第64話 ピンクマンモス
その森は
「大きいシャドウバッグを作らなきゃならないわね」
美咲が果物を収穫しながら言った。
「そうだな。甲冑豚が三匹ほど入るシャドウバッグを三つほど作るか。そのためには闇属性の心臓石になるゴブリンやオークを狩って、心臓石を集めなきゃな」
ゴブリンとオークの護符は、シャドウバッグに仕舞っておく必要があるだろう。護符があると近寄ってこないからだ。
「そう言えば、コジローの『特殊武器製作』はゴブリンを一匹仕留めるたびに、残す部位を選択しなきゃならないの?」
「いや、ゴブリンだったら耳を残すとか、種族ごとに決めることもできる」
「それなら、面倒がなくていいわね」
果物の収穫を終えた俺たちは、森を探索することにする。
「ここの森は、ドングリなんかも多いな。たべられるのか?」
河井が地面に落ちているドングリを拾って尋ねた。
「焼かないとダメだと聞いた覚えがある。でも、こいつは甲冑豚の餌になっているんじゃないか。わざわざ食べなくてもいいよ」
森の中を探索していると、キノコを見つけた。河井が手で取ろうとしたので、俺が尋ねた。
「そのキノコ、食べるつもりなのか?」
「ここで回収した食料は、ネズミか何かに食べさせて試すんだろ。キノコだって同じだ」
俺たちは人間の身体に有害なものが入っていないか試すつもりでいた。これには医者の加藤にも手伝ってもらう予定だ。ちなみに、俺たちは毒耐性のレベルが高いので、毒だとしても気づかないこともあるだろう。
俺たちは真っ直ぐに森を縦断。一時間ほどかかったので、距離としては四キロほどになる。森を抜けた場所から、見覚えのあるものが見えた。
「あれって、ストーンサークルじゃないですか」
エレナが驚いて声を上げた。確かに公園から転移した場所……ん、違う。
「あれは別のストーンサークルだな。柱の数が違う」
「本当だ。一三本ありますね」
俺たちの出発点だったストーンサークルは、柱の数が一二本だった。
「ということは、耶蘇市以外の場所と繋がっているのか」
このストーンサークルの中に入ったら、どこに飛ばされるのだろう。俺はストーンサークルに近付いた。
「コジロー、中に入ってはダメよ。どこに転移するか分からないんだから」
美咲が注意した。
「分かっているよ。ちょっと中の模様を確認したかったんだ」
エレナが何か考えているような顔をして、
「もし、ここから別の町に移動できるのなら、私たちは装甲列車以外の移動手段を手に入れたことになる」
と言った。その言葉を耳にした俺は、それがどんな可能性をもたらすのか想像する。
突然、河井が声を上げた。
「おい、あれを見ろ!」
俺は顔を上げ、河井の視線を追った。遠くから何かの群れが近付いてくるのが見えた。
「何だ、あれは?」
「間違いない。あれはマンモスだ」
この中で一番視力が良い河井が断言した。河井はマンモスだと言ったが、何だか色がおかしい。全身がピンクの長い毛で覆われているのだ。
ドスッドスッと地響きを立てて近付いてくるに従い、その全身から発せられる気配を感じた。
「厄介だな。一匹一匹が小鬼区の守護者並みの強さがあるぞ」
「撤退よ。森に戻る」
俺たちは森に逃げ込んだ。そのおかげでピンクマンモスの群れからは逃げられた。
「コジローの実力なら、倒せたんじゃないか?」
河井が尋ねた。逃げる必要はなかったんじゃないかと言いたいらしい。
「一匹なら倒せるけど、群れだと難しいな」
エレナが意外だという顔をする。
「【闇位相砲】を使っても、ダメなんですか?」
美咲が首を振った。
「実戦で使ったことのないものを、当てにしちゃダメよ」
エレナがそんなものなのかと納得する。
「なあ、マンモスの肉は旨いと思うか?」
「昔の人間は、マンモスを狩って食べていたんじゃなかったか」
「だったら、旨いのか。一度試してみたいな」
俺はマンモスを持って帰るのに、どれほど大きなシャドウバッグが必要か考えた。いや、バラバラにしないと持ち上げることもできないか。結局バラバラにするのなら、美味しい部分だけを持ち帰ればいい。
俺たちは森を出てストーンサークルへ向かった。時計で確認すると、出発してから六時間ほどが経過している。全員でストーンサークルへ入り、光りに包まれて転移した。
無事に公園に戻ってきた。東上町に帰り、持って帰った食料を医師の加藤に調べてもらう。全ての食料は食べられると分かり、同じ探索者たちとその家族、それに佐久間や吉野、加藤に分配した。
