第62話 奇獣区の守護者討伐

 守護者が凄まじ咆哮を放った。俺の鼓膜が破れるかと思ったほど力強いものだ。だが、それくらいで怯むような者はここにはいない。


 まず、エレナが爆裂矢を放った。守護者は俊敏に爆裂矢を躱す。動きは素早いが、小鬼区の守護者ほどではない。


 矢を躱した守護者がエレナに襲いかかった。俺は守護者に駆け寄り、擂旋棍を肩に叩き込んだ。強烈な威力を持つ擂旋棍の一撃は、守護者の肩を抉り大きなダメージを与えた。


 河井はチャンスだと考え、『操地術』を使って石槍を飛ばす。守護者は血を流しながら飛び退いて避けた。美咲が『操炎術』の【爆炎撃】で攻撃し、守護者にダメージを与える。

「この調子で、攻撃を続けるぞ」


 俺たちは連携して守護者にダメージを与え続け、守護者が弱ったのを感じる。俺は仕留めるために前に出た。擂旋棍に気を流し込み、先端にある旋刃の回転を速める。


 守護者が激怒して全身の毛を逆立てている。俺に向かって襲いかかり大きな口を開け噛み付こうとする。その攻撃を躱し、下から擦り上げるようにして擂旋棍を守護者の首に叩き込んだ。


 回転する旋刃が首の筋肉を破壊し致命的なダメージを与えた。守護者は盛大に血を噴き出しながら宙に巨体を浮かせた後に落下する。


 守護者がピクリとも動かなくなった。

「仕留めたの?」

 美咲の問いに、俺は頷いた。どこを残すか考えた末に、毛皮を残そうと決める。守護者が毛皮を残して消えた。その瞬間、頭の中に例の声が響いた。


【守護者フェンデスを倒しました。あなたのスキルレベルがすべて一つアップされます】


 俺はニヤリと笑った。スキルを多く持つ俺にとって、こういうご褒美は嬉しい。


【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】


 個体レベルが高い俺は、あまりレベルが上がらなかった。守護者の強さが、それほどでもないので経験値のようなものが少なかったのだろう。


 立ったまま痛みに耐え、分裂の泉に潜って制御石に触れた。


【フェンデスエリアの制御石に触れました。あなたに選択肢が与えられます】


 一、スキル一覧からスキルポイントなしで任意のスキルを一つ習得。

 二、奇獣から襲われなくなる護符を作る知識を得る。

 三、制御石を破壊し、一〇年間奇獣が増えなくなる期間を得る。


 俺はスキル一覧の中にある『上級知識(闇)』を選んだ。闇に関する知識が頭の中に流れ込んできた。それは地球の科学文明とは別系統の文明が築き上げた知識のようだった。


 その文明は自然界で起きる現象と哲学みたいなものを結びつけて体系化したものが、極限まで発達したという印象を受けた。古代ギリシャの哲学者プラトンやアリストテレスの哲学に似ているが、次元が違うほど高度なものになっている。


 俺が分裂の泉から上がると、エレナたちが心配そうに待っていた。

「どう? 例の知識スキルを手に入れたの?」

 美咲の質問に、俺は頷いた。


「ああ、おかげで『操闇術』のスキルレベル7以降が使えそうだ」

 河井がどういうものなのか知りたがった。


「スキルレベル7で使える攻撃技は【螺旋影刃】だ。影刃狼牙棒に組み込んで使っている影刃を三枚出して螺旋状に回転させながら槍のように伸ばすという技だ」


 河井が首を傾げた。俺の説明では想像できなかったようだ。

「分からん、実際に見せてくれよ」

 俺は武器を影刃狼牙棒に換えた。影刃狼牙棒は狼牙棒という武器の先端部分に影刃石を埋め込んだものだ。その先端を直径三〇センチほどの木に向ける。


 長柄の部分をしっかり握ってから、『操闇術』を意識する。影刃がピクリと動いた次の瞬間、影刃から三本の黒い棒のようなものが伸び、それが細長いリボンのような形状に変わる。


