第68話 巨人区のトロール
日が西に傾き始めている。俺たちは弘樹たちが住んでいたというビルで一夜を過ごすことにした。そこは何の変哲もない雑居ビルだったが、出入り口をバリケードで塞げば異獣の侵入を防げるらしい。
そこで一夜を明かした翌日、朝早くから巨人区へ向かう。巨人区にいる異獣は、トロールだ。身長三メートルほどの巨人で、大きな棍棒を持っているという。
「弘樹たちは、そのトロールが倒せなかったのか?」
忠宏が口を尖らせる。
「あいつらダメージを与えても、すぐに治っちゃうんだよ」
どうやら自己治癒能力が並外れて高いらしい。
「ふーん、そうだとすると、集中攻撃で一気に仕留める必要があるんだな」
俺は擂旋棍を武器に選んだ。一撃の威力だけを比べると擂旋棍が上だったからだ。
最初に遭遇したトロールは、腰布だけを身に着けた灰色の皮膚を持つ巨人だった。
「デカイな。あんな棍棒で殴られたら、確実に死ぬな」
河井が弱気な言葉を口にする。
「嫌なことを言うなよ。おれが守護者を倒す番なんだから」
普通のトロールが身長三メートルなら、守護者はどれほど大きいか想像した武藤は、ブルッと身震いした。
トロールがドスドスと地響きを鳴らしながら近付いてくる。擂旋棍を握った俺は、豪肢勁と軽身功を使って風のように飛び出した。
本来の軽身功は身軽な動作を行うための身体操作法である。だが、スキルの『軽身功』は、足先から気を足場に放ち固定化する技術と本来の軽身功の技術が融合したものになっている。
このスキルは、本当に水面を走ったりすることが可能になるというものだ。それに足場を固めることで、脚力を一〇〇パーセント推進力に変えられるようになった。以前までは足場が崩れたりするのでエネルギーロスが発生していたのである。
トロールが薙ぎ払うように棍棒を振り回した。俺が全力で飛び退くと、目の前を太い棍棒が空気を切り裂いて通り過ぎていく。背筋が凍るような気分を味わう。命中したらホームランボールのように飛んでいきそうだ。
俺は軽身功を使って、一瞬でトロールの懐に飛び込み胴体に擂旋棍を叩きつけた。回転する旋刃は灰色の皮膚を抉り、内部の筋肉や内臓まで破壊する。
腹に穴を開けられたトロールは、すぐには死ななかった。エレナが爆裂矢を放ち、美咲が氷槍を飛ばす。氷槍がトロールの胸を貫いた時、巨人が倒れた。
「とりあえず、倒せたようだな」
武藤が不安そうな顔をしている。トロールの生命力の強さに脅威を感じているのだろう。
「ここの守護者はヤバイような気がする」
「これだけの人数がいるのだから、大丈夫ですよ」
エレナが元気付けようと声をかけた。
「強力な操術系のスキルを取得すれば良かった」
何か後悔しているような武藤に、俺は助言した。
「今からでも、取得したらいいじゃないか。スキルポイントが少ないなら、『操炎術』がお勧めだよ」
「しかし、食料エリアに行くなら、『操闇術』の【影空間】が必要になるからな」
食料エリアから大量の食料を持ち帰るにはシャドウバッグを使うしかない。そのためには『操闇術』が必要なのだ。
俺は『心臓石加工術』を使って作り出した武器について思い出した。エレナが爆裂矢を作ろうとしていた時、俺も爆発する武器が使えるかもしれないと思って作ったものだ。
形は片手斧で、トマホークと呼ばれる投げる斧である。元々アメリカ先住民族の武器だが、先端の刃が敵に命中した時に爆発するような仕組みを組み込んである。三本だけ残っていたので、武藤に渡した。
「何で自分で使わなかったんだ?」
「俺は擂旋棍を手に入れたから、必要なくなったんだ」
「そうか、有り難く使わせてもらうよ」
トロールを練習台にしながら、巨人との戦いに慣れようとした。トロールは正確に心臓を破壊、または首を切り離せば仕留められるようだ。
俺は武器を影刃狼牙棒に替えた。守護者を探し回りながらトロールを二〇匹ほど倒した。俺が倒した時は、持っている棍棒を残すようにした。この棍棒はトロールが振り回しても壊れないという点に目を付け、武器の柄に最適ではないのではないかと思ったのだ。
巨人区の守護者が見つかったのは、小規模な牧場がある場所だった。その気配を感じて、俺たちは気を引き締める。気配から感じられる守護者の強さは、小鬼区の守護者以上だったからだ。
牧場の牛は全部逃げたようだ。住人が逃げる時に放したのかもしれない。牧草地の中心に分裂の泉があり、巨大な双頭のトロールが座っていた。
「げっ、あいつ、頭が二つあるぞ」
河井が驚いて声を上げる。それだけではなく大きさも半端ではなかった。立ち上がった双頭トロールは身長が五メートルほど、手に持つ武器は棘付きの鉄球を鎖で繋いだフレイルだった。
巨大な二つの口から叫び声が発せられた。不気味な声がハモった時、背中がぞわーっとする感覚を覚える。黒井と二之部が【爆炎撃】を放ち、柏木が水槍を飛ばす。
それらの攻撃技は守護者の体表に傷を付けたが、すぐに治癒した。見ている間に傷が塞がり元に戻っていく。
「おいおい、冗談じゃないぞ」
黒井たちから非難の声が上がる。こんなのは反則だと言いたい気持ちは分かる。
俺は影刃狼牙棒を抱えて、守護者の頭に狙いを付けた。【螺旋影刃】を放つと三枚の黒い刃が飛び出し、螺旋を描いて槍となり守護者の頭を貫く。
鼻に穴を開けられた方の頭が目を閉じた。片方だけ死んだということだろうか?
守護者がフレイルを振り回して暴れ始めた。棘付き鉄球が直径二〇センチほどの木に当たり、へし折った。馬鹿げたパワーだ。
皆が距離を取った。あのパワーを見せ付けられれば、用心もする。
「皆、足を狙って、動けなくするのよ」
美咲の指示が聞こえた。
俺は影刃狼牙棒を太い足に向けた。【螺旋影刃】が足を貫くと同時に爆裂矢が足に刺さって爆発する。
武藤がトマホークを投げた。それが守護者の腰に当たり爆発する。それは守護者の身体を浮き上がらせるほどの威力が有った。
武藤は残った二本のトマホークも投げて、守護者にダメージを与えた。だが、致命傷にはならなかった。
美咲の薙刀がフレイルを持つ太い腕を切り裂き、弘樹の笹穂槍が同じ腕に突き刺さる。その手からフレイルが離れた。
「敵が丸腰になった。手足を狙え」
俺が指示を出し、一斉に守護者の手足に攻撃を加えた。弘樹の【雷爆】攻撃が守護者に命中すると、苦しげな表情を浮かべた。
守護者には『操雷術』の攻撃が有効らしい。怒りを浮かべた守護者が弘樹たちに向かって突進する。俺は武器を擂旋棍に持ち替えて、『硬気功』を使う。
『硬気功』は全身に気を漲らせ防御力を高めると同時に、全身の筋肉細胞を活性化させる。豪肢勁でも同じようなことができるが、出せるパワーが三倍ほど多い。
その代わり筋肉の柔軟性が制限されるので、精妙な動きができず技が荒くなるようだ。守護者と激突する寸前、守護者が腕を払った。それが擂旋棍に当たり弾け飛ぶ。素手になった俺は、右肘を突き出して叩き込む。
俺の肘が奴の腹に減り込み両者が弾け飛んだ。七メートルほど飛んだ俺は、地面を転がる。守護者も後ろに弾け飛び地面に倒れた。
「今よ」
美咲の声で武藤が走り出し、バトルアックスを掲げて守護者の首に振り下ろす。一撃では断ち切れなかったので、続けざまに三度振り下ろし首を刎ねた。
守護者の巨体が消え大きな土属性の心臓石が残る。
エレナが俺に駆け寄り心配そうに覗き込む。
「コジロー、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。『硬気功』を使っていたからな」
「無茶しないで」
「いや、弘樹たちが危ないと思った時は、飛び出していたんだ」
咄嗟の瞬間、考えずに直感で行動する癖がある。この直感に助けられることもあるのだが、今回は危なかったような気がする。
武藤を見ると倒れていた。レベルアップの激痛を味わっているのだろう。
しばらくして起き上がった武藤が、皆に礼を言った。
「感謝する。これでガーディアンキラーになれた」
武藤に確認すると、守護者を倒した褒美は、美咲の時と同じでスキルをスキルポイントへ戻すというものだった。武藤は『操風術』をスキルポイントに替え、『操闇術』を取ったという。
そして、制御石の選択では、『操磁術☆☆☆』のスキルを取得した。『操磁術』のスキルは、スキルレベル1で【磁気感知】、スキルレベル2で【磁力操作】、スキルレベル3で【コイルガン】という能力や技が身に付くらしい。
それ以上のスキルレベルについては、まだ取得したばかりで調査が必要だと言う。
「コイルガンね。威力はどうなのかしら?」
「ゴブリンやオークぐらいなら、仕留められる威力らしい」
スキルレベルを3にするには努力が必要だろうが、武藤ならすぐに達成するだろう。
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