第44話 知事の決断
仕留められなかったと知ったファイヤーバードは、全身からオレンジの炎を燃え上がらせた。炎を纏った守護者は、上空から何度も何度も火の玉で爆撃する。
俺たちは河井の【防壁】で炎を防ぎながら、何とか逃げ切るのに成功した。
「はあはあ……命拾いした」
「空から爆撃というのは……反則よ」
河井とエレナはへとへとになっていた。俺は後ろを振り向く。スポーツジムが見えなくなっている。
「酷い目に遭った。精霊を手に入れるのも命がけだな」
エレナが後悔するような顔をしたので、俺は急いで言い足す。
「でも、精霊を手に入れられたことは収穫だ。大きな戦力になるかもしれない」
「自分も精霊が欲しい」
河井はエレナが手に持っている真珠のようものに視線を向けた。
「これは真珠のように見えますけど、全然違うもののようです」
「精霊の真珠だから、精霊珠か」
エレナは精霊珠を上手くブレスレットに組み込んで身につけるようにするという。
途中で何匹かのイービルフェアリーを倒して、水属性の心臓石を手に入れた。やはり俺たちが倒した場合は、心臓石として残るようだ。
今度、精霊たちに他の異獣を倒させてみよう。それで心臓石が残らなければ、精霊は倒した異獣が残す心臓石を吸収していることになる。
俺はそれが精霊の食事ではないかと思った。
東上町に戻った俺たちを、武藤が待ち構えていた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
エレナが精霊を手に入れる一ヶ月ほど前。
耶蘇市が属するA県庁の仮設庁舎では、真鍋知事が会議を開いていた。
「中央政府がガソリンや軽油などの燃料配給を終了し、石炭を配給すると通告してきましたことは、ご存知だと思います。本日は、その対応策を検討します」
県会議員の一人が発言した。
「政府の備蓄はまだあるはず。もう少し配給を続けるように交渉できないのですか?」
真鍋知事が眉間にシワを寄せた。
「私も嘆願したが、政府の決意は堅いようだ。皆さんには別の方策を考えて欲しい」
二〇人ほどに減ってしまった県会議員は、暗い表情を浮かべた。
その中の一人が声を上げる。
「やはり、三日月市にある石炭火力発電所を稼働させるしかないと思う」
その石炭火力発電所の発電電力量は一五万キロワットと、比較的小規模の発電所である。およそ五万世帯分の電力が作れるが、A県で生き残っている人口を考えると全然足りない。
真鍋知事は難しい顔になっていた。
「あそこは、巨竜区だったはずだ。全長六メートルほどの肉食恐竜がうろうろしているのだぞ」
「しかし、それ以外に石炭を有効に使う方法はないです」
「石炭ガス化という方法はダメなのか?」
真鍋知事が確認した。ガス化すれば、自動車などにも使えると考えたのだ。
「そんな施設は、我が県にはありません。あったとしても、電気がなければ動かないと思います」
結局、石炭火力発電所を取り戻すということになった。
取り戻すということは、巨竜区の守護者を倒し異獣が増えるのを阻止しなければならない。
「方法はどうする?」
「県内に居る探索者の精鋭を集め、巨竜区に投入することになると思います」
真鍋知事が苦い顔になる。それは犠牲を覚悟で県民を戦いに投入するということだ。
「犠牲者が出るだろう。それを覚悟で巨竜区に、探索者を投入せよと言うのだな」
「電気があれば、電動の耕運機や工作機械も使えるようになります。食糧生産に大きく影響するでしょう」
県では食糧生産計画を立てている。その計画によれば、何らかの機械を使わなければ、食糧生産量は三割ほど減るだろうと試算が出ている。
県会議員の一人が手を挙げた。
「何かね? 井上君」
「探索者の中には、農耕に使えるスキルを持つ者も居ます。彼らは貴重な人材だと思うのです。ここで犠牲にするべきではない」
井上議員の意見は少数派であった。結局、探索者を投入して三日月市の巨竜区を制圧する作戦が採択された。
知事の命令を受けた役人は動き出し、各地方の首長に精鋭探索者一〇人ずつを出すように指示した。配給をもらっている地方は、拒否することはできなかった。
もちろん、耶蘇市も同じである。御手洗市長は、竜崎を呼び探索者を選ぶように命じた。
「その中に、東上町の連中を含めてもよろしいですか?」
市長は少し考えてニヤリと笑った。
「犠牲者が出ると考えているのか。構わんぞ。但し、ちゃんと管理する人間を付けろ。変なことを県の奴らに告げ口されるとまずいからな」
竜崎は摩紀のことが気になっていた。今回の任務に摩紀を引き込んで、その実力を見極めたい。そう思ったのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺たちは武藤から遠征の話を聞いた。
「三日月市の巨竜区か。巨竜というと、どんな異獣なんだ?」
「小型のティラノサウルスのような化け物らしい。ただ小型と言っても、全長が六メートルほどだから、巨竜には違いない」
俺は巨竜区の守護者を想像して寒気を覚えた。本物のティラノサウルス、いや……それ以上の化け物が守護者であるはずだ。
但し、主力戦力として参加するわけではないようだ。守護者を倒す戦力は、県が元自衛官を集めた精鋭チームを編成するという。
河井が面白くなさそうな顔をする。
「その遠征に、参加しろって言うのか?」
「ああ、竜崎が市長の命令だと言っていた」
俺は市長に命令する権限などないと思っていたので、首を振った。
「冗談じゃない。俺たちに何のメリットがあるって言うんだ」
武藤が困ったという顔をする。
「メリットは遠征に参加する報酬だ。鶏一〇羽と豚五頭をもらうという約束なんだ」
豚と鶏、正直欲しいと思った。最近食べた動物性タンパク質は魚だけだったからだ。
「その報酬は後払いなの?」
エレナが質問した。
「いや、前払いしてくれるそうだ。その代わりに必ずコジローを参加させてくれということだ」
「えっ、コジローを?」
エレナは、なぜ俺が指名されたのか疑問に思ったようだ。
「前に竜崎に会った時、俺の実力を高く評価しているようだった」
エレナが納得したように頷いた。
「竜崎には、少なくとも人を見る目があるようね」
武藤が俺の顔を覗き込んだ。
「どうする? 鶏と豚だぞ」
俺の頭の中に、親子丼や生姜焼き、トンカツが浮ぶ。
「将来を考えれば、鶏と豚は必要だ。参加しよう」
河井が目を細めて俺の顔を見た。
「何だよ?」
「将来を考えれば、だと……コジロー、正直になれ。お前は食欲という本能に負けただろ?」
俺は言い返せなかった。将来を考えれば、というのも本心だが、七割方食欲だったからだ。
エレナと河井も参加すると言い出した。
「しかし、精鋭という話なんだろう」
俺は武藤に確認した。
「参加資格は、個体レベルが『12』以上だ。二人とも大丈夫なのか?」
武藤が二人に尋ねた。
「私は大丈夫、クリアしている」
「自分もだよ」
俺は武藤に参加する人数を尋ねた。
「東上町から四人出せと言われている。お前らが参加するなら、もう一人はおれだ」
武藤の個体レベルは『15』に達したという。操術系スキルは『操風術☆☆』を取得しているそうだ。
食料は県の方で用意すると言っているらしい。だが、念のために保存食を持っていくことにした。
武藤が参加すると返事をして、約束の鶏と豚が届けられた。これらは吉野と仲の良い農家グループが飼育することになった。
もちろん、食糧生産に不安があるので、鶏と豚に与える餌は探索者たちが負担すると約束した。俺たちは小鬼区の空き地や河川敷などで、雑穀やイモ類を栽培して餌にすることを考えていた。
数日後、準備が終わった俺たちは、小鬼区・草竜区を通って東下町へと向かう。鉄道橋で、東下町へ侵入しようとする異獣を駆除する門番に止められた。
「俺たちは、遠征に参加する者だ」
門番は俺たちをジロリと見てから頷いた。
「話は聞いている。通りな」
東下町に入った俺たちは駅へと向かう。そこで初めて装甲列車を見た。
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