第61話 食料エリア
例の声が初めて聞こえてから一年が経過。その日の夜、俺がベッドで横になっていると例の声が聞こえた。
【レベルシステムが導入されてから、一年が経過した。本日から一〇日後に食料エリアが開放されます】
俺は飛び起きた。どういう意味なのだろうと考えながら、リビングに行ってお湯を沸かす。使っているコンロは、ベカラノドンから手に入れた炎管を利用したものだ。
炎管はフィルターのようなものが詰まっている側から空気を送り込むと、反対側から炎が噴き出す仕掛けになっている。原理は分からないが、利用しない手はない。
東上町の便利屋である九条に、お願いしてコンロを作ってもらったのだ。これはゼンマイ仕掛けのコンロで、ゼンマイを巻き、それを動力源として小型ファンを回転させる。
そのファンが起こした風を炎管に送り込んで炎を発生させるというものだ。原理が分からないので使用期限がどれほどなのかも分からない。
しかし、一〇日ほど使っていても炎が出るので喜んでいる。
ちなみに、九条は小さな金物工場を経営していた社長だった。そして、現在は鍛冶屋の真似事をしている。
「コジローも起きたのね」
美咲がリビングに来た。俺と同じように例の声を聞いて起きたらしい。
「あっ、二人も聞いたんですね」
エレナも同じだったようだ。
「ねえ、食料エリアを開放すると言っていたけど、どう思う?」
美咲が質問した。それを聞いたエレナは首を傾げてしまう。
「一〇日後に開放するということは、現在閉鎖されているということだろう」
「あっ」
気がついたエレナが声を上げた。
美咲が頷き、答えを告げる。
「公園ね。あそこが閉鎖されていると分かった時、何かあると思ったのよね」
小竜区と草竜区に挟まれた場所に公園がある。そこは耶蘇市の市民が自慢にしていた公園なのだが、あの日から閉鎖されていた。物理的に閉鎖されているのではなく、入ろうとして近くに行くと、なぜか入りたくなくなるのだ。
「食料エリアか。あそこで食料が採れるということなんだろうか?」
「大きな公園だとは言っても、農地全体と比べれば広くはないと思うけど」
エレナが奇抜な思い付きを口にした。
「もしかして、守護者みたいなのが居て、それに勝つと食料をもらえるとか」
それもあるかもしれないと、俺も思った。美咲は真剣な顔で考えている。
「コーヒーでも淹れようか?」
「ええ、ありがとう」
エレナがコーヒーカップを取りに行った。コーヒー豆はなくインスタントコーヒーだが、これでも貴重なものだった。
コーヒーを淹れ飲みながら話していると、リビングから見える庭に弘樹たちの姿が見えた。俺は窓から呼びかけた。
「どうしたんだ?」
「例の声が聞こえたんだ」
「そのことか、上がれ」
弘樹と忠宏、三弥が入ってきた。
「なあ、食料エリアが開放されるという声を聞いただろ?」
弘樹が俺たちに確認した。
「ああ、聞いたよ。お前たちも聞いたのか?」
俺が確認すると違うと言う。弘樹だけが聞いて、他の二人は聞いていないらしい。
「弘樹と何が違うんだ?」
三弥が一つの推測を口にした。
「忠宏と僕は、ガーディアンキラーじゃないだろ。それが関係しているんじゃないかと思うんだ」
そう言えば、土井園長や保育士の二人が起きてこない。ガーディアンキラーだけに聞こえた声なんだろうか、どういうことだ?