 その三本の黒いリボンが絡み合い螺旋状に渦を巻きながら伸びて、一瞬で長さが五メートルほどまで達した。そして、また一瞬で元の形に戻る。


「なんか、一瞬だったな。長さも四、五メートルくらいで、木まで届かなかったぞ」

「仕方ないだろ。俺もどこまで伸びるか知らなかったんだから」


 俺は木に近付いてから、もう一度【螺旋影刃】を出した。螺旋影刃が木に届き、その幹を抉り貫通した。凄まじい貫通力である。


 その代わり、反動が俺の身体を突き飛ばした。木の幹に拳大の穴を開けた反動が、これほど強いとは思ってもみなかったのだ。


「しっかりしろよ。コジロー」

 河井が俺に手を差し伸べた。俺はその手を掴んで起き上がる。

「びっくりした。こんなに反動が強いものだったんだ」

「その代わり、威力も凄いようだぞ」


 俺たちは穴が開いた木の幹に近付いて調べた。

「これほどの威力なら、草竜区の巨大恐竜でも、仕留められるんじゃない」

 美咲が声を上げた。美咲とエレナが草竜区の守護者を一度見たいというので、見物に行ったことがある。二人は守護者の巨体に驚いていた。


 俺はあの巨体の守護者を思い出し、木の幹に開いた穴と比べた。

「どうだろう。急所に打ち込めば、仕留められるかもしれないけど、確実に仕留めるには、スキルレベル8の【闇位相砲】を使う必要がある」


 河井が目を輝かせた。

「何か、ワクワクするような名前だな。英語にしたら、ダークフェイザーだろ」

 河井は宇宙を舞台にした映画に出てくる武器を連想したらしい。


 美咲がどんな攻撃技なのか質問した。俺は説明しようとして、言葉に詰まる。知識スキルで得た情報を基に説明しようとしたが、日本語の語彙の中に適切な言葉がなかったのだ。


「……そうだな。地球の科学では未知の素粒子を攻撃に使うようだ。その威力は草竜区の守護者を一撃で確実に仕留められる」


「ふーん、自信がありそうね。それでスキルレベル9はどうなの?」

 俺は肩をすくめた。この攻撃技については使いたくない。


「名前は【消滅渦】だ。それが引き起こす現象については、知っているんだ。だけど、その威力を想像できない」

「威力を想像できない? 何だそれ、はっきりしろ」


 河井が『はっきりしろ』と言ったが、俺はゆっくりと首を振った。

「このスキルというものを創り出したのは、人間じゃない。いくら説明があっても、理解できないものも有るんだ」


「じゃあ、試し撃ちをしてみたら、いいじゃないか」

 俺は溜息を吐いた。試し撃ちを考えなかったわけじゃないが、【消滅渦】だけは嫌な予感がする。

「なあ、ミチハル。お前が核爆弾を手に入れたとしたら、そいつを試してみたいと思うか?」


 その言葉を聞いた三人の顔が強張った。

「おい、冗談だろ。核爆弾は大袈裟だろ」

「そうですよ。それが本当なら、そんなものが必要になるくらいの異獣が、存在することになります」


 河井とエレナは否定した。だが、美咲は何か考えているようだ。日本人が核爆弾という言葉で思い浮かべるのは、日本に落とされた二つの核爆弾である。


「俺だって、本当に核爆弾ほどの威力があるとは思っていないけど、それほどヤバイものだってことさ」

 核爆弾の種類は様々で、同じような威力を持つ核爆弾も存在するかもしれない。しかし、俺が嫌な予感を覚えたのは、核爆弾には放射線が付きものであるように、【消滅渦】には禍々しい何かがあるような気がしたからだ。


 俺たちが東上町に戻ると、武藤が待っていた。

「よう、守護者を倒して回っているそうだな」

「誰から聞いたんです?」


「弘樹たちからだよ。それに食料エリアのことも聞いた」

「食料エリアが何か分かってから、伝えようと思っていたのに」

「それが水臭えんだよ。最初から話してくれよ」


 俺はエレナたちと顔を見合わせた。

「でも、食料エリアの件が伝えられたのは、ガーディアンキラーだけです。たぶん制限があると思う」

「ガーディアンキラーだけしか、食料エリアに入れないというのか?」


 俺は頷いた。

「その可能性が高いと思う。それに守護者を倒せるだけの実力が、必要だということだ」

「チッ、漁や畑仕事なんかしていないで、腕を磨いとくべきだったぜ」


 美咲が口を挟んだ。

「魚や小山農場の農作物も必要ですよ。腕を磨くのは、食料エリアが何か分かってからでも、遅くありません」

「お前たちだけで、食料エリアへ行くつもりなのか?」


「俺たちが確かめてくるから、武藤さんたちは待っていてくれ」

「気を付けるんだぞ」


 俺たちは十分な準備をして、食料エリアが開放される日を待った。

 そして、その日が来た。俺たちは小鬼区から草竜区へ向かい、そこから公園へ進んだ。


 昨日まで、公園は不思議な力で閉鎖されていた。それがなくなっている。俺たちは公園に侵入し、何か変わった点はないかと調査を始めた。


 俺たちは公園の中央に見知らぬ建物が建っているのを発見する。ドーム型の建物で出入り口は東側の一ヶ所だけだった。


 その出入り口には扉はなかった。中に入り見回すと、奇妙な模様が描かれた床があるだけで他は何もない。

「どういうことだ?」

 俺は呟いて前に進んだ。そして、俺の足が奇妙な模様を踏んだ瞬間、その模様が光を放った。


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