好評だったのは、甲冑豚の肉だ。俺も生姜焼きにして食べたが、絶品だった。保育園の子供たちも喜び、また食べたいとお願いされたほどである。
俺とエレナ、それに美咲が行動予定を話し合っていると、武藤たちがログハウスに来て、話があると言い出した。エレナと美咲も一緒にリビングに向かう。
「どうかしたんですか?」
「おれらも食料エリアへ行きたいんだ。ガーディアンキラーになるのを助けてくれねえか」
「武藤さんたちには世話になっているから、手助けはしますけど、倒しやすい守護者は倒して、復活待ちの状態なんですよ」
「何だ、残ってねえのか」
「草竜区の守護者なら残ってますけど、どうします?」
武藤は巨大なトリケラトプスを思い出して身震いする。
「仕方ねえ。復活するのを待つよ。何か準備するものはあるか?」
「それなら、シャドウバッグを作るために必要な闇属性の心臓石を、集める手伝いをお願いします」
「そうか、大きなシャドウバッグが必要か……分かった。協力するぜ」
武藤たちと協力して闇属性の心臓石を集めることが決まった。
「ところで、今年の作柄はどうなんです?」
美咲が水田地帯の作柄を尋ねた。武藤が渋い顔をする。
「あまり良くないらしい。休耕田を復活させたばかりのところも多いし、農作業をやっている連中が不慣れだということもある。それで食料エリアに行きたいと思ったんだ」
「そうなんだ。小鬼区でやっている小山農場は順調なのに」
エレナも俺も小山農場で栽培している作物が順調に成長しているので、町の東側にある水田も順調にいっていると思っていた。
「それなんだが、異獣のテリトリーは木や雑草の成長が早いだろ。それが小山農場の作物にも影響しているんじゃないか?」
そんなことは考えもしなかった。そうすると、小鬼区の制御石を壊したら、小山農場の作物の成長に影響があるのだろうか? そのことを皆に話すと、首を傾げていた。
「でも、その可能性はあると思う。農地のあるテリトリーの制御石は、壊さない方がいいようね」
美咲の冷静な言葉に頷いた。
「だったら、小鬼区のテリトリーに果物の生る木を植えたら、たくさん収穫できそうですね」
エレナが提案した。俺たちは果物の苗木を手に入れ、誰も住まなくなった家の庭などに植えようと話し合った。
その日の夜、俺と美咲は町内会に出て、食料エリアについて説明した。
「そのダンジョンかもしれない食料エリアには、小型のジャガイモや豚のような動物がおり、それを持って帰れるというのだな」
町内会の議長役である松下が確認した。その声にはホッとした響きがある。
「作柄が悪いんですか?」
俺が尋ねると、松下が頷いた。
「予想していた七割ほどになりそうだ。食料を配給制にすることも考えていた」
農家の星谷が不機嫌そうな顔をする。
「我々は精一杯やっている。だが、若い奴らは口だけで、どうしようもない」
新しく農業に参入した若い世代が、役に立たないという。
松下が溜息を吐いた。
「若い者は、農業について知識がないんだ。それに農作業に慣れていない。そこを指導するのが、星谷さんたちの役目じゃないか」
「儂らは町のためにと思ってやっているんだ。それなのに若い奴らは、文句ばかり言いおる」
機械に頼らない農作業はきつい。慣れていない新参組が文句を言うのは仕方ないことだと俺も思う。
「その食料エリアだが、どれくらいの食料が調達できそうなのです?」
「週に一度、食料エリアに行って、プチ芋を二トン、甲冑豚を二匹、果物をダンボール箱で三箱分ほどを目標にするつもりです」
美咲が代表して説明した。
「このことを聞いた農作業をしている若者たちが、自分たちも探索者になると言い出さないか心配だな」
美咲の説明を聞いた加藤が美咲に視線を向け言った。松下が頷く。
「どうなんだ。その食料エリアへ行けるようになるほど、強くなるのは簡単なのかね?」
「簡単ではありません。安易に探索者になれば、半分ほどは死亡すると思います」
美咲は厳しい声で言った。しかし、その言葉は農作業をしている若者たちの間に届かなかったようだ。
町内会があった数日後、数人の若者が農作業を放棄して探索者になると言い出したらしい。本人がそう決めたのなら、自由だと思う。だが、食料などはどうするつもりなんだろうと心配した。
俺たちが食料の回収などを行ったので、異獣のテリトリーには食料が残っていない。心臓石を回収して、食料に替えるしかないが、その方法で手に入る食料は十分ではないのだ。
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