第63話 食料エリアの戦い

 俺たちは眩しい光に包まれた瞬間、一瞬だが気を失ったようだ。気がついて周りを見回すと、別世界が広がっていた。皆の顔に驚きが浮かんでいる。


 頭の中で例の声が響いた。

【食料エリアと地球との転移は、五時間後から可能になります】


 俺たちの周りにはストーンサークルのようなものがあり、高さ五メートルほどの石製円柱一二本で囲まれていた。そして、地面にはドーム型建物にあったような不思議な模様が描かれていた。


「ここはどこなんだ?」

 俺たちはストーンサークルの外に出た。外は腰までの高さがある草が生い茂る草原だ。遠くに動物の群れが居る。体形は豚か猪に見える。


 草原はかなり広大のようだ。ところどころに森か林のようなものがあり、そこから鳥が飛び立つ姿が目に入る。その向こうまで視野を広げると、四方を二〇〇〇メートル級はありそうな山がぐるりと囲んでいる。


「少なくとも日本じゃないわね」

 美咲がポツリと言った。エレナが頷き、キョロキョロと周りを見回す。何だか不安そうだ。空を見ると太陽のようなものがあった。ただ太陽よりも小さく、蛍光灯のような白い光を放っている。


「なあ、例の声で五時間後にならないと帰れないみたいなことを言ってなかったか?」

 河井が声を上げると、皆が頷いた。

「五時間は、ここで生き残れということだな」


 周りを確認していたエレナが、

「ここが食料エリアだというのは確実になりましたから、ここには食料があるということですよね」

「そうだな。だけど、何が食料なんだろう?」


 河井が先ほど目に入った豚のような生き物を指差した。群れは七、八頭の集団で、大きさも豚と同じ一三〇キロほどだと思われる。


「よし、確かめに行こうぜ」

 河井の威勢の良い声に皆が頷いた。慎重に群れに近付くと、ある一点を除いて豚に似ていることが分かった。その一点というのは、アルマジロのように甲冑みたいなものを纏っていたことだ。


「アルマジロ? 違うよな。大きさも顔も豚だもんな」

 河井が首を傾げている。

「あいつ、何を食っているんだ?」


 よく見ると、生えている草の根っこを掘り出し、根に付いている小さなジャガイモのようなものを食べていた。

「ふーん、あのジャガイモのようなものも食べられるのね」


 青の草は広大な草原中に生えている。地面には小さなジャガイモのようなものが無数に埋まっているのだろう。それが食べられるのなら、食糧問題は解決だ。


「甲冑豚とプチ芋だな」

 俺は何となく名前を付けてみた。

「美味しいんでしょうか?」

 エレナが味を気にしている。そういう目で甲冑豚を見ると、何だか美味しそうに見える。


「狩ってみよう」

「でも、仕留めると消えてしまわないんでしょうか?」

「それは大丈夫じゃないか。もしかすると、仕留めると豚肉がポトリということはあるかもしれないけど」


 俺は、ここがダンジョンのような場所なのではないかと考えている。頭の上にある太陽のようなものが気になるが、恒星というより人工的なものではないかと感じた。


 気配を消して、甲冑豚の群れに近付いた。

 爆裂矢を使うと食べられる肉まで爆散してしまうと考えたエレナが、普通の矢を番え甲冑豚を狙って放つ。矢は甲冑豚の背中に命中し、撥ね返された。その瞬間、俺は飛び出していた。


 甲冑豚までの距離を魔法のように飛び越え、矢が命中したとほぼ同時に傍まで近付いていた。擂旋棍に気を流し込み、獲物の顔に叩き込む。甲冑豚が悲鳴も上げずにひっくり返った。


 一匹が倒れると、他の甲冑豚は逃げてしまった。異獣のように集団で襲ってくるということはないようだ。倒した甲冑豚は、普通に死んで倒れている。


「これは、一部を残して心臓石に変わるということはないのよね?」

 美咲の問いに、俺は頷いた。これが普通の異獣だったら、何を残すか選択してくれという声が聞こえるのだが、、甲冑豚を倒しても、そんな声は聞こえなかった。


「これが食べられるのなら、血抜きとかしないとダメね」

 美咲はハンティングの経験があるらしいので、教わりながら血抜きと内臓の処理を行った。内臓は食べられるかもしれないが、ちゃんと処理するには大量の水が必要だ。ここには水がなかった。


 一番大きなシャドウバッグを出して、それに処理した甲冑豚を入れる。一匹しか入らない。どうやら大型のシャドウバッグを作る必要があるようだ。


「甲冑豚が食べていたプチ芋も掘り出して持って帰りましょう」

 エレナが提案した。俺たちはナイフで土を掘り起こし、プチ芋を手に入れた。ゴルフボールほどのプチ芋がゴロゴロと出てきた。


「うひゃあ、いくらでも収穫できるぞ」

 河井は面白くなったらしく、どんどんとプチ芋を掘り出してシャドウバッグへ放り込んだ。シャドウバッグが一杯になり、芋掘りは終了である。


 シャドウバッグを影空間に戻した俺は、どうするか皆と話し合った。食料エリアに転移してから二時間ほどしか経過していないので、まだ地球に戻ることはできない。


「探検するに決まっているでしょ」

 美咲は食料エリアに興味があるようだ。皆でここはどこなのかという話題で盛り上がる。

「ここは別の星じゃないのか。空も在れば、太陽だってある」

 河井は別の星の惑星だと思ったらしい。


「コジローはどう思う?」

 美咲が尋ねた。俺は河井の『別の星』説に異議を唱えた。

「何でだよ。どう見ても一つの世界だぞ。だとすれば、別の星しかないだろう」


「でも、あの太陽が胡散臭いんだ」

 俺は太陽が時間が経っても微動だにしない点を指摘して、太陽のような恒星ではないらしいと告げた。エレナも違和感を感じていたようだ。太陽が動かないから違和感を感じたのだと納得する。


「だったら、ここは何だと思うんだ?」

「迷宮、ダンジョンみたいなものかな」

「ダンジョンと言われてもな。それが何か分かんねえぞ」

 ごもっともである。ダンジョンとは何だと訊かれると困る。謎の空間でしかないからだ。


「とにかく探検して、情報を収集しましょう」

 美咲が地図を作ろうと言い出した。紙と筆記用具を持ってきている。遠くに見える山の中から一番大きな山を『蓬雷山ほうらいさん』と名付け、仮に北と設定した。


 ストーンサークルは草原の中央辺りにあり、俺たちが甲冑豚を倒したのは、東に二キロほど行った場所だ。後一〇キロほど先には大きな森がある。


「今日は、あの森を調査して、帰りましょう」

 美咲はリーダーシップを発揮して、目標を決めていく。こういう場面では頼もしい。


 だが、森に向かって歩きだした途端、強烈な気配を感じた。獣人区の守護者並みの気配である。森から一匹の虎が現れた。


 体長は四メートルほどの巨虎だ。雰囲気は奇獣区の守護者に似ているが、あの守護者より弱そうな気配を纏っている。そいつが獲物を見付けたという目で、俺たちを見た。


「豚が居るんだから、それを獲物として生きている化け物も居るということか。厄介だな」

 俺は武器を影刃狼牙棒に換えた。そして、エレナが爆裂矢を放つ。それが合図となって戦いが始まった。


 巨虎は猫族特有のしなやかな動きで爆裂矢を躱し、俺たちに襲いかかった。俺が前に出て相手をする。前足の爪で切り裂こうとするのを、影刃狼牙棒で弾く。反動で弾き飛ばされそうになるのを堪えて、そいつの頭を薙ぎ払う。


 そこに河井が石槍を飛ばした。巨虎は胴体を器用に捻って躱し、河井に襲いかかった。河井は土壁を出して防ぎ距離を取る。


 美咲が『操氷術』の【氷槍】を使って、氷の槍を飛ばした。杭のように尖った氷槍が、巨虎の肩に刺さった。巨虎は吠え刺さった氷槍を噛み砕く。


 俺は影刃狼牙棒に精神を集中し【螺旋影刃】を放った。三本の影刃が渦を巻き、パイルバンカーのような勢いで撃ち出された。五メートルほど伸びた黒いドリルは、巨虎の胸を貫き元に戻った。


 巨虎の口から大量の血が吐き出され、飛び散った鮮血が草を赤く染める。ドタッと巨虎が倒れた。【螺旋影刃】は心臓を貫いたらしい。


 俺は守護者に匹敵する敵を倒したので、例の声を待った。だが、レベルアップを告げる声は聞こえなかった。どういうことだ? 食料エリアでは、敵を倒してもレベルアップしないのか。


「おかしい。レベルアップしなかった」

 エレナが首を傾げた。美咲もどうして、という顔をしている。

「こいつを一方的に倒したけど、少なくとも獣人区の守護者程度の強さはあったはず。食料エリアの異獣は、地球に居る異獣とは別だということ?」


 河井が首を振った。

「分からないよ。でも、そうだとすると、強くなるためには地球の異獣を狩って、食料を得るためには、ここで戦うことになる」


 地球と食料エリアの異獣についての討論が始まり、それが虎は食べられるかどうかという話に変わる。

「皮だけ剥いで持って帰ろう」

 俺が提案して、剥ぎ取りが始まった。手間がかかったが、見事な虎皮を手に入れた。


 俺たちは森に入り、この森が果物の宝庫だと言うことが分かった。


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