第59話 藤林の実力
レベルアップと『操水術』のスキルポイント化で溜まったポイントを使って、美咲は『操氷術』のスキルを手に入れた。
「ビールのために、スキルを選ばなくてもいいのに」
「何を言っているの。ビールのためだけに『操氷術』を選ぶわけないでしょ。『操氷術』は爬虫類系の異獣に大きなダメージを与えられるのよ」
知らなかった。爬虫類が変温動物だというのが関係しているのだろうか。
「コジロー、次はどこを狙うんだ?」
河井が次は自分の番だと、張り切っている。
「そうだな。小竜区か奇獣区になるか。どちらがいい?」
「どっちの守護者が強いんだ?」
「奇獣区かな。気配でしか確かめたことはないけど」
翌日、俺たちは小竜区へ向かった。獣人区へ行き、そこから南へ向かう。小竜区に入ると、体高八〇センチほどの小さな二足歩行の竜が襲ってきた。
「爪に気を付けろ」
襲ってきたのはプチラプトルと呼ばれる異獣である。こいつの爪は人間の肌や筋肉を簡単に切り裂くほどの鋭さを持っていた。
俺は擂旋棍を武器に選ぶ。影刃狼牙棒より素早い対応ができるからだ。
襲ってきたプチラプトルは十数匹の群れだった。苦戦したのは河井とエレナである。大剣と弓は、プチラプトルと相性が悪いようだ。
エレナは精霊であるトールとアグニを呼び出した。二体の精霊はエレナの周りをクルクルと回りながら近付くプチラプトルにビーム攻撃を始めた。
精霊のビーム攻撃は、プチラプトルに致命的なダメージを与えた。
「凄いわね」
美咲が初めて見た精霊たちの攻撃を称賛した。
「この子たちの攻撃は、小さな異獣には有効なんですけど、大きな異獣には効かないことが多いんです」
異獣を倒し心臓石の元になる何かを吸収する度に、トールの電撃ビームやアグニの紅炎ビームが少しずつ威力が上がっている。
「精霊たちを鍛え上げて育てれば、大きな異獣も倒せるようになるのね?」
「そうだと思います。けど、ただ一つ問題があるんです。精霊たちが倒すと心臓石が残らないんですよ」
心臓石は生き残った町で不足する物資を代替するために必要だ。日用雑貨などの消耗品は、すでに異獣テリトリーから回収することができなくなった物もある。それを『心臓石加工術』で作り出すために心臓石を集めることは重要だった。
なので、あまり精霊は使わなかったのだが、小竜区で活動するなら精霊を使うのも良いかもしれないとエレナは思った。
「ここなら心臓石が大量に採れる。心臓石は気にせずに精霊を鍛えたらいい」
「ええ、そうします」
河井が俺に顔を向けた。
「なあ、守護者は小竜区の中心に居ると言ってたけど、具体的にはどこなんだ?」
「生野町墓地だ。あそこは森のようになっている。そこに守護者が居るんだ」
俺たちが墓地に入ろうとした時、意外な人物たちに遭遇した。
「美咲じゃないか。お前は耶蘇市に戻っていたのか?」
「ふん、あんたは何が狙いで来たのよ?」
俺たちが遭遇したのは、藤林と竜崎たちだった。
「狙いとは、人聞きが悪いな。御手洗市長の要請で守護者を倒しに来ただけですよ」
「へえー、あんたが市長の要請でね。田崎市はどうしたの?」
「……あの街には面白い守護者が居なくなった。だから、耶蘇市に来ただけさ」
「面白いって何? 勝てる守護者が居なくなっただけじゃないの」
「馬鹿を言うな。私は最強の男だ。田崎市の守護者を完全攻略する前に、少し寄り道しているだけさ」
それぞれのテリトリーで異獣の強さが違うように、守護者の強さも違う。最高クラスの探索者が個体レベル三〇代だとすると、どうしても倒せない強さの守護者が存在するのだ。
そういう守護者を倒すには、個体レベルを上げ強力なスキルを身に付けるしかない。しかし、高レベルになるとレベルアップが難しくなる。強力な異獣を倒さないとレベルアップしなくなるのだ。
藤林は強くなるために耶蘇市の守護者を倒しに来たのかもしれない。俺はそう思った。だが、強くなりたいのは藤林だけではない。
異獣から街を取り戻すために、俺たちも強くなりたいのだ。
「竜崎さん、ここの守護者を倒すのも、市長の命令なのか?」
