第53話 大澤町の生き残り
農繁期になったので、俺たちも農作業に集中することにした。田植えの手伝いをしたり、小山農場でいくつかの野菜の種蒔きをして、ビニールハウスではきゅうりやトマトの栽培を始めた。
「上手く育つといいんだけど」
美咲が種を蒔いた農地を見ながら言った。
農業の素人だけでやっている農場である。専門家の吉野などにアドバイスをもらっているが、初年から上手くいくかは分からない。
今は日本中がそんな状態なのだ。今年の天候が悪ければ、食糧不足になることも考えられる。
「県はどう考えているんだ?」
美咲が難しい顔をする。非常に困難な問題だからだ。
「……現在の日本の人口は分かっていないそうなの。でも、確実に半分以下になっていると思う」
日本国内だけで養える人口は、石油が普通に手に入る状況なら九〇〇〇万人ほどだと聞いたことがある。なぜ石油かというと、肥料や農薬を作るのに石油が必要だからだ。また農業機械や輸送手段も石油から作った燃料を動力源にしているので、石油が手に入らないと食料生産に大きく影響する。
「それで石油なしでは?」
「日本で石油なしに養える人口は、およそ三〇〇〇万人と言われているの。この状況で来年になれば、天候に関係なく食糧不足になると心配していた」
傍で聞いていたエレナが溜息を吐いた。
「東上町の状況は、まだいい方なんですね。他の地方は食糧不足をどうするんでしょう?」
「分からない。県では日本にある資源で、肥料が作れないか研究しているそうよ」
「昔ながらの方法では、ダメなのか?」
江戸時代までは、人糞や家畜糞、落ち葉などで堆肥を作り穀物を栽培していた。だが、それで養えるのが三〇〇〇万人が限界だったのだ。
「そうしたら、地方によっては、餓死する者も出る。しかも文明が江戸時代まで逆戻りすることになると思うの」
美咲は持っている情報を基に考え冷静に判断しているようだ。
「黙って餓死するのを待つ人間なんて、居ないぞ。食糧のある地方、この耶蘇市のような土地へ移動してくる」
「そうでしょうね。その移動が始まるのは秋以降だと県や国は予想しているみたい」
とはいえ、簡単に移動できるような状況ではなかった。装甲列車で運べる人数も限られているので、このままでは大勢が食糧で苦しむことになるだろう。
「県や国が、飢えた人を耶蘇市に送り込んでくる可能性もあるのか?」
「人口分布が不均衡になっているから、適正な状態にすると国の役人が言っていたのを聞いたのよね。但し、秋の収穫期が終わった後よ。でないと、食糧生産に失敗する地方もあるかもしれないから」
となると、食糧生産に失敗すれば飢えに苦しみ、成功すれば移住者の増加に頭を痛めることになる。
「冗談じゃない。国は何をしているんだ」
「国は、工業力で食糧を生産できないか、と研究していると聞いたけど、当てにできないようよ」
工業力というのは、海岸などを埋め立てて農地にすることや木材を家畜の餌にするということも含まれているらしい。木材を家畜の餌にできることは、初めて知った。木材からリグニンを除いて飼料化するそうだが、何だか不味そうだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
耶蘇市から三〇キロほど離れた土地に、大澤町という大きな町があった。この町は人間が生き残るテリトリー全てを異獣に奪われた地域だった。
住民のほとんどが死ぬか逃げ出した。それでも生き残って逃げ出さずにいるのは、三人の少年たちだけとなった。
「なあ、弘樹。そろそろ水が無くなりそうなんやけど、どうする?」
三人は小さな商店やスーパー、自動販売機から回収した水を使用していたのだが、それが残り少なくなっていた。食料は大量に余っているのだが、先に水がなくなったのだ。
弘樹と呼ばれた少年は舌打ちして、ポケットに入れていた地図を広げた。この町の地図であり、食糧や飲み物を回収した場所には『X』が書き込まれている。
「残っているのは、厄介な化け物が居る場所だけか」
この町は三種の異獣がテリトリーを分け合っている。バッドラットやホーンラビットが棲息している小獣区と羊人間とも呼ばれるシープマンの羊人区、それにトロールが棲家としている巨人区である。
弘樹たち三人グループは、小獣区を制覇し羊人区のほとんどを探索している。残っているのは、羊人区の守護者が居る場所と巨人区だけだった。
小獣区の守護者は弘樹が倒して、スキルポイントを使わずに『操雷術☆☆☆』のスキルを手に入れている。この少年が、県に知られれば四人目のガーディアンキラーだと認定されるだろう。
「巨人区へ行ってみるか?」
身体が一番大きな中学三年の三弥が言った。
小柄な忠宏が顔をしかめる。
「けど、あのトロールは、弘樹の『操雷術』でも倒せなかったやないか」
「五月蝿えな。あれはスキルレベルが低くて、大した攻撃ができなかったからだ」
「じゃあ、どうするんや。水なしじゃ生きていけねえぞ」
三弥が口を尖らせ吐き捨てるように、
「この町も終わりだな。別の町に行こうぜ」
中学二年の忠宏が顔をしかめた。
「他の連中が居る町に行くのか?」
「近くにある町に行くだけだ。人が居るかどうかなんか知らねえよ」
「けどよ。人が居るところは、水や食料を住人たちが管理しているんやろ。働かないと分けてくれないぜ」
忠宏の意見を聞いて、弘樹が鼻で笑った。
「ふん、俺らは強いんだ。弱っちい住民どもの代わりに化け物を倒してやれば、感謝して何でも寄越すさ」
問題は近くの町へ行く方法だった。弘樹は二人に尋ねた。
「海から船で行くしかないけど、二人のどちらか船の操縦ができねえか?」
「できない」「無理に決まっているやろ」
「そうだよな。俺らが使えるのは、手漕ぎボートくらいか」
大澤町の海岸にはちゃんとした港はない。砂浜に小さな船を仕舞っておく物置みたいなものはあるのだが、中を確かめたことはなかった。
弘樹たちは海岸へ行って、物置の鍵を壊して中を調べた。
レジャーボートが二隻置いてある。そして、あまり見たことにない種類のボートが置いてあった。海用の足漕ぎボートらしい。
「鍵がない。レジャーボートは使えねえみたいだ」
エンジンを動かすにはイグニッションキーが必要なのだ。しかし、それを探しても見つからなかった。
「仕方ねえ、こいつで隣の町まで行くぞ」
弘樹が足漕ぎボートを指差した。四人乗りの小さなボートで屋根の上に白鳥ではなく、ロシアの政治家ウラジーミル・レーニンの像が載っていた。
「誰や、このおっさん?」
「さあ、このボートの持ち主じゃないのか」
「悪趣味だな。ボートに自分の像を載せるなんて」
三人はボートを海に運び、沖に向かって漕ぎ出した。ボートは海岸線を見ながら南下する。体力に自信がある三人は、交代しながら何時間も漕ぎ続け田崎市の海岸に到達した。
「ここは田崎市だよな。確か大勢がここに向かったはずや」
弘樹たちの大澤町からも大勢の住民が田崎市へ逃げると行って去っていった。ここで顔見知りに会うかもしれないと思うと、何だか嫌だった。
ボートを海岸に引き上げ、弘樹たちは街へと向かう。どんな異獣と遭遇するのか分からないので、慎重に道を進んだ。
その時、何者かが戦っている気配を感じる。
「異獣か?」
「いや、人間と異獣が戦っているんだ」
弘樹たちは気配のところへ駆け出した。二〇歳くらいの青年と三匹の鬼人ユニホーンが戦っている姿が目に入る。
鬼人ユニホーンというのは、額に一本の角を持つ鬼である。身長一八〇センチほどの人型で、常人の数倍以上の筋力を持つ鬼人である。名前が『ユニコーン』と紛らわしいが、そういう名前なので仕方がない。
戦っている青年が、弘樹たちに気付いて眉をひそめた。見覚えのない少年たちが、異獣がうろつく場所に居たからだろう。
青年の武器は綺麗な装飾を施された槍だった。ただの槍ではない。ユニホーンの身体に突き入れた槍の刀身から激しい火花が飛び散るのが目に入ったのだ。
青年は瞬く間に三匹のユニホーンを槍で串刺しにして仕留めた。地面に残った心臓石を拾い上げた青年は、弘樹たちに目を向ける。
「君たち、どこから来たんだい?」
青年の言葉遣いが、弘樹たちの鼻についた。
「どこからでもいいだろ。それより、あんたは誰だ?」
「私は、田崎市の探索者、藤林統吾という者だ」
青年は県内で最初にガーディアンキラーとなった男だった。藤林は三度守護者を倒しており、その実力は、県で一番だと評価されている。
「あんた、その槍はどうやって、手に入れたんだ?」
弘樹の質問に、藤林は薄笑いを浮かべた。
「こちらの質問には答えないのに、遠慮なしに訊いてくるんだな」
「チッ、俺らは大澤町から来た。俺は白石弘樹、こいつは宗像三弥、そして、西根忠宏だ」
「へえー、大澤町にまだ生き残りが居たのか。田崎市で生活できるように、市長に頼んでやるから、付いて来い」
弘樹たちは不満そうな顔をする。
「何で付いて行かなきゃならない。俺らは弱い奴の言うことなんかに従わねえぞ」
「ふん、私がユニホーンと戦うのを見ていただろ。弱いと思うのか?」
「五月蝿え。戦ってみなきゃ、強いか弱いかは分からねえだろ」
「ガキだな。教育しなきゃならないようだ」
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