遭遇する。四人で一匹を囲んで袋叩きにする。ゴブリンが死に小野がレベルアップした。
「はあっ、苦しかった。このレベルアップだけは嫌だな」
痛みで倒れていた小野が立ち上がる。
「しょうがないだろ。レベルアップは身体の細胞自体が強化されるんだから」
彼らは農協ビルへ向かって再び歩き始める。遭遇するゴブリンが少ないのは、探索者たちが闇属性の心臓石目当てでゴブリン狩りをしているからなのを、四人は知らなかった。なので、武藤たちが言うほど小鬼区は怖くないと感じていた。
農協ビルの周辺には、病院・コンビニ・不動産屋・パチンコ店などがある。岡本たちは周囲を警戒しながらコンビニに入った。中の様子を見て、四人は顔をしかめる。商品棚が倒され、ノートや筆記用具などが散乱していたのだ。
「ここも探索済みじゃないか」
小野が岡本を非難するように声を上げた。だが、岡本はニヤッとする。
「俺はここの近くに自宅があるから知っているんだ。ここのオーナーは裏にある物置に非常時用の食料とかを隠していた」
岡本が自慢気に言った。それを知っていたので、農協ビルの方へ行こうと言い出したらしい。四人は裏に回って物置を探し見つけた。
「鍵が掛かってるぞ」
「こんなもの、壊せばいいんだよ」
岡本は持っていた鉄パイプで鍵を壊して扉を開けた。中には乾パンの入った缶詰や保存食、水などを筆頭に様々な防災用品が保存されていた。
「やったぜ」
四人が歓喜の声を上げる。高校生たちは、宝物を掘り当てたかのように感じて、食料や防災用品に群がった。その瞬間、周囲への注意を全く払っていなかった。
「ギギュワ」「ギャギャ」
耳慣れない声が聞こえた時、四人の顔が青褪めた。急いで後ろを振り返ると、二匹のゴブリンが立っていた。二匹のゴブリンと同時に戦うのは初めてではなかったが、場所が悪い。四人は狭い物置の中で、ゴブリンは入り口で待ち構えている。
四人とゴブリン二匹の戦いが始まった。狭い物置の中では鉄パイプや木刀は振り回せず、苦しい戦いが続く。外ではゴブリンが大騒ぎしながら棍棒を振り回していた。
それでも倍の人数だったので、二匹のゴブリンを倒した。ホッとして外に出た時、四人はギョッとする。ゴブリンの集団に取り囲まれていたのだ。
小野は涙目になって逃げ道を探した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
弘樹たち三人は久しぶりに狩りをしていた。コジローたちの頼みで、闇属性の心臓石を集めていたのだ。獣人区でオーク狩りをした後、小鬼区でゴブリン狩りをしながら、守護者が復活したのかをチェックしようと考えていた。
農協ビルの近くまで来た時、気配を探りまだ守護者が復活していないことを確かめる。
「まだみたいだ。早く復活しないかな」
三弥が呟いた。それを聞いた弘樹が笑う。
「三弥、お前じゃ小鬼区の守護者は倒せないだろ」
「分かってるよ。でも、コジローさんに手伝いを頼めばいいだろ。河井の兄貴や美咲さんも手伝ってもらったんだから」
忠宏も頷いた。
「そうだよ。食料エリアに一人でも多く出入りできるようにしたいって、美咲さんも言ってた」
「優先順なら、武藤さんたちが先になるさ。それより獣人区や小竜区なら、自分たちだけで守護者を倒せると思うんだ。狙うなら、その二つだ」
忠宏と三弥が感心したように頷いた。
「凄え、ガーディアンキラーになって、弘樹がちゃんとものを考えるようになっている」
「ガーディアンキラー、恐るべし」
「お前ら、馬鹿にしているな」
弘樹たちがふざけていた時、農協ビルの方角から人間の悲鳴が聞こえた。
「今のは、人の悲鳴だったぞ」
「確かめよう」
弘樹たちは走り出した。コンビニの裏の辺りにゴブリンが群がっているのを発見した。その中心部から人の悲鳴が聞こえてくる。
「どうする?」
「ゴブリンは一〇匹くらいだ。おれらなら殺れるだろ」
「やるぞ!」
弘樹たちはゴブリンに向かって突貫した。弘樹が切り込み、手に持つ剣鉈でゴブリンの首を刎ね飛ばす。忠宏は手斧でゴブリンの胸を切り裂いた。
三人がゴブリンの群れを倒した時、地面に倒れている四人の高校生の姿が目に飛び込んだ。弘樹は恐る恐る四人の生死を確かめた。四人とも息をしていない。
「この人たち、個体レベルが『03』くらいのはずだよね。何で危険な農協ビルの近くまで来たんだ?」
忠宏が腕を組んで考えている。三弥が物置の中を見て声を上げた。
「きっと、これだよ」
弘樹と忠宏が物置の中を確かめる。
「凄え、お宝だ」
三弥は悲しげな顔をして、倒れている四人を睨んだ。
「食料は大切だけど、死んだら何も食べられないんだぞ。こいつら馬鹿野郎だ」
三弥の言葉に、弘樹と忠宏も悲しげな顔になり頷いた。三人は高校生たちの遺体を物置の中に運び込み、扉を締めた。
「コジローさんに知らせよう」
三人は急いで東上町に引き返した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ログハウスの中で、俺とエレナは大きなシャドウバッグを製作していた。甲冑豚が三匹ほど入る大きさのバッグである。そこに弘樹たちが駆け込んできた。
事情を聞いた俺は、エレナに武藤を探して伝えるように頼んだ。
「分かった」
少し待っていると、武藤と農家の星谷を連れて戻ってきた。
「コジロー、岡本たちが死んだっていうのは、本当か?」
武藤が沈痛な表情を浮かべて尋ねた。
「ええ、弘樹たちが遺体を発見したそうです」
「クソッ、遅かったか。今から、あいつらを探しに出ようと話していたところだったんだ」
小野の親が心配して、星谷と一緒に武藤を訪ねてきたらしい。エレナが岡本たちが死んだことを伝えると、小野の母親が貧血を起こして倒れたという。
俺と武藤が弘樹の案内で現場へ行き、遺体を持ち帰った。
岡本と渕田は、親とはぐれて一人で生活していたが、小野と西峰は親と暮らしていた。小野と西峰の両親は嘆き悲しみ、こんな世の中にした例の声を呪った。
俺としては、葬式を出すこともなく岡本と渕田が海岸近くの墓地に葬られたことが、何だかショックだ。人の最後とは、こんなに寂しいものだったのかと感じたのである。
「ミチハルは、両親がいるからいいけど、俺は一人だからな。他人事とは思えなかった」
河井が苦笑した。
「何、年寄りくさいことを言ってるんだ。これから家族を一杯作ればいいだろう」
「そうだな。強くなってハーレムでも作るか」
俺の後頭部がどつかれた。美咲の仕業である。
「何言ってるの。コジローのモテ期なんて、永遠に来ないわよ」
「酷いことを言うな。『コジローさん素敵』という女性が大勢現れるかもしれないだろ」
美咲がエレナへ意味ありげに視線を向けた。その視線を受けたエレナが慌てる。
「コジローのモテ期なんて、どうでもいいけどさ。もうすぐ稲刈りの時期だろ。精米機を使うには電気が必要だけど、まだ電気は来ないのか?」
俺のモテ期をどうでもいいと言いやがった河井を睨んでから答えた。
「後、二、三日で耶蘇市への電気工事が始まる」
「良かった。米を収穫しても食べられないのは悲劇だからな」
河井は手作業でも精米はできるということを知らなかったようだ。
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