第52話 オーク護符
守護者の気配を、学校の体育館から感じる。俺たちは気配を殺して体育館へ向かった。途中で遭遇したオークは、俺が影刃サーベルで瞬殺。
体育館の下部にある窓から中を覗く。中は板張りの床だったはずだが、床板が剥ぎ取られている。その中央に分裂の泉が存在した。その泉は巨竜区の泉より小さいようだ。
「見てみろ。守護者はオークが進化した化け物みたいだぞ」
河井が言った守護者は、体長三メートルほどのガッシリした体格をした大型のオークだ。しかも鎧兜を身に着けている。
「進化だって……進化というよりジェネラルオークという感じの奴だな?」
「オークの将軍様か。武器はバトルアックスみたいだ」
重さが八キロほどありそうな大きな斧だった。
「力は有りそうだが、動きは鈍そうだ」
俺たちは覚悟を決めて、正面から乗り込んだ。体育館の入り口から入ると、ジェネラルオークが振り返って俺たちを睨む。
鋭い牙が並んでいる口から、咆哮を響かせ向かってきた。
「散開!」
俺の指示でそれぞれが距離を取った。守護者は俺に狙いを定めたらしい。振り上げられたバトルアックスが、俺に向かって振り下ろされる。
寒気がするほど威力のある攻撃だ。俺以外の全員が息を呑む。ただ俺だけは巨竜区の守護者と比べてぬるいと感じていた。
攻撃を躱すと、エレナが弓を引き絞る姿が見えた。全力で距離を取る。その瞬間、エレナが矢を放ち爆裂矢が命中。ジェネラルオークの脇腹に穴を開ける。
ジェネラルオークが悲鳴のような叫び声を上げた。それをチャンスと見た河井が飛び込んだ。大剣を掲げ化け物の胸に振り下ろす。
バトルアックスが大剣を受け止める。
「河井、逃げろ!」
逃げようとする河井。ジェネラルオークは力任せにバトルアックスを振り回した。河井は大剣ごと吹き飛ぶ。それをジェネラルオークが追撃しようとした。
河井を助けようと、俺はジェネラルオークの前に飛び出した。バトルアックスが俺に向かって振り下ろされ、それを擂旋棍の柄で弾いた。腕の骨が折れそうな衝撃。弾き返せはしなかったが、その軌道を変えることに成功。
「うおりゃあ!」
飛び起きた河井が俺の横をすり抜け、ジェネラルオークの太腿に大剣を叩きつけた。守護者の足から血が噴き出す。片膝を突くジェネラルオーク。
「はあっ!」
美咲が守護者の首に薙刀の刃を滑り込ませた。その首が斬り裂かれ、大量の体液が空中に舞い上がる。
俺は擂旋棍に気を流し込み、回転する旋刃を守護者の顔に叩き込んだ。
絶叫して仰向けに倒れる守護者。その後は全員で袋叩きである。
気づいた時には、守護者の姿が消えようとしていた。誰かがトドメを刺したらしい。
「誰が仕留めたんだ?」
俺が見回すと、エレナが手を上げた。次の瞬間、エレナが崩れるように地面に座り込んだ。レベルアップの苦痛が襲ってきたのだろう。
俺たちはエレナを囲んで、周囲の警戒を始めた。動けなくなったエレナを守っているのだ。
エレナが動けるようになると、美咲が質問した。
「守護者を倒した報酬はどういうものなの?」
エレナは頭の中に響いた言葉を伝えた。
【守護者ベラゴールを倒しました。あなたの所有するスキルから任意の一つをレベルマックスまでアップさせます。どれを選びますか?】
俺が『操闇術』をマックスまで伸ばした時と同じ報酬だった。エレナは『精霊使い』を選んで、レベルマックスまで上げたそうだ。
「次は制御石だ」
「護符を作れるようになればいいのね?」
「そうだ、頼む」
エレナは分裂の泉に飛び込む。数分後、泉から上がってきたエレナの顔には、成功した喜びがあった。
「護符の作り方を手に入れましたよ」
「いいぞ、よくやった」
これでオークに襲われる心配をせずに農作業ができる。目的を果たした俺たちは、東上町へ戻った。
ログハウスに入って装備を外す。先に風呂で汗を洗い流してから、リビングに戻ってソファーに座った。
「コジローが風呂から戻ってきた。私たちの番よ」
俺と入れ替わるように、エレナと美咲が風呂へ向かう。
風呂と言っても水風呂だったので、身体がシャキッとするだけで疲れが取れた感じはしない。
「太陽熱温水器を作るかな。佐久間さんと相談してみよう」
ソファーでうとうとしていると、玄関が開いて誰かが入ってくる気配がした。
「コジローが寝てる」
メイカがソファーの上に飛び乗って、こちらの様子を確かめてる。寝てると思ったのか、横にちょこんと座って、俺の身体に寄りかかった。
もう一人の気配がする。たぶんコレチカだろう。反対側に座って、やはり寄りかかってきた。目を開けるとメイカとコレチカが目を閉じて、幸せそうな顔で寛いでいる。
両親が死んで悲しい思いをしているはずなのに、暗い顔を見せない。園長を始めとする保育士たちが懸命に世話をしていることもあるが、子供たち自身が世の中の変化を感じ、我慢しているのかもしれない。
「可愛いわね」
風呂から上がった美咲が声を上げた。エレナも隣で微笑んでいる。
パチッと目を開けた子供たちが、エレナに飛びついた。
「エレナ先生、お腹空いた」
「僕も」
外は少し暗くなっている。夕食の時間だ。エレナと美咲は園長たちを手伝いに厨房へ向かった。子供たちも厨房へ行ったようだ。
一人になった俺は、巨竜区の守護者から回収した爪を取り出す。これで自分用の武器を作ろうと思っているのだが、どんな武器を作ろうか迷っていた。
一番使いやすいのは戦棍である。しかし、擂旋棍があるので予備の武器になってしまう。それに爪から作る武器としては、打撃武器より刃物の方が向いている。
考えている間に夕食の時間となり、皆と一緒に食事をした。子供たちはどんな異獣を倒したのか知りたがった。食事が終わると、俺は自分の部屋に戻った。そして、自分の武器について再び考え始める。
迷った末に影刃サーベルを強化することにした。リトルレックスやジェネラルオークのような大きい異獣と戦う場合、擂旋棍や影刃サーベルではリーチが短くて不便なのだ。
そこで影刃サーベルと長い柄を連結する接続具を作ろうと決めた。但し、影刃サーベルを包み込むようなパイプ状の接続具には、先端一五センチほどに三角形の爪のような刃を多数取り付ける。接続具全体を守護者の爪で製作したので、影刃サーベルがなくても非常に強力な武器となった。
見た目は、中国の狼牙棒という武器に似ている。長柄の部分はトレントの木材から製作したので、少しくらい無理しても折れないだろう。
次の日、新しい武器を試してみた。影刃を使わなくともオーク程度なら倒せるようだ。
「コジロー、明日から一緒に探索に行けなくなった」
河井が言った。
農繁期になったので、田植えや様々な作物の栽培が始まり、河井は農作業に借り出されて一緒に探索へは行けなくなったそうだ。
「そうか、田植えの時期なのか。ガソリンスタンドの燃料は間に合わなかったな」
ガソリンスタンドの鍵を使って、燃料を調達し農業機械を使えるようにしようと考えていたのだが、春の農繁期には間に合わなかったようだ。
俺たちは、小山農場へ向かった。河井の話を聞いて、自分たちの農地がどうなったか、心配になったのだ。俺たちが遠征している間は、探索者の黒井たちが管理していたはずである。
その日、小山農場では武藤たちがジャガイモとサツマイモを植えた場所の雑草駆除をしていた。
「お疲れ様です」
俺が声をかけると、武藤たちが手を上げて応えた。一部だけだが、農地に緑が広がっている。
「へえー、これがコジローたちの農場なのね。凄く広いじゃない」
「ああ、一五〇アールもあるんだぞ」
「アール? ……一〇メートル四方が一五〇個ね。何を栽培しているの?」
「今はジャガイモとサツマイモだよ」
「ふーん、イモだけ栽培するつもりじゃないんでしょ。他は何を栽培するつもりなの?」
「大豆・カボチャ・大根・人参・玉葱・葉野菜、それに小麦だな」
「トマトやきゅうりは作らないの?」
「ビニールハウスがある」
美咲はどれだけの食糧が、それらの農地から収穫できるか計算して頷いた。
「他にも田んぼがあると言っていたから、合わせると探索者と家族の食糧は確保できそうね」
「問題は、家畜の飼料なんだ」
「探せば、まだ農地にできる土地はあるんじゃないの?」
「でも、東上町から離れると、農作業が大変になるだろ。獣人区や小竜区までが限界だと思うんだ」
「……そうね」
考えた美咲が出した答えは、コジローたちが見過ごしたものだった。
「東砂川の河川敷が使えるんじゃない」
「でも、あの河川敷は、梅雨時に増水した川の下になりますよ」
エレナが異議を挟んだ。俺たちが見過ごしたのにはわけがあるのだ。
「だから、梅雨が終わった後から秋までの間に、収穫できる作物を栽培すればいいのよ」
「なるほど、アワやキビ、モロコシなんかの雑穀がいいか」
「サツマイモも栽培できるんじゃない」
「イモを豚の餌にするつもりなのか?」
「その方が、豚肉が美味しくなりそうじゃない」
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