第60話 戦力アップ

 満足そうな表情を浮かべる藤林を見て、対抗心が湧き上がる。こいつは強さを求めて何でもしようと思っている男なんだと分かった。そして、羨ましいという気持ちになる。


 こんな世の中だから、将来への不安を感じて、食糧や衣服、燃料などを確保しようとするものなのだが、こいつは強さだけを求めて生きている。


「帰りましょう」

 美咲が声を上げた。俺たちは気配を消して、その場から離れた。


「なあ、俺の守護者を藤林に取られたんだけど、どうする?」

「そうだな。小鬼区の守護者を狙うか」

「でも、あそこの守護者は手強いんだろ」


 高速で攻撃してくる守護者を思い出した。河井の相手としては強すぎる。たぶん速さに付いていけずに、返り討ちに合うだろう。


 但し、一人で戦えばだ。河井の個体レベルは【14】である。三日月市から戻ってからの狩りで、レベルアップしたらしい。小鬼区の守護者と戦うには、無理があるレベルだ。


「一緒に戦えばいいだろ。最後にトドメだけ河井に譲るよ」

「いいのか?」

「ああ、今のままじゃ、チームとしてのバランスが悪い」


 ということで、俺たちは小鬼区へ向かった。

「美咲さん、藤林は日本刀を使っていたけど、武器は槍じゃなかったの?」

 エレナが美咲に尋ねた。


 そういえば、弘樹たちが藤林と遭遇した時、特別な槍を使っていたと言っていた。

「あいつは、相手によって武器を使い分けるタイプなのよ」

「へえー、コジローと同じだ」


 俺は嫌そうな顔になった。確かにそうなのだが、藤林と同じというのは納得できない。

「でも、藤林の場合、三つの武器を使い分けるのよ」

「数で負けてるじゃないか、コジロー」


「武器の数が多ければいいというわけじゃないだろ」

 俺たちは小鬼区の農協ビルへ向かった。途中、数匹のゴブリンと遭遇したが、護符を持っているので襲われなかった。


 農協ビルに入り、地下一階へと向かう。そこで再び三本角の鬼と遭遇した。姿形は以前の守護者と同じだった。だが、手に持っている武器が普通の戦棍に代わっている。擂旋棍は一本しかないようだ。


 俺は擂旋棍を構え、『超速思考』と豪肢勁を使った戦闘態勢『高速戦闘モード』に入った。俺が前に出て、戦闘に入る。


 高速で戦い始めた俺と守護者の戦いを見て、他は遠くから援護することにしたようだ。

「何で、あんなに速く動けるんだ?」

 河井が愚痴るように言った。


 エレナが誇らしそうに答える。

「スキルの組み合わせと、コジローの努力の成果よ」

「でも、一人だけで戦うのは、危険だわ。私たちも戦闘に加われるような何かのスキルを探さなきゃダメね」


 美咲の意見にエレナと河井は頷いた。

 その間にも、俺と守護者の戦いは続いていた。スピードは巨竜区の守護者の方が上だ。即ち、あの化け物に勝利した俺の方が速いのだ。


 以前は互角だったのに、個体レベルが上がったためだろう。擂旋棍が守護者の肩を打ち据えた。その肩が抉れ、体液が噴き出す。


 チャンスだ。俺は守護者の右足の膝に擂旋棍を叩き込み、関節の骨を粉砕した。

「今だ、ミチハル」

 河井が駆け寄って、大剣を振り下ろす。足に怪我をした守護者は避けられなかった。大剣が胸を切り裂いた。勝負が決まったのである。


 河井の頭の中に、例の声が響いたはずだ。

「守護者を倒した報酬は、何だ?」

「持っているスキルを全部一つレベルアップすることだった」


 河井の頭の中で、例の声が響く。


【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】


 レベルアップの痛みで倒れた河井が立ち直るのを待ちながら、俺は自分のレベルアップを考えていた。候補として挙がるのは、奇獣区・草竜区・飛竜区である。


 精霊区は除外した。どうやったらファイヤーバードを倒せるか、考えつかなかったからだ。さて、候補の中で一番倒しやすそうな守護者は、奇獣区の守護者だ。


 奇獣区の異獣は、ワイルディボアとマーダーウルフである。守護者はどちらかの上位種みたいな化け物になると予想していた。


「はあっ、きつかった」

 河井が復活したようだ。河井は制御石に触って、スキル一覧からスキルポイントなしで任意のスキルを一つ習得するという選択肢を選んだ。


 選んだスキルは、『五雷掌☆☆☆』だ。高校生探索者の二之部が欲しいと言っていたスキルである。

 このスキルは単に電気を発する掌打というものではなく、道教修行者が学ぶ秘術の一つであり、神秘的な武術という感じらしい。


 河井たちが新しいスキルを取得しパワーアップしたのを感じて、俺も羨ましくなった。

「俺も新しいスキルを取ろうかな」


 エレナが首を傾げて問う。

「どんなスキルを取るの?」

「気功関係のスキルで、『軽身功☆☆』と『硬気功☆☆☆』というのがあるんだ」


「軽身功って、水面を走るとか、宙を飛ぶとかできるようになるの?」

 エレナが中国映画から得た知識で質問した。

「たぶん違うと思う。スピードアップするようなスキルだと思う」


 美咲が興味を示した。

「まだ、速くなるの。人間の枠からはみ出てるんじゃない」

「大げさだな。スキルを使っている間だけ、スピードアップするだけだ」


「まあ、いいわ。それより気になることがあるんだけど、身体は大丈夫なの?」

「別に問題はないけど」

「人間なんて脆い生物だから、身体を酷使すると疲労骨折とかになるじゃない」


「気功の影響かな。以前よりも丈夫になったような気がする」

「なるほど、『素早さブースト』というスキルを取った探索者が、疲労骨折を起こしたことがあったので、心配したのよ」


 河井が驚いたような顔をする。

「嘘っ、『素早さブースト』と『筋力ブースト』を取ろうと思っていたのに……」

「十分な休養を取りながら、トレーニングや実戦をすれば、大丈夫なようよ」


 美咲がジッと俺の顔を見た。

「何だよ?」

「コジロー、昔は顔に吹き出物があったじゃない。何で今はないの?」


 自分では気づかなかったが、そういえば消えている。それに肌が綺麗になったような気がする。

「……『小周天』のスキルが影響しているのかもしれない」


 それを聞いたエレナと美咲が、気功について修業したいと言い出した。強くなるためではなく、綺麗な肌を保つために『小周天』が欲しいようだ。


 俺たちは東上町に戻った。ログハウスの部屋で、俺は『軽身功』と『硬気功』のスキルを取得した。『小周天』を取得した時は、かなりの苦痛を感じたが、今回は全身が熱くなりむず痒いような痛みを感じただけだった。


 『軽身功』は気功を使った究極の体術とも呼べる技術だった。これを習得すれば、崖を駆け上り水面を走るようなことが可能になるという。


 『硬気功』は特殊な気を身体中の表面に張り巡らせた状態で動く技術のようだ。スキルレベルが上がるに従い『強体』『剛体』『金剛体』と頑強さがアップするらしい。

 ちなみに、『強体』の状態で三階の高さから、受け身なしで地面に落ちても怪我をしないほど頑強になる。


 俺は『軽身功』と『硬気功』のスキルを使った修業を始めた。『小周天』のスキルレベルが高い影響かもしれないが、両方のスキルレベルがどんどん上がり、十数日で『軽身功』が4、『硬気功』が3となった。


 その頃になって、東下町から噂が流れてきた。藤林が二つのテリトリーで守護者を倒したらしい。たぶん個体レベルは、藤林の方が高くなっているだろう。


「今度は、俺だ。奇獣区の守護者を狙おうと思う」

 俺はエレナたちに告げると、美咲が頷いた。

「いいけど、慎重に調査してからよ」

「分かっている」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る