俺が尋ねると、竜崎が頷き答えようとするのを藤林が遮った。
「悪いが市長の命令だ。守護者は私が倒す」
藤林が決定事項だとでもいうように、俺たちに告げた。
藤林は竜崎たちを引き連れて墓地に入っていった。元々林に囲まれた墓地だったのだが、墓地にも木が生えてきて、今では森のようになっている。
その後姿を見送った後、河井が声を上げた。
「どうする?」
「藤林の実力を拝見しよう。気配をなるべく消して、後をつける」
俺たちは藤林たちに気付かれないように後を追う。彼らがプチラプトルや同じような恐竜型異獣を倒したので、異獣には遭遇せずに追うことができた。
墓地の中心部近くまで来た時、藤林たちが一匹の恐竜と相対しているのを目にした。守護者であろう恐竜は、全長三メートルほどの二足歩行恐竜だった。白亜紀に生息したデイノニクスと呼ばれる恐竜に似ている。
といっても、俺が知っているデイノニクスは、映画と図鑑で見たものなので正確なのかどうかは分からない。しかし、凶悪な爪と大きな口に並ぶ牙を見て強敵だと思った。
「操術系で攻撃しろ」
藤林が竜崎たちに命令した。竜崎たちはそれぞれが持つスキルを使って攻撃する。やはり『操炎術』が多いようだ。
守護者は直撃だけは避けているが、爆発によりダメージを負っているようだ。藤林が日本刀を抜いた。
「藤林は日本刀を武器にしているのか」
俺の独り言を聞いた美咲が頷いた。
「
ちょっと驚いた。時代劇などで主人公が使っている刀が同田貫という設定の場合がある。刀身が肉厚で頑丈であるから、何人斬っても大丈夫だということなのだろう。
守護者は自分を攻撃する竜崎たちに襲いかかった。竜崎たちは必死で応戦する。
「何で藤林は攻撃しないんだ?」
俺は不思議に思って美咲に尋ねた。
「藤林は『分析☆☆☆』を持っているの。今は守護者の弱点を探しているのよ」
分析するのに少し時間がかかるらしい。
「よし、分かった。どけ!」
藤林が命令した。竜崎たちは不満そうな顔をしながらも守護者から距離を取る。藤林が前に出て守護者と一対一となった。
「はあーっ!」
地面を掘り返すような力で蹴り、その反動で前に飛び出した。俺のように無駄な動きを省くことで実現した速さではなく、剛力を最大限に活かした速さで守護者に迫り、長い首に同田貫の刃を振り下ろす。
守護者の首から大量の体液が噴き出した。大きなダメージを与えたと確信した藤林が、連続で攻撃する。守護者は逃げ始めた。藤林は大口を叩くだけの実力を持っていたようだ。
「何だ? 逃げる守護者なんて初めて見た。それだけ威力のある攻撃だったの?」
河井が目を丸くして戦いの様子を見ている。
「藤林は、『筋力ブースト』のスキルを持っているのよ」
美咲が説明してくれた。その情報に河井が興味を持った。
「いいな。スキルポイントが溜まったら取得しよう」
河井はスキル一覧の中に『筋力ブースト』が存在するようだ。俺のスキル一覧にはないので、不思議に思った。ただ俺の一覧には気功関係のスキルが存在するので、素質などにより違いが発生するのだろう。
守護者がふらついて地面に前足をついた。チャンスだと思った藤林は、同田貫を上段に構え、飛び込みざま守護者の首に振り下ろした。
藤林はこれで決まったと思っただろう。しかし、守護者が長い尻尾を振り回した。それが藤林の脇腹に当たり跳ね飛ばした。
「藤林!」
竜崎が藤林を庇って前に出て守護者を牽制した。竜崎はグレイブを守護者に向かって突き出した。
「やめろ、手を出すな!」
藤林が起き上がり、竜崎を押し退ける。
「このトカゲ野郎が!」
同田貫でメッタ斬りにされた守護者が倒れると、藤林が大きな笑い声を上げた。
その後、守護者を倒した報酬を手に入れたのだろう藤林が、不満そうな顔をする。期待していた報酬と違ったのかもしれない。
レベルアップが終わり、墓地の中心にある分裂の泉に飛び込んで制御石の選択肢を選んだようだ。
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