俺の頭の中で様々な考えが渦巻き消えてゆく。答えは出なかった。
「しかし、ガーディアンキラーにだけ聞こえた情報ということは、それだけの強さを持った者だけにしか、食料エリアから食料を持って帰れないということかな」
エレナが頷いた。
「やっぱり何かと戦うことになるのね」
「そうなると、レベルアップしておきたいな。奇獣区の守護者を一〇日以内に倒そうと思う。協力してくれ」
美咲とエレナが承諾した。
翌日、俺たちは河井と合流して奇獣区へ向かった。
奇獣区の守護者は
小学校の時に修学旅行で登った記憶を頼りに、登り始めた。山を螺旋状に回るように頂上へと続く細い道があり、その道を進む。
日足山の緑が濃くなっている。一年間も整備されていないということもあるが、ここ一年の樹木の伸びは異常だった。例の声が関係しているとしか思えない。
「なあ、コジロー。ここの守護者を倒したら、護符の作り方を選択するのか?」
「そうだな、藤林に取られるのも、面白くないからな」
それを聞いた美咲がストップをかけた。
「ここは農地になるような土地はないでしょ。護符よりスキルを選んでもいいんじゃない。食料エリアの件もあるから、強くなる必要もある」
エレナが俺に視線を向けた。
「コジローは、欲しいスキルがあるの?」
「普通のスキルじゃなくて、知識スキルで欲しいものがある」
美咲が意外だという顔をする。
「どういうこと? 『心臓石加工術』で何か作りたいものがあるの?」
「違う。俺が欲しいのは、『上級知識(闇)☆☆☆☆』だ」
「何それ?」
美咲も理解できなかったようだ。エレナと河井も同じ顔をしている。
「俺の『操闇術』はマックスになっている。でも、今使えるのは、スキルレベル6で使えるようになる【影刃】までなんだ」
河井が納得できないという顔をする。
「何でだよ? スキルレベルはマックスなんだろ」
「ああ、スキルレベル7以降で使える攻撃技の知識も知っている。でも、それだけじゃ足りないらしい。時間を掛けて実戦で使いながら、スキルレベルを上げたのなら、身に付く知識なのかもしれないけど、守護者を倒した報酬としてマックスにまでしたからな」
美咲がエレナへ質問した。
「エレナも『精霊使い』をマックスにまでしたのよね。同じように上級知識が必要なの?」
「いえ、必要ないです。でも、強い精霊を探し出して、手に入れないとダメです」
『精霊使い』の技量は、どれだけ強力な精霊を捕獲して使役するかで決まる。スキルレベルはレベルの高い精霊を捕獲できるかの目安なので、探し出すという手間が必要らしい。
俺は『操闇術』をレベルマックスにしてから、いろいろ調べてみた。しかし、どうしてもスキルレベル7以降の攻撃技を使うのに知識が足りないと分かった。
『操闇術』から得られる知識は、高度な闇に関する知識を知っている前提で提供されているようなのだ。だから、一つ一つスキルレベルを上げる過程で身に付く知識なのではないかと推理した。
そんな時に、『上級知識(闇)』の知識スキルが選択できるようになった。俺はこれだと思った。不足している知識を得る手段だと直感したのだ。
俺が『操闇術』の上位にある攻撃技を使いたいと思ったのは、その攻撃技が強力だからだ。草竜区や精霊区、飛竜区の守護者が手強いと感じた。その強敵を倒すには強力な攻撃手段が必要なのだ。
美咲が確認した。
「その知識スキルを取得すれば、草竜区の巨大恐竜も倒せるようになるの?」
「俺はそう考えている」
「だったら、いいんじゃない。……でも、ズルじゃないけど、無理やりスキルレベルだけ上げてもダメなのね」
美咲は『上級知識(闇)』の知識スキルを取得することに賛成した。そして、エレナと河井も賛成する。食料エリアの件を考慮したのだろう。
そんなことを話しながら進み、俺たちは日足山の頂上付近まで辿り着いた。頂上付近には遺跡の発掘跡がある。縄文時代の祭祀を行った場所らしい。
ここまで来ると、守護者の気配が伝わってくる。
「えっ、狼型の守護者なのか」
河井は猪型の守護者を予想していたようだ。
「狼なのに、大きいですね」
エレナが言う通り、体長が三メートルほどある巨狼だった。うわっ、あのアニメ映画に出てきた犬神様みたいな化け物だな。
守護者は頂上の草むらに寝そべっていた。その巨狼が目を開け、俺たちの方へ視線を向ける。
「ヤバイ、匂いで気づかれたんだ」
河井だけが慌て始めた。俺は知っているのだが、河井は犬に噛まれた過去がある。それ以来、ちょっと犬が苦手となっているのだ。
「まあ、狼型の守護者なら、仕方ないかな」
美咲が肩をすくめる。エレナは溜息を吐いた。まだ余裕がある様子だ。俺たちなら倒せると確信しているのだろう